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Episode18 - B1


--【世界屈折空間・過去事変】


「さてと、どっちにしようかな」


私は再び見慣れない【世界屈折空間】へと訪れていた。

残るボスは2体。

そのどちらに挑むかはまだ決めかねている。

……どっちも相性自体はそこまで良さそうじゃないんだよねぇ。

【隠矢小娘】、【死水魔女】。

どちらも文字から分かるのは後衛であろうという不確定の情報のみで、決め手になり得る情報は一切無い。

グレートヒェンが闘技場で戦えた事を考えるに、他の2体も門があった場所で戦う事になるのだろうが、


「どっちも店の中なんだよなぁ」


【隠矢小娘】は鍛冶屋の中に。

【死水魔女】は薬屋の中に門が設置されているのと言うのが厄介な点だ。

どちらも狭く、後者に至っては攻撃などが薬に当たった場合どのような効果を齎すか分かったものではない。

……いや、でも……挑むなら【死水魔女】かな。

結局の所、どちらも戦わないといけないとなれば……まずは後衛は後衛でも、戦い易そうな方を選ぶ。

【隠矢小娘】など、名前からして隠れて矢を撃ってきそうなのだ。索敵手段に乏しい私にとって、対策無しでどうにか出来るとは思えない。

その点、物騒な単語が付いているものの【死水魔女】の方が戦える……と思いたい。


「よっし到着……中々こっちの門も良いデザインしてるねぇ」


薬屋の中、店内の真ん中に設置されているフラスコや何かの液体によって作られた門。

装備、消耗品の確認を行なった後、私は昇華煙と具現煙の煙草を1本ずつ吸っていく。

具現煙に関してはいつも通りに、そして昇華煙に関しては、


「あ、これ過剰供給じゃなかったら指がフックになるんだ……すごい握り辛い」


酒浸りの親衛者の物を今回は使う事にした。

まだ過剰供給をしていない為か、片手がフックになるなんて事はなく。

代わりに右手の指1本1本が小さなフックへと変化し、中々に攻撃力が高そうな見た目になってしまった。

これでは『想真刀』も、手斧も満足に持つことは出来ないだろう。

……相手次第じゃ、早めに過剰供給した方が良いな。

この状態では、特段スキルの一時追加などは起こらない。

元より私が同じスキルを持っているからなのかもしれないが。


「よし……行こう」


一息。

酒臭くなっていく薬屋の中、私は門へと手を触れた。


【過去事変:【死水魔女】との戦闘を開始します】


視界が暗転する。



――――――――――――――――――――


そこは、どこかの一室だった。

ベッドがあり、机があり、簡素なテーブルがある……ファンタジーならよくお目に掛かる宿屋の一室。

そこに、机へと向かう1人の青年が居た。


青年は焦っていた。

彼の敬愛する女性が遠くへと……自身の手が届かない場所へと向かって進んでいくのを目の当たりにして、着いていけなくなる自分の性能に憤りを感じていた。


そうして手を出したのは……薬だった。

元より彼は、薬の精製が得意だったのだ。

初めは感覚器の強化から。

次に肉体の強化。

最後に、それらを使った過剰供給オーバードーズによる敵の打倒。

様々な事を、出来る限りの事をしていった。


結果、彼は男であるにも関わらず……人々からは魔女と呼ばれる様になってしまった。

薬の効力を高める為に、途中魔女学に手を出した為だろう。

だが、彼は気にしない。


彼の血潮までが薬液と成り果てようと。

彼の敬愛する女性の為に、共に並び立つ為に……今、ここに立つ。


――――――――――――――――――――


視界が戻ると共に、私は屋外に居るのを感じた。

風があり、土の匂いがして、陽の光が暖かい。……草原だ。

しかし、少し離れた前方から冷たい威圧感も放たれていた。

そこに居たのは、フィクションでしかお目に掛かれないような『まほうつかい』の格好をした青年だった。

だが、彼は杖を持ってはいない。

代わりに手にしているのは、巨大な注射器だ。

それも、機関銃のように大量の注射器がセットされている弾帯が身体に巻かれていた。


【『【死水魔女 マギ=アディクト】』との戦闘が開始されます:参加プレイヤー数1】


ログが流れると同時、彼はこちらへと巨大な注射器を向け、


「まずっ!?」


乱射した。

事前の動作が見えていた為、避ける事自体は苦ではない。

マギ=アディクトという名前の青年を中心に、円を描くように駆け抜けていきつつも相手の動きを【観察】していく。

……私が動く前に行先予測もしてそうだなぁアレ。

今は昇華煙のステータス上昇も相まって、私の移動速度の方が速い為に避け切れているが……足を止めた瞬間に注射器で蜂の巣にされてしまう事だろう。

といっても、このまま止まる必要もないのだが。


「ふぅー……よし。酒気全展開」


走りながら、私は身体の各所にアクセサリー状にして纏わせている酒気を全て空気中へと放出した。

それと共に【酒精生成】によって赤ワインを生み出し、


「粘性ありのネバネバ『酒霊』!いけいけ!」


2体の赤ワインで出来た大蛇を作り出した。

捕えられれば粘性のおかげで動けなくなる。だが打倒しようと攻撃すると、大蛇は増えていく。

相手が1体ならば『人斬者』のように致命的な攻撃となり得る『酒霊』だが……マギ=アディクトには効果が薄そうだ。

今も私を狙うついでに注射器で蜂の巣にされてしまったのが見えている。

……アレ結構貫通力たっかいな!?ちょっとした矢くらいなら貫通しないんだけどなぁ!

延々と撃ち続けられる注射器に、このゲームがプレイヤーにスタミナ制度を採用していなくて良かったと心から安堵する。

いつかは弾切れを起こすだろうと考えているものの……その様子が一切ない事から、何処かでこちらから仕掛けに行った方が良いだろうとも思う。

だが、それをするとしたら……被弾は抑えられない。


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