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Episode4 - B1


小さな神社の、祠の前。

私は最終確認と称して、コンソールから買った何の効果もない酒をちびちびと飲みながらウィンドウを複数表示させていた。

主にそこに表示されているのは私の持つスキルそれぞれの詳細で、


「うん……やっぱり結構変わってるよねぇ」


これまでの準備の結果、変わってしまったスキルを頭の中へと叩き込んでいる。

というのも、メウラの装備が出来上がるまで暇すぎて、幾つかのスキルを合成していたからだ。


「えぇーっと、【剣魂】と【鎧徹し】、【刀の心得】が【剣魂一擲】になってて……【多重思考】と【観察】が【心眼】ね。効果は……まぁ大体感覚で分かってるから良いとして」


詳しく話せば、【剣魂】、【鎧徹し】、【刀の心得】の3種合成によって、刀系全般に与ダメージ、装甲破壊、そして行動補助効果のついた【剣魂一擲】へ。

【多重思考】、【観察】の2種合成の結果、【心眼】という視界に映る範囲の情報をスキル側が精査し、その場で必要な情報の取得や、元々【観察】に備わっていた『弱点付与』がより広範囲に付与されるようになったスキルが追加されている。

一応【多重思考】、【観察】に関しては改めてラーニングし直している為に、元と同じ効果を発揮出来るようにはしてある為、戦力自体は下がっていない。

……後は出たとこ勝負……ではあるけれど。

インベントリ内から取り出した2種類の煙草に火を点け、口に咥える。

1つはいつも通りの上薬草を使った具現煙。

そしてもう1つは、


【昇華煙が発動します】

【対象:『黒血の守狐』】

【アバターに一時的変化が生じます……】



身体に変化が生じ始め、頭からは狼ではなく狐の耳が。

周囲の紫煙が腰へと集まり、黒の毛並みを持った尻尾と、黒い液体の入った壺の様なものが下げられる。

イベントボスである『黒血の守狐』。その余っていた素材を使う事で製作した昇華煙。

元より、セット装備時の相性が私と良く、戦った時の事を考えると、今回戦う『酒呑者』の様な打撃中心の相手には滅法強い能力も持っていた。

……ただ……過剰供給時限定かな。身体の液体化は。

現在の状態で、例えば右腕の形状を変えようと思ってもびくともしない。

【状態変化】系のスキルでの変異なのだろうが……現状できないと言う事は、酒浸りの親衛者の時の様に過剰供給を行った時に何かしらのスキルが追加されるのだろう。


「よし、後は……『変われ』」


次いで、私は『想真刀』を呼び出し右手に握り。

左手には杯状態の紫煙外装を出現させた。

今回の戦いでは残念ながら、先程のアマゾネスとの戦闘の様に遠距離一本で戦い切るのは難しいと判断している。

その為に、まず最初にやる事があるのだ。


「よし、これで準備完了。……行こう」


既に集中状態に入りかけているからか、白黒へと変わり始めてきた視界の中、私は祠へと手を伸ばす。


【祠は封印されています】

【封印を解除するとボス戦へと移行します】

【解除しますか?】


勿論。


【封印を解除します】

【必要アイテム確認:酒戦士の鍵】


瞬間、周囲は溶けていく。

それと共に、溶けた風景が1人の……否、1体の鬼を作り上げていった。

小学生程度の背、はだけた着物。容姿に似合わない大きさの瓢箪を持ち、こちらへと笑みを浮かべる鬼が出来上がる。


「リベンジといこうか!」


【『酒呑者ドリーマー』』との戦闘が開始されます:参加プレイヤー数1】


瞬間、『酒呑者』はこちらへと駆け出した。

観えている。前回と違い、全く姿を追えないなんて事はなく、しっかりと何処をどう動いているのかが目で追えている。

そんな相手に対し、私は、


「紫煙駆動……ッ!」

『……?!』


紫煙と酒気の漏れ出る杯を、空中へと放り投げた。

瞬間、杯は砕け散り……私の身体に実体のない葡萄の蔦が纏わり付いていく。

頭上には、星を模しているのか大小様々な菱形で出来た光輪が浮かび上がる。

それと共に、視界に表示されている葡萄のアイコン全体が紫色の炎を帯び、下から徐々に燃え尽きていくのが分かった。

杯での紫煙駆動、それは、


「ステータス全強化!」

『――ッ』


こちらの背後へと回り込み、的確に頭へと蹴りを放つ『酒呑者』に『想真刀』を合わせる事で強い衝撃ごとその場で受け止める。

問題ない。受け止めた事による腕の痺れも無く、衝撃によって距離が離される事もない。

至近タッチの距離だ。

格闘戦を主とする相手にとっては庭の様なモノ。

……だけど、私もそうなんだよね……!

足と刀。変則的な鍔迫り合い。

しかしながらそれは、『酒呑者』が少しだけ体勢を崩した事によって瓦解する。


「あはっ」


周囲の紫煙によって作られた小さな手が、鬼の軸足を軽く押したのだ。

バランスを崩した鬼に対し、私は一歩踏み込み軽く刀を振るう。

鞘は作らない、単純な一刀。

……当たった……けど擦り傷か!

だが、鬼も伊達にボスではない。

バランスを崩した身体を無理に起こそうとするのではなく、崩した方向へと自ら倒れ込む事で私の攻撃を直撃から擦り傷へと変化させた。

肉ではなく、皮一枚程度。しかしながらしっかりと血が滲む傷だ。


「まずは1つ」


以前ならば近接戦闘でこの鬼に対応するなど考えられなかったものの。

今ではそれが叶うどころか、浅いとは言え傷を付ける事が出来るようになっている。

紫煙外装やスキル、装備のおかげではあるのだろうが……それらをひっくるめて私の実力という事にしておこう。

目の前では無理に立ち上がらず、その場から転がることで私から距離を取っている鬼がいる。


一息。

今度は更に深く斬る為に、一歩踏み込んだ。

余韻に浸るのは良いが、今の状態で倒しきらないと後が怖いのだ。

……残り時間は……大体3分くらいか。

燃えていく【葡萄胚】の残りを見つつも、目の前の鬼の動きからも目を離さない。

転がり、両腕の力で身体を跳ね上げた彼女は近付いてくる私に対して、


「後の先を狙うのかい?」


拳を構える。

そうして再び彼我の距離が零に近しくなると同時、刀と拳による打ち合いが始まった。

細かく、切っ先を相手に掠らせるようにして刀を振るう。

上から、斜めから、横から、下から、まるで円を描くかのように刀を扱い、相手は酒を硬質化させ拳に纏いそれら全てをいなしていく。

高速のやり取りの中、まだお互いに本気を出していないのは分かり切っていた。

私はまだスキルをまともに使っていないし、相手は相手で、前回私のHPを吹き飛ばした技を使っていない。

……エンジンかけていこうか。

私の雰囲気が変わったのが分かったのか、『酒呑者』が身構え、


「ペースアップだ!」


私は周囲に不可視の腕を召喚し、紫煙で作った刀を二振り握らせる。

スキルの適用範囲が意外と広いというのは、この間の外界侵攻で確かめた通り。そして、今の私が持つ刀関係のスキル……【剣魂一擲】は、刀を扱う行動に補助を掛けてくれるのだから、


「私が扱わなくても、脅威にはなるよッ」

『ッ!【Give Up One】』


私と鬼の間に刀による斬撃の嵐が生まれ、それと同時、彼女の身体からは蒸気が立ち昇り始めた。

まるでキヨマサの無煙駆動のような挙動。ならばステータス強化かそれに近しい何かだろう。

そう結論付け、私は尚前へと踏み込み刀を振るう。

次第に鬼に傷が複数刻まれていく中、私の身体からも血が噴き出ては治りを繰り返す。

相手の拳や蹴りを刀で防いでいるものの、周囲の酒気や酒による攻撃を防ぎきれていない為だ。

だが、私の身体が傷付くよりも先に、鬼のHPが減っていく方が早くなっていく。

至近距離で『想真刀』と打ち合っているのだ。紫煙駆動や【過集中】によるステータス強化、装備によるそれらの補強があるにしろ、時間が経つにつれて更に強化されていくのだから……最終的に全てで私が上回るのは確定事項だ。

だからこそだろう。


『クフッ』


一度、鬼が大きく跳び退き、巨大な瓢箪の中身を一気に飲み干す。

瞬間、私と鬼の周囲に非実体の液体の輪が形成された。


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