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Episode23 - B3


「『変われ』。テンション上げていこう!」


手の内に刀が具現化するのを感じながら、未だ白い炎が残る地上部へと飛び降りる。

右手に手斧を、左手に『想真刀』を持ち。片方からは紫煙を、もう片方からは怨念を垂れ流しつつ、私は行く。

行った。

着地すると同時、こちらへと複数の銀色の何かが投擲されるものの……身体から漏れ出た酒気を使い軽く弾き、駆ける。

変則的な二刀流。しかしながら、相手が遠距離系に特化しているのが分かっている現状、下手に手斧を投げるよりはこうして手に持って……紫煙駆動を行いながら振るった方がダメージも、威圧感も出るというものだ。

……ドローンは……良いか、もう一旦!

どうせ頭を貫かれない限りは、具現煙の過剰供給によって死ぬことはないのだ。STが切れない限り、という制限もあるのだが。

それよりも、今は一度相手のHPを削ってしまった方が色々と楽であると判断した。

何故ならば、


「どうせ君も2段階目があるんでしょ!?」


或いは、既に2段階目なのかもしれないが……他の2体に比べると控えめが過ぎる。

投げられるものを避け、時に斬り捨て、相手の姿がしっかりと実物であると認識して。

音が、匂いがそこからせずとも、目に観えるものだけを信じて前へと進む。

そうして辿り着いたのは、少しばかり涙目になっているメアリー=シンドロームの目の前。

駆け抜けた勢いをそのままに、身体を独楽のように回しながら、まずは右手の手斧を振るった。

防がれる。投擲用の武器を一時的な盾にしたのだろう。何かを砕くような感触が手に伝わったのを感じつつ……私の動きは止まらない。

横に一回転しつつ、左手に持った『想真刀』を上段から振るう。

だが、それすらも防がれた。いつの間にか私とメアリーの間に入っていたドローンが身代わりとなって勢いを削いだ為だ。

しかし、それによって私の速度は更に上がる。


「私もこれは初めてでさ……どうなるのか、どうやるのか、気になってたんだ」


次いで放たれるのは、私の両脇に漂う2つの巨大な紫煙の斧。

今回は紫電を纏っていないものの、その質量だけで十二分に威力が出てくれる初期からの愛用品だ。

1つは私と同じように横回転を、もう1つは下から掬い上げるようにメアリー=シンドロームへと襲い掛かり……再度防がれる。

残りのドローン2機が盾になったのだ。

だが、これでもう盾はない。

回転の勢いをそのままに、一歩彼女へと近付き……ずぶりと何かが私の身体に侵入してくるのを感じた。

だが、関係ない。視界の端に『出血』、『火傷』、『猛毒』と持続ダメージを与えるデバフが表示されようと、私は止まらない。


その綺麗な首へと、少しだけ頬を緩ませながら……私は手斧を振るった。

一度ではなく、二度三度。

その間にも、彼女は私の身体をナイフのような何かを使って突き刺し……果ては心臓がある位置へと突き立てた。


「ごめんねぇ、今の私ってそれじゃ死ねないんだよ」


お互いにHPが減っていく中、私のHPが突如として回復し始める。

傷口が塞がり、『出血』のデバフが消えた為だ。

……なんだかんだ、一番ぶっ壊れてるのって具現煙だよねぇ。

今、この身に宿った回復の力が、全力で私の身体を生かす為に力を行使しているのだ。

そうして訪れるは、相手の限界点。

HPが残り2割となった段階で、それは訪れた。


「っとっとと……」


強い衝撃と共に、私の身体はメアリー=シンドロームから強制的に距離を取らされる。

彼女の身体からは鈍い、鉄色の光が放たれ始め……その姿が変貌していく。

少女の姿から、鉄の塊へと……鎧の姿へと。

頭は無く、その手には何も持っていないものの、その姿は何処か騎士のように観えた。


『――ッ!』

「君も近接タイプに切り替わるのか、良いね」


言って、再度距離を詰める。

お互いにお互いへと近付き、私は手斧を、鎧はその手に光の剣のようなものを出現させ振るう。

それらが重なり合う事は無い。

私は既に攻撃を防ぐなんて事はするつもりはないし、向こうは向こうで防ぐよりも私を倒した方が早いとでも考えているのだろう。

光の剣によって身体を斜めに斬られつつも、私の手斧が鎧を打つ。

手に伝わるのは金属に命中した時のそれではなく、どちらかと言えば音桜の障壁へと命中した時のような鈍い感触だった。

……そういう能力ね。

観れば、鎧と手斧の間に光る何かの破片が散っていくのが分かった。恐らくは障壁の展開能力か何かでも持っているのだろう。

だが、それだけだ。一度防がれたなら徹るまで同じ事を繰り返せば良いだけの事。


「あはッ!この2戦、安牌に安牌を重ね続けてきたんだよッ!」


笑みが零れる。

急速に再生していく身体を、無理矢理に動かしながら私は手斧と『想真刀』を出鱈目に振るう。

そこにこれまでの研鑽などは微塵も感じられない。ただ振るう。ただ目の前の相手を討ち倒す為だけに、我武者羅に振るわれる。

鎧もそれが分かったのか、それとも自身の能力に自信があるのか。

光の剣を振るい、時に拳を織り交ぜながら私のHPをどうにか無くそうと力を振るう。


「おっと、それはダメだよ。それだけはダメなんだ」

『ッ!』


やがて、私の現在の急所が頭部しかない事を悟ったのか、光の剣によって突き刺そうとしてきた所を紫煙、酒気、そして【疑似腕】によって拘束する事で抑えつけ。

一閃。


「手斧だけ警戒してても仕方ないんだよね、私って」


こちらにも障壁が出現したものの、紙でも斬るかのように抵抗なく鎧へと到達し浅く傷をつける。

だが、傷が付いたならそれで良い。


「ッー……ぁー良い酔いだね。君も結構酔ってんだ」


相手のスタックしていた『酩酊』が私へと流れこみ、それと共にステータスの強化が入る。

こちらの拘束が振りほどかれ、光の剣が今度こそ頭部へと到達しそうになった所で、私は軽く身体を前方へと倒した。

たったこれだけの動作ではあるが、光の剣は直撃する事はなく……軽く私の頭の表面をなぞるようにして通り過ぎていく。

……良い空気吸ってるなぁ、今。

自分が楽しんでいるのを感じる。

戦いの中、無駄な動作を多くして、無駄に長引かせて、そして試したい事を試して。

そうして楽しんで、好奇心を満たして、勝っていく。

その最後の一歩がここだ。


使うのは『想真刀』ではなく、利き手に持った手斧。

先程は止められたものの、既にその時と今では私のステータスに大きな差が生じている。

白黒へと染まった視界の中、首の無い鎧をハッキリと見据えながら手斧を振るった。

金属音が響くと共に、手斧が命中した箇所から鎧全体へと亀裂が入っていき……砕け散る。


【『【隠矢小娘 メアリー=シンドローム】』を討伐しました】

【MVP選定……選定完了】

【MVPプレイヤー:レラ】

【討伐報酬がインベントリへと贈られます】

【特殊戦利品を入手しました】

【特殊インベントリ内へと収納しました】

【世界屈折空間・過去事変に新たな門が生じました】


「あは、そう来るか」


周囲の景色が街へと戻っていくと同時、3つの光の柱が空間内に立つのが見えた。

ここからそう遠くない位置に1つ立っているのが見えるものの……今行くつもりは毛頭ない。


「再戦出来るならしたいなぁ。……次はちゃんと、初めっから『暗闇』とか無しで」


焦り、急いで倒してしまった感が拭えない。

他のボス達もそうだ。未だ見れていない行動パターンや、能力を持っていそうな……そんな不確かな実感があった。

……ま、少しの休憩……は強化の後かな。

何にせよ、これで紫煙外装の強化が出来るだろう。

掲示板には最近、この【過去事変】関係のスレッドが建てられ始めた所だ。

変に情報を出していないプレイヤーが居ない限りは、初の3体突破者となる。

つまりは、


「まだ誰も知らない、紫煙外装の強化が見れるってことだよねぇー……楽しみだ」


だが、それを確認するのはもう少しばかり先にして。

今は疲れた身体せいしんを休ませる事にしよう。


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