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Episode20 - B3


炎を伴った爆発によって生じた煙が晴れていく。

その中心には、1人の黒焦げた人だったものが立っており、


『――【Fifth reagent】』


声が響く。それと共に、彼の身体から焦げが落ちていき……その身体に様々な色をした液体を纏っていく。

青が、緑が、黄色が、紫が、そして赤が。

それぞれが服を、装備を、そして焼き落ちた皮膚を模り、やがてマギ=アディクトの身体自体は元へと戻る。

凡そ人とは思えない色をした瞳で、肌で、表情で、空中に居る私を見つめ、


『Rdy……』


その場から掻き消えた。

否、


『――Fight』

「近接戦かよッ!?」


私の背後へと現れ、極彩色の液体の剣を振るう。

似たような手合いを何度か相手にしてきた為に咄嗟に反応出来たものの、二度目は無いだろう。

……HPは……残り3割ィ!?

グレートヒェンよりも多く残されたHPバーに絶望しつつ、私が使っていた足場を器用に使いながらも。

こちらへと迫ってくるマギ=アディクトに対し様子見として、


「リベンジ行ってこい!『酒霊』ッ!」


酒気の足場を拡張しつつ、『酒霊』を2匹作り出す。

相手が注射器を捨ててくれたのだ、今度こそ活躍できる。そう考え彼の進行上に配置すれば、


『【Reagent puppet】』


突如、彼の身体から染み出るように出現した2体の人型の液体に捕らえられ、その身体を凝固させ、砕かれる。

……【Reagent puppet人形】って言ったか今!?

私の『酒霊』のような、スキルの応用によって出現させた異形ではなく、純粋なスキルによって出現した異形。恐らくは何かしらの薬を媒介に使用するスキルなのだろうが……彼の場合は、その身体自体が薬の塊のようなものだ。

実質無制限に使えるスキルと考えるべきだろう。


流石に『酒霊』が全くと言って良い程に通用しないとは考えていなかった為に、少しばかり動揺してしまったものの。

私はこちらの元へと駆けてこようとするマギ=アディクトが使っている酒気の足場の固体化を解除した。

元より、私が使っているモノを向こうも利用しているだけ。それを解いてしまえば……結果は目に見えている……はずだった。


「ばっかじゃないの!?」


足場が無くなった為に、空中から地面へと落ちかけたマギ=アディクトは突如空中で跳躍した。

何もない……否、凝固させられ砕かれた『酒霊』の破片を空中で踏む事で跳躍、まだ私が固体化を解除していない足場へと跳び乗ったのだ。

当然、そんな事をすれば足に掛かる負荷は途轍もない。

観れば、マギ=アディクトの片足は無数の傷口が開き、血を垂れ流している。

既に私には逃げ場がない。落ちれば良いとは言え、それはそれでいつものように落下ダメージを無効化する為にスキルを制御出来るかと言えば……目の前の存在が居る限り難しいだろう。


「……ッスゥー……『変われ』」


じりじりと詰め寄ってくるマギ=アディクトに対し、私は『想真刀』を出現させ慣れない左手で構える。

一息。

どちらが合図したわけでも無く、両者が共に駆けだした。

速度は彼の方が速く、対処は私の方が早い。

私の右側へと回り込んだ彼は、液体の剣をこちらの首元へと向かって振るう。だが、それが決まる事はなく、私の頭上を通り過ぎていく。

体勢を低く刀を構えたからだ。

当然、偶然であり勘に従って身体を動かしただけの事。だが、それが今ここで噛み合っていく。


剣を振り切った彼の身体は無防備だ。

再度身体を犠牲にした回避をしようとしているのか、脚部に力が入り始めているのが分かる。

だが、


「忘れない方が良いよ?」

『――ッ!』


その全身を、様々な手が抑えつける。紫煙、酒気、そして【疑似腕】による拘束だ。

完全に動けなくなる程に強い拘束ではない。だが、この一刀は届く。

酒気による鞘から、『想真刀』が彼の身体へと放たれる。

だが、それと共に彼が強引に拘束から抜け出し、


「……やっぱり強いよコレ」


彼の首元を狙った一刀は、少し軌道が下にずれ。

胸元に浅く横一文字を刻むだけに抑えられる。だが、攻撃を当てたというのが重要で。

全体的に見れば僅かな傷。ダメージ的にもそこまでではないだろう。

しかしながら、『想真刀』によって齎された能力吸収によるステータス強化は予想を遥かに超えていた。

先程までは目で追えていなかったマギ=アディクトの動きが、ゆっくりに……動作の1つ1つをしっかりと目で追えるように。

劣っていた身体能力は、今までのどのタイミングよりも遥かに強化され、一挙手一投足全てが彼を上回る。

感覚器も再度強化され、匂いも、音も全てを把握したような感覚に陥っていく。


だが、それだけではない。

私のHPバーが紫色に染まり徐々に削れ始めているのが分かる。

具現煙によって塞がれたはずの切り傷から大量の血が止まらずに溢れ出す。

……コレ、多分だけど相手の強化状態やデバフも吸い取ってるな。

相手は薬を扱っているボス。その身体の中には無数の効果を持った薬液が流れている。

だからこそだろう。今、それらの効果を能力値と共に吸い取った私の身体には、ステータス強化以外にも『猛毒』や『出血増加』と言ったデバフまでもが現れていた。

長く戦闘を続けていれば、それらによって私は死んでしまう事だろう。しかしながら、その未来は訪れない。

身体が毒に侵されようと、血が溢れ出ようと、即死しなければ今の私は具現煙によって生き残るのだから。


相手のHPは残り2割とちょっと。自傷や今の一撃によって出来た傷によって今も徐々に削れているのが分かる。

だが、それで終わらせるのは勿体ないだろう。


「行くよ」


言って、征った。

こちらを目で追えていないマギ=アディクトに対し、私はわざと見える位置へ……相手の側面へと移動して刀を上段から構える。

これ幸いと、笑みを浮かべながら液体の剣をそれに合わせようとする彼に対し、私も笑みを浮かべ返す。


「私、別に正面突破が得意な訳じゃないんだよね」

『ッ!』


彼の剣が私の胴体へと届く……その瞬間、彼の腕は独り宙を舞った。

なんてことはない、グレートヒェンとの戦闘でも行った私の新しい戦い方。先ほどの投擲から呼び戻していなかった地上の手斧を、紫煙や酒気によってリレーのように空中へと運搬し、下から彼の腕を切り飛ばしたのだ。

そうして出来たのは、呆けた表情を浮かべたマギ=アディクトと上段から『想真刀』を振り下ろす私の姿だった。


【『【死水魔女 マギ=アディクト】』を討伐しました】

【MVP選定……選定完了】

【MVPプレイヤー:レラ】

【討伐報酬がインベントリへと贈られます】

【特殊戦利品を入手しました】

【特殊インベントリ内へと収納しました】


周囲が草原から【世界屈折空間】の街並みへと戻っていくのを見届けながら。

足場を解除し、周囲に粘性を付与した赤ワインを生成しながら落下しつつ、私は息を吐く。

……何とか終わったぁー……。

危なげながら勝てた、というのが今回の印象だった。

勝てない相手ではなかったのが大きいだろう。1段階目と2段階目で遠距離攻撃主体と近接攻撃主体でハッキリと分かれていたのも大きい。

だがそれ以上に、


「やっぱり強いなぁー『想真刀』」


明らかに、紫煙外装よりもぶっ壊れている性能を持っている刀の存在が大きいだろう。

これによる一撃が徹ったからこそ、最後の攻防が上手くいったのだから。

……バフ貰ってなかったら相手を観ながら手斧持ってくるとか出来ないよマジで。

能力吸収の強い所であり、怖い所だ。

相手の能力を吸収するからこそ、相手が強すぎるバフを掛けていたら自爆する可能性もあるし、デバフも吸ってしまう。

今回、私は酒浸りの親衛者の昇華煙を使っていたから良いものの、多重にスタックした『酩酊』すらも吸収してしまうのだから厄介だ。


「使い方は考えないとだけど……次回は使うタイミングあるのかな……」


残るボスは1体。

それに挑む前に……再度、少しばかりの休憩を取る事にしよう。

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