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Episode19 - B2


「怖いんだよなぁ……注射器って時点で」


得体の知れない液体が込められている注射器。

そんなものが大量に撃ち込まれている時点で恐怖しかないが、それが身体に突き刺さったら……どのような効果が発生するか分かったものではない。

……うん、でもちょっと試すのは大事だよねぇ。

円を描いているだけでは終わるものも終わらない。もしも今回で倒し切れなくとも、どのような能力を持っているかを分かるだけでも十二分に収穫だ。


「これは決して、受けたらどうなるんだろうって言う好奇心じゃあ……ないッ!」


頬を緩ませながら、円を描いていた軌道を蛇行へと変えマギ=アディクトに向かって走っていく。

流石に彼も笑みを浮かべながら手斧を片手に迫ってくる赤ずきん風の女には驚いたのか、一瞬驚いたような表情を浮かべた後、しっかりと狙いを付けて注射器を乱射する。

……観えるっちゃ観える!

白黒に染まっていく視界の中、私の目は飛んでくる注射器を大まかにではあるが捉える事が出来ていた。

あくまで大まかに、1本1本が観えているわけではない。だが観えているならば……対処は出来る。

私に直撃するコースのモノを手斧で払い、紫煙や酒気によって作り出した剣によって軌道を逸らす。

下手に受けるような事はしない。『酒霊』が今も片手間に蜂の巣にされているような貫通力だ。壁を張った所で紙と然程変わらないだろう。


そうして、私は辿り着く。

勢いそのままに、巨大な注射器を構えるマギ=アディクトの懐へと入り込み。

下から掬いあげるように、注射器へと向かって手斧を振るった。

……まずは戦い易くするために!

直接ダメージを与えるのも重要だろう。しかしながら、延々と撃たれ続けるというのは戦局的にも精神的にも良くはない。

手斧が注射器に命中すると同時、金属同士がぶつかった音が響き渡る。

『まほうつかい』のような恰好をしている割に、しっかりとボスとしての最低限の膂力は持ち合わせていたようで……これだけでは注射器を落とさない所か、じわじわと射出口をこちらへと向けようとしてきているのが分かる。


「使い所はここだよねぇ!」

『ッ!?』


紫煙でも酒気でもない、半透明の2本の腕が手斧を手伝うように巨大な注射器を下から上へと押し上げる。

【疑似腕】の初実戦投入だ。観れば、私の状態を参照しているのか右腕を模している方の【疑似腕】は、指がフック状となっている。

そうして無理矢理に巨大な注射器を持ち上げた先は……両者共に、胴体部分ががら空きとなった状態。

通常ならばどちらも何も出来ない膠着状態になるのだろうが、私に限ってはそうはならない。

……どっちも最大数、撃ち込めるだけ撃ち込んでいこう!

周囲の紫煙、酒気がその形状を刃のような形へと変えていく。普段のようにしっかりとした造形ではなく、ただただ相手を傷付けられれば良い不格好な硝子の破片のような形。

それらが一気にマギ=アディクトの胴体へと叩きこまれていった。


『――ッ』


骨の身体を持っていたグレートヒェンと違い、鎧などを付けていない彼のHPの減り方は中々なものだ。

膨大なHPを持つボスである為に凡そ3割程度までしか削れていないものの、それでも3割だ。

……耐久性はそこまで高くない。徹そうと思えば徹せるだけの軟さだね。

このまま変な事をしなければ、この繰り返しで行けるだろう。そう考えた瞬間だった。

私の顔に、何かが掛かる。

瞬間的にその場から離れ、紫煙や酒気の破片による攻撃も終了させ……私は体勢を崩した。

鼻から、耳から、目から。全ての感覚器から得られる情報量が突如膨大に増加し、【多重思考】をもってしても少しばかり整理が必要な状況に陥ったからだ。


「これ、は……?!」


視界の隅に、1つのアイコンが表示されているのを発見し。

私はそれへと意識を向けながら、顔に掛かったものを指で拭う。

赤黒い、鉄の匂いがする液体……血液だ。

……『感覚超強化』……!バフがバフになってないじゃん……!

迂闊だった。メタな話をすれば、彼の登場ムービー中にそれらしい情報は伝えられていたではないか。


「血潮が薬液って、そのままの意味か……」


ワインを頭上に生成する事で、一気にそれを洗い流す。

すると、数秒経ってデバフのようなバフが解除されてくれた。

マギ=アディクトの方はと言えば、胴体に受けたダメージが大きいのか……何やら止血剤のようなものを傷口へと振りかけているのが目に観えた。一時的な休戦状態だ。

……どうするかな。こうなってくると近接戦をするのはハイリスクだぞ。

脆い代わりに、カウンター能力を持っている。常道ではあるが、今までそれらしい敵性モブもボスも居なかった為に警戒する事を忘れていた。


「出し惜しみしてたのも事実だしね……!」


周囲の紫煙の内、昇華煙と具現煙のモノを身体の中へと供給し……私の姿が変わっていく。

赤ずきんモチーフの恰好が、ボロボロの海賊服をモチーフとしたものに。

今回は右手が半透明の液体へと変わった後、フック状の義手へと。

身体の節々からは枝葉や花が生え、強い酒の匂いの中にちょっとしたエッセンスを加えてくれる。

過剰供給による警告が流れるものの、それ自体はどうだっていい。問題はここからだ。

……遠距離攻撃は試してないけど……試せる事は全部やるべき。そうすべきっ!

今回は修得系のログは流れていないものの、昇華によって段階自体が引き上げれているのか通常よりも大量の酒気と酒を展開、放出しつつ。

私は自身が制御できる限界の一歩手前程度の量を、様々な武具へと変えてマギ=アディクトに切っ先を向けた。


「頼むよ、これで終わってくれないかな。流石に近接戦が出来ないってのは好奇心に欠けるんだ」


言って、酒による暴力の嵐が未だ動けない『まほうつかい』の青年へと襲い掛かった。

それと共に、私は僅かに周囲に残った酒気を使い空中へと駆け上がる。

地上に居るのは悪くはない。だが、相手の武器の貫通力が高い以上、どこに居ても同じではあるのだ。

ならば、少しでも狙いが付けにくく避ける場所が無数に存在する空中へと移動した。

……ダメ押しも必要って事で。

慣れない左手で握り締めている手斧から紫煙が漏れ出し始める。


「『煙を上げろワイルドハント』」


それと共に、左腕全体に群青の紫煙を纏いつつ……私は手斧を嵐の中心へと力強く投擲した。

ワンテンポ遅れる形で、2本の紫電を纏った紫煙の斧が手斧を追う様にして青年の方へと射出されていく。

群青の狼が嵐の中心へと辿り着き、その巨大な顎を開くと同時。紫煙の斧が嵐へと到達し、


「たーまやー!」


爆発した。

それと同時に酒類の供給を一時的に止める。

討伐ログが流れていない為、倒せていない事自体は分かっている。

……グレートヒェンの時みたいな、2段階目とかありそうだし……変に攻撃して、今度は遠距離攻撃にカウンターとか持ってても怖いしね。

然程HPが削れていない可能性は考えていない。

現状、私が酒浸りの親衛者の昇華煙を使った上で出来る最大火力の攻撃を行ったのだ。これで削れていないのであれば、単純に私が相手の耐久性を見誤っていたか、何かしらの遠距離攻撃に対する防衛能力を持っていたと考えるべきだろう。


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