「――まっずいなぁ!?」
行動の意図に思い当たり、私は手斧を出現させた。
身体を液体のように変化させる事が出来、尚且つそれを自由自在に操れる。
つまりそれは、
「圧縮圧壊が目的か!」
言ってすぐ、周囲からピキリという音が響き始める。
周囲は既に液体で覆われており、少しずつ罅割れた場所から内側へと入り込み始めているのも確認できた。
無論、相手には『酩酊』がスタックされていっている筈ではあるが……それによって行動不能を狙うには些か時間がなさすぎる。
ならば、と紫煙駆動を発動させると共に、球体内を紫煙で満たし。
……結構削れるだろうけど、仕方ない……!
次いで、具現煙の煙草を数本口に咥え火を点ける。
【注意!具現煙の濃度が濃すぎる為、アバターに影響が残る可能性があります】
【スキル【鎮静】を使う事で影響を薄め、完全に消し去る事が可能です】
ここまでで、既に球体内には液体が膝辺りまで溜まってしまっている。
操作と追加によって強度を持続的に向上させている為、まだ時間はあるだろうが……それも短いだろう。
だからこそ、私はそのまま全力で紫電を周囲の紫煙に纏わせた。
――壊れた神社の境内に1つの巨大な火の玉が出現する。
『――ッ!!』
「あ゛っつい、なぁ!!」
燃える。身体が燃えていく端から再生する。
煙草が先に燃え尽き、しかしながら具現によって無理矢理に身体を再生される私は死なず、炎の中で目を開く。
『黒血の守狐』を構成していた液体は、その大部分が燃え沸騰しているのが観える。
しかしながら表示されているHPバー自体は減っていくものの……ある一定の所まで削れると、そこで止まってしまった。
私を空中に留めていた紫煙の足場が、熱によって崩れ落下する。
インベントリ内から回復用の煙草と酒の飴玉を取り出し使用しつつ、私は観た。
黒狐が背負っていた壺、そして咥えていた筆だけが黒の液体の中で形を保ちつつ、こちらへと向かって落下してくるのを。
……【観察】はこういう時有難いッ!
落下していく身体を強引に、具現によって回復する事を良い事に落下途中で紫煙の足場を背中側に出現させ止める。
その衝撃で肺から空気が抜けるものの、それを気にしている暇はない。
動かしにくい身体を起こし、一本の刀を構え……その刀には、紫電の纏った紫煙の鞘を付け。
「手斧じゃ、弾かれるかもしれないからね……」
視界が白黒に染まる。
久しく発動していなかった【過集中】、そして【背水の陣】が発動しているのを感じつつ。
私は落下してくる壺に合わせて刀を抜いた。
一閃。
怨念で軌道が逸らされるのを、紫煙によって修正し。
燃えた身体から放たれた斬撃は、しっかりと壺を捉える。
それに合わせるように、液体がこちらへと迫り攻撃しようとしてきたものの……刀の方が早かったのか。
途中で不自然に震え、そのまま液体らしく重力に従って地面へと流れていく。
「終わり、かな?」
刀を仕舞うと共に、真っ二つになった壺が私の両脇を落下していった。
筆までを斬る事は出来なかったものの……それで問題はないようで。
相手のHPバーが急速に減っていくのが観えている。
【『黒血の守狐』を討伐しました】
【MVP選定……選定完了】
【MVPプレイヤー:レラ】
【討伐報酬がインベントリへと贈られます】
【【清濁記述の森】の新たな難度が解放されました】
【スキルを発現しました:【居合】】
ログを見た瞬間、私はそのまま紫煙の足場を霧散させ全身の力を抜いて落下する。
どうせ落下ダメージを喰らった所で、具現煙の過剰供給中だ。死にはしない。
それよりも、精神的な疲れの方が強かったのだ。
……兎に角、目的の1つは果たせたかな。
ダンジョンに挑んだ理由の1つ。『想真刀』に慣れる事。
思ってもみなかった能力を持っていた為、そのHPの大部分はいつものような方法で削ってしまったものの、とどめを刺したのはこの武具だ。
そして恐らくは最後の行動でスキルをラーニング出来たのだろう。
今後はもっと使いやすくなっていく……はずだ。
「ノリと勢いでやっただけだけど……大切だねぇ、そういうのも」
壊れた境内の真ん中で、大の字になって倒れながら私は煙草を新たに取り出して咥える。
途中、というか。流石に自身を中心に点火するのは今後やめておこうとは思う。
過剰供給しているからと言って、途中STの減り方が凄まじく。
下手すれば回復が間に合わずにそのままデスペナルティとなってもおかしくはなかったのだから。
そんな事を考えながら身体と精神を休めていると、具現煙が切れたのか元の身体のアバターと戻っていくと共に、
【魔煙術:具現煙の影響によりアバターに変化が生じました】
そんなログが流れるのが見えてしまった。
身体中の血が引いていくのが分かる。
「えっえっえっ……今度はどこに……ッ」
そう言いながら探そうとした瞬間、発見した。
髪の一部。視界から見える範囲にある毛先が、薬草の葉のようになっているのだ。
指で真正面に持ってきて【観察】し、死んだ目になりつつも私はフレンドリストを開き、
「あ、もしもし音桜ちゃん?君って【鎮静】ってスキル持ってたっけ?」
治療の予約を取る事にした。