力の薙ぎを回避は出来ない。
一度身を逸らした後、すぐさま転じた斬撃だ。
それに対応するには些か猶予が足りず、下手に避けようとすれば身体の何処かを斬られてしまう。
無論、その手前でルプスは手を止めるだろうが……これに対応出来ないならば、刀を戦闘で使うには練度が足りていない、と言う事なのだろう。
だからこそ、私は当てに行く。
こちらの首元へと迫る刃に、左手に持った刀を当てる事で盾とする。
それと共に、
「ッ」
右手で腰から抜いた鞘を軽く、彼女の腹部へと向かって突き出し押した。
……キッツゥ……!
左腕が強い衝撃によって痺れていくのを感じつつも、ルプスが鞘によって体勢を崩したのを観て、なんとか凌ぐ事が出来たのを確認出来た。
だが、それで安堵するにはまだ早い。
体勢が崩れたのをいい事に、彼女は空いている手でこちらの刀の持つ腕を掴もうと動き出しているからだ。
掴まれれば引き寄せられ、また終わる。
普段ならば、紫煙などを使ってどうとでも対処出来る動き。しかし、今は刀の訓練をしているのだ。
「無理を通そう!」
視界が白黒に染まるのを感じながら、私は敢えて鍔迫り合いのような形になっている刀を押す事で、更にルプスの身体を奥へと離す。
それと共に、強化された身体能力を持って後方へと軽く跳躍した。
普段よりも短い跳躍。距離にして1メートルも無いだろう。
だが、それだけ跳べれば刀も、彼女の腕も届かない。
一息。
こちらが再び構え直し、彼女が体勢を整え直すのを確認しつつ……今度は私から動いた。
力強く踏み込む必要はない。
本当に軽く、跳ぶように足を一歩、二歩と動かし……次いで刀を軽く振るう。
下から上に、相手の左足から脇腹にかけてを狙い、行く。
征った。
速さは十分。スキルによって動作の補助がされている感覚と共に迫った刃は、彼女の持つ刀によって絡め取られるように上へと強制的に巻き上げられた。
……それ私でも出来ないけど!?
驚愕に思考が染められつつ、私は大きく開かされた上半身に向かって、袈裟斬りのように上から刀が迫ってくるのを観て、
「終わりです」
「……強くない?」
ぴたりと、身体に刀が当たる直前で止められた。
模擬戦の終了だ。
「こちら、AIですので。それに私も【過集中】は使えるのですよ」
「AIの判断速度がスキルによってブーストされちゃったか……最後のって私の動きに無理矢理合わせた感じ?」
「いえ、【観察】の効果で動きの始点自体は見えたので、【刀の心得】、【過集中】によって刀を合わせて……といった流れです」
「……戦闘系の主人を越えてくるメイドって……」
聞いてみると単純だが、やろうと考えると中々に難しい。
幾ら【刀の心得】によって動作の補助が入ると言っても限界はあるのだ。それを難なく、ぶっつけ本番でやり遂げたのだから……スペック差を感じ得ない。
「でもご主人様も何でもありなら似たような事が出来るでしょう?」
「何でもありならね。動きの始点が観えてるなら、紫煙で相手の身体を軽く小突いてずらせるし、至近距離なら酒気で相手はデバフに掛かり続けるし。何なら、刀の挙動に合わせて鞘を作って【居合】を乗せ続けるのだって出来るさ」
無論、今回の話は刀一本だからこその敗北でもある。
ルプスも【魔煙操作】や【酒気展開】、【酒精操作】は使えるものの、私よりも練度が高いわけではない。
その為、それらを使っていれば……と仮定の話なら幾らでも出来るだろう。
「ま、だからこそだね。手斧を使ってる時にそれが出来るのって、手斧の扱いに慣れてるからだし」
「……練習台、として使ってもらえるのは結構ですが……」
「あは、迷惑だと思うけど今後も付き合ってね。少なくとも、イベント終わるくらいまでは絶対」
「……畏まりました」
面倒な事になった、という雰囲気を隠していないものの。
こちらからすれば、良い練習相手を見つける事が出来たのだ。逃す手はない。
……思えば、最近消耗品の補充が早くなってたのって……ルプスが【魔煙操作】とか使ってたからか。
イベント終わりまで、とは言ったものの……恐らく今後も世話にはなるはずだ。
音桜やメウラなど、共にパーティを組むメンバーにも知られたくはない戦い方も見つけるかもしれないのだから。
「さぁーて、じゃあとりあえず……休憩がてら、私も煙草作るの手伝うかな」
「助かります。では私は、お酒類や菜園の方に」
こうして、私の残りのイベント期間は過ぎていく。
刀の練度向上、メウラから装備が返って来てからの『黒血の守狐』の周回。
そして『Sneers wolf』の装備製作班との交流。
様々な事があったが……いつもよりも忙しく、充実した期間だったと言えるだろう。
そして、イベント期間が終わった翌日。
私は、新しい装備に身を包み……【酒気帯びる回廊】へと訪れていた。