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Episode10 - Rem4


自分自身以外は何も見えない。

既に、普通の部屋ならば壁に激突していてもおかしくはない程度には……いや、その倍以上の時間は歩いただろう。

しかしながら、私の身体は前へ前へと進み続けている。

……好奇心だけで来たけど……まぁまぁしんどいなコレ。

風景が変わるわけでも、何か音や匂いがするわけでもない。

ただただ、自分だけが見える世界を歩き続けているのだ。最初は好奇心から興奮していた精神も、徐々に冷め、苦痛を感じ始めてもおかしくはない。


「んー……ちょっとやりたかった事もやってみようかな。この際だし」


普段、エデンの中では周りの目もある為出来ず、ダンジョン内ではそんな事をしている余裕はないという事で出来なかった事。

私の身体にアクセサリー状になって纏わりついている酒気、酒精ワインの形状を、少しずつ変えていく。

腕輪などの形から、動物状の……私が良く昇華煙に使うマノレコのような狼の形へと。

だが、その大きさは普通のモノではない。

ざっと体高が2メートル程度はあり、その身体は酒気の白と酒精の赤紫が混じったマーブル模様となっている。


「あれ、予想だともうちょっとちゃんと混ざると思ったんだけど……何か制限にでも引っ掛かったかな。まぁいいや。……では早速」


出来上がった巨大な狼を見て、少しだけ頬を緩ませながらその身体へとよじ登る。

やりたかったけれど、出来なかった事。

それは、


「出発進こーう!」


自身の足以外での高速移動手段の確立だ。

今回、外界のセーフティエリアまで運んでくれた火車の紫煙外装のように、乗り物があるかないかで行動範囲の広さは大幅に変化する。

私は障害物のない空を跳んで移動できるから良いものの、それが出来ないプレイヤーにとっては死活問題のようなものだろう。

ステータス強化系のスキルを複数取れば変わってくるのだろうが……そんな事をするよりも、乗り物を手に入れてしまった方が早いし楽だ。


「ぐ、おぉお……これはこれで集中砲火の時と違った方向で難しい……!」


背中に乗っている私を振り落とさないように、そして最低限、私の全力と同じ程度の速度は出せるように。

そう考え操作をしているものの……それが中々難しい。

下手に狼の身体を大きく動かそうものなら、背中に居る私が吹き飛ばされそうになる。

かと言って、私の身体を気遣おうものなら、私の全力での移動よりも遅くなってしまう。

……やっぱり外に乗るより、取り込まれる形の方が色々楽か……?いやでもなぁ。

一度、私の身体を狼の中へと沈め走ってみる。

すると、振動などは凄いものの速度は出せるし吹き飛ばされる心配も無くなった。

しかしながら、問題が1つ。


「これ、敵性モブと戦うの大変そうだなぁ……」


内部に居るからこそ、私が手を出すのに多少の手間が掛かってしまう。

背中側でしがみついていれば、敵性モブと遭遇した時にそのまま飛び降りる事で戦闘を行えるが……内部に居る場合はそうはいかない。

どちらを取るかは私次第な所ではあるのだが……難しい所だ。


「改良していくしかないか。……幸い、時間だけはありそうだしね」


こんなお遊び紛いの事をしながらも、先へと進んではいる。

しかしながら、一切光も何も見えてこないのだから……中々に厳しい所がある。

この先に、一体何かが存在しているのだろうか?



進む事、十数分。

改良に改良を重ね、結論として足を内部に取り込む事で固定、最大速度を出す場合は腕も取り込む事でしがみつくような形になる事で落ち着いた狼に乗っていると。

突然それは訪れた。


「――まぶしッ?!」


光だ。

暗闇の中を走り続けていた私にとっては大変眩しく、下手に光が発せられている方向を見ようとすれば目が潰れかねないと思う程に強烈なものだった。

……いや、それよりも。

だが暗闇の中の光よりも、気になる事が……確認せねばならない事が1つ、私の視界の隅・・・・に表示されていた。

それは、


「【世界屈折空間】……ってどういう事ぉ……?」


--【世界屈折空間?】


【ガスマスクが休眠状態へと移行します】


見覚えしかない文字に、見覚えのない空間。

暗闇しかなかった空間は、いつの間にか知らない街中へと変わっていた。

煉瓦造りの壁、何かによって光の灯っている街灯。

一見すると何を売っているのか分からないような店や、人のように見えるもののすぐさま霧散していく謎の白い靄。

そして私の知っている【世界屈折空間】と同じように、空が赤く染まっている。

……エデンの方とは違う……ってのはまず間違いない。

エデンから行く事が出来る【世界屈折空間】は、プレイヤーがあまり移動しないようにある程度必要な物が固まって設置されている。

ダンジョンへと繋がっている門や、中層へと移動する為の巨大な門がそれにあたるだろう。

しかしながら、パッと見た所ここにはそのようなものは見当たらない。


「……これはちょっと探索しないとかな。戦闘も視野に入れとこう」


一息。

軽く自らの頬を叩き気合を入れ直した後、私はこの【世界屈折空間】の探索を始めた。


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