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其処は、満月の浮かぶ夜の神社。
何者かによって破壊された神社の前、激しい戦闘があったと思われる境内には、1匹の獣が居た。
背には黒い液体が並々と入った壺を。
そして口元には、猿轡のように巨大な筆を咥えているそれは、巨大な黒い狐だった。
赤黒い瞳を此方へと向け、ゆっくりとそれは立ち上がる。
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【『黒血の守狐』との戦闘が開始されます:参加プレイヤー数1】
身体の制御が戻ると同時、私はその場から右へと跳ぶ。
それと同時、
「うーん!やっぱり真正面からよーいドンはキツイなぁ!?」
『黒血の守狐』の背にある壺から、大量の液体が濁流の様に私の居た位置へと迫ってきた。
相手の戦闘行動自体は一度戦っている為、分かっている……とは言い難い。
何せ、一度目は単体特化のスリーエスが居た為に、色々と準備が出来たからだ。
動きを止め、一方的に攻撃し、そして修羅が全てを切り裂いた。
それ故に、ほぼ初見と変わらない。
変わるとしたら、
「ッ」
手に握る『想真刀』の存在だろう。
普通に戦うならば、攻撃の届かない遥か上空から紫煙や酒気、酒精による攻撃を仕掛けるだけで事足りる。
だが、今回はそれはしない。
……イケるかな、イケるよね!
昇華によって強化された身体能力に物言わせ、私は今も横を流れては消えていく液体……墨へと『想真刀』を突き入れ大きく横へと払う。
すると、だ。
何かが刀を伝って、身体の中へと入っていく感覚と共に、全身が軽くなるのを感じた。
「イケ、たッ……!」
相応に無理があった為か、HPが削れ刀を持っている腕が濁流の流れていく方向へと持っていかれそうになったものの……それだけだ。
しかし、黒狐の攻撃はそれで終わらない。
口に咥えた筆を大きく横に振おうと、斬り払った状態で隙だらけな私の元へと迫り、頭を大きく振っている。
赤黒い目が殺意に染まっているのを見て、私は自身に笑みが浮かぶのを感じた。
……良いね、最近やってなかった真っ正面からの戦い!
ターン制ではなく、一瞬一瞬が命の取り合いである至近距離での攻防。
少し前まではそれが普通だったというのに、久しく体験してなかったと思えるものだ。
回避は間に合わない。相手のリーチ的にも、私の体勢的にもどう避けようと攻撃は喰らってしまう。ならば、
「やってみたかったやつ!」
『――!』
筆が振るわれると同時、相手の頭の横、筆の柄の部分へと何枚もの紫煙の薄い壁が出現する。
一枚一枚は脆く、対して動きは鈍らないし止められない。だが、その数が多ければどうなるか?
結果は簡単だ。
現に、無いかのように黒狐は割りながら筆を無理矢理に振るっているものの……その勢いは徐々に下がっていくのが目に観えた。
……紙も束にすれば銃弾を止められるってね!
だが、完全に止められた訳ではない。
こちらに迫る速度が少し遅くなっただけだ。
だからこそ、私は『想真刀』を一度手放して、
「大型モンスターを倒すのなら!足から狙うのは基本ッ!」
大きく前へ、『黒血の守狐』の懐へと潜り込む。
四足歩行であるが故に、腹側に生じる空間。
そこへと強化された身体能力を無理矢理に使う事で入り込み、再度耳飾りから刀を具現化させ、一閃。
狙うは、右側の前足を。
『ッ――!』
黒い血のようなものを身体全体に浴びると同時、斬られた黒狐が大きくその場から直上へと跳び上がる。
……ん、なんだろ今の。
一瞬、その動きに違和感のような物を覚えたものの……今はそれは置いておいて。
私は追撃すべく、その場から跳躍する。
空中での戦い方には少し煩いところがあるのだ。
相手がその領域へと逃げたならば、
「もう一本、貰うよ」
今も血を垂れ流している足ではなく、次は後ろ側の左足を狙いに行く。
そう考え、足裏に酒気による足場を跳ぶ毎に出現させる事で空中で加速し、
「いっせ――んんん?!」
足を狙った一刀が空を斬る。
怨念によって軌道をずらされた訳ではない。
刀が迫ると同時、黒狐の左後足が液体の様に変化したのだ。
……そういうタイプかよ!
それと共に、もう見せたからなのか……黒狐の身体全体が
否、全身を液体へと変じた上で、空中の私を取り込もうとアメーバのように襲い掛かってきた。
「でも逆にやり易いかなッ!」
身体に元黒狐の液体が接触する寸前、私はアクセサリー状に固めていた酒気を全て解放し、球体状へと成形し固形化させる。
擬似的な球体バリア。それも触れたら『酩酊』のスタックが溜まるおまけ付きだ。
瞬間、酒気の球体へと黒の液体が殺到した。
……ん、結構勢いはあるけど……ダメージ自体は低い?
即興で作った為に、酒気のバリアは一重。
先程動きを鈍らせる為に使った紫煙の壁とは違い、本気で来られていたらすぐに破壊されてもおかしくはない筈だ。
なのに、壊れず包まれていく。