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Episode21 - B1


「さて、と。連戦にはなるけど……準備自体はしてきてたからね」


一度それぞれの過剰供給を解いた後、私は鍛冶屋へと向かって足を進めていた。

消耗品によって万全に整えられたステータスに加え、マギ=アディクトでは使わなかったマノレコの昇華煙の煙草を吸いつつ、この後の事を考える。

……残るは【隠矢小娘】。完全に名前からしてステルス系。

索敵手段が少ないままに来てしまったものの、技術と昇華でカバー出来る範囲ではある。

問題は、相手が完全な遠距離型だった時、私が取れる選択肢が狭まる事だ。


「出来れば近付いてきてくれると助かるんだけど……無理そうだよねぇー」


私の攻撃手段は主に手斧と『想真刀』。

紫煙や酒気、酒精による攻撃は支援の域を出ない為、相手が近付いてきてくれた方がやりやすいのは確かだ。

それに、


「手斧が撃ち落とされたらそれで終わりなんだよなぁ」


遠距離同士の攻防になった時、私はかなり不利だ。

【擬似腕】などを使って投擲の代理をさせたとしても、相手が矢や、マギ=アディクトのような連射可能な武器を持っていた場合、攻撃の質ではなく量で負けてしまう。

速度で勝てたとしても、膨大な量の射撃によって軌道を逸らされればそれで終わりだ。


「戦う前から相性が悪いって分かってるのも何だかなぁ」


言ってても仕方がない、というのはあるのだが。

そうこうしている内に、鍛冶屋の前へと辿り着き中へと入る。

むわっとした熱気が肌を撫で、誰も居ないにも関わらず炉に火が入っているのが分かった。


「しっかり見るとこれまた凄いデザインだなぁ」


そんな鍛冶屋の中心には、これまでの2つの門とは全く違うデザインの門が設置されていた。

ボウガンやバリスタのような模型から、トラバサミや様々な文字が書かれた札、それ以外にも布や一見すると何の動物のものか分からない革や骨までがあしらわれた金属製の門。

【隠矢小娘】という名前にしては雑多な物が多すぎる。

……行くか。

周囲に昇華煙、そして具現煙の紫煙が漂っているのを確認した後、私は門へと触れた。


【過去事変:【隠矢小娘】との戦闘を開始します】


3度目ともなれば、急な暗転にも慣れてきた。



――――――――――――――――――――


熱気がその場に立ち込める。

鉄を打つ。冷やす。また鉄を打つ。

赤い光と共に、形が定まっていくそれは矢の様にも、剣の様にも見えた。

金髪の少女は、軽く息を吐き次の作業に取り掛かる。


そうして出来上がっていくのは、膨大な数の武具だ。

ボウガン、バリスタに始まり、遠距離系の武具……巨大な注射器も、そこには在った。

そして、紅いコートのようなものから、シャツ、ハーフパンツやジーンズなど、本当に雑多に、作れるモノは何でも作るかの様にその小さな手からこの世へと生み出されていく。


だが、まだ足りない。

彼女が生み出したいのは、この様な数打ちのような物ではなく……世界を変える様な、世界を穿つような1つの武具。

かつて、自身が主人と認めた男と見た景色を再度見る為に。

人の身体を捨てた果て、怪物のようになったとしても……彼女は作る手を止めなかった。


そして、彼女は目覚める。

世界の綻びを見る目に。

再度歩みを進める為に……今、ここに立つ。


――――――――――――――――――――


景色が一変する。

先程まで居た、そして見ていた鍛冶屋の中から、突如大量のディスプレイが周囲に設置された闘技場の様な場所に私は転移した。

現実では滅多に見られない程に太く巨大なコードが幾重にも繋がれたそれらは、ノイズを走らせながらも点滅を繰り返し、やがてあるものを映し出した。


『:(』


その瞬間、私から少し離れた位置に1人の少女が現れる。

先程のムービーで、数多くの武具を作り出していた金髪の少女だ。

彼女は赤黒い外套を頭から被り、その身の丈には似合わない巨大なボウガンをこちらに構える。


【『【隠矢小娘 メアリー=シンドローム】』との戦闘が開始されます:参加プレイヤー数1】


「ッ!」


瞬間、ディスプレイが強い光を発し私の目を潰す。

何も見えない中表示されたのは、1分間何も見えなくなるデバフである『暗闇』を示すアイコンとその場が危険域になったという警告だった。

咄嗟にその場から横へと跳び退きつつ、索敵用に鼻と耳に対して昇華煙の過剰供給を開始してみれば、


「そういうタイプか……!」


少女の匂いが複数、足音も多重に聞こえてきた。

それと共に、風を切る音がこちらへと迫ってきているのに気が付いたものの、


「当たらないよ!」


紫煙を操り音の聞こえた方向へと何重もの壁を作り出す事で受け止め……ようとして。

身体に鈍い衝撃が走るのを感じた。

見れば、決して多くはないもののHPが削れ、『出血』のデバフまで付いている。

……音の偽装か……!?

急所に当たらずに済んで良かったと考えるべきか、厄介度が更に高まったと思うべきか。

どちらにせよ、現状が危険なのに変わりはない。

具現煙の過剰供給を開始しつつ、私は一度アクセサリー状にしていた酒気を全て空気中へと放出した。


『――ッ』


数多くの音が聞こえる中、その内の1つが急に遠ざかっていくのが分かる。

急に強い酒気が放出された為だろう。ボスの類は、『酩酊』のような行動不能に陥るデバフについては耐性がありそうなものだが……AIの性能思考能力が高いからこその行動もあるのかもしれない。

……『暗闇』自体はもう少しで解ける。問題は……直接目に見えるタイプか否か、って所かな。

【隠矢小娘】なんて名前が付いているのだ。延々隠れ続ける狩人のような戦い方をする可能性だってあり得る。

こちらへと向かってくる風切り音、そして聞こえていなくても飛んできているであろう何かを避ける為、私は動き続けた。

下手に動くのは得策ではない。しかしながら、目が潰れている現状ではそれをするしか被弾を抑える方法がないのだ。


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