2階層を探索していて気が付いたら事がある。
それは、
「……襲ってこないね」
敵性モブが、こちらを観察する様に遠巻きから見ているのだ。
無論、隠れようとはしているのだろう。
極力音を消し、泥などを被る事で自身の匂いを掻き消して。
それでも尚、私の事を襲おうとはせずにじっと見つめている。
……最初はランタンみたいな類かなとも思ったんだけど。
森を奥へと進むにつれ、視線の数自体は増えていく。
最初は斥候系の敵性モブかと思ってはいたのだが……確認出来ただけでも、熊や巨大な蛇、何故か鮫までもがこちらを監視している為、その線は薄い。
かといって、私が少しだけ辛いと思う数が揃っている現在でも襲い掛かってこないというのも……中々に違和感がある。
「どうするかなぁ。流石にこの状況を放置するのは不味い気がするんだよねぇ」
紫煙、そして酒気自体のストックは十分だ。
探索中に昇華、そして具現を切らさぬように煙草を常に口に咥えている状態にはしているし、酒気は勝手に身体から発せられているのだから。
尚、霧散しない様に身体の各部位にアクセサリーのような形に固めて纏わせている為、いつでもその場に放出する事も可能。
見た目以上に戦闘力は高い状態にはなっている状態であるのは間違いない。
……仕掛けるか。
1体に攻撃を仕掛ければ、周りのモブも反応して襲いかかってくるだろう。
だが、それに対抗する手段も自信もある。
いざとなったら酒気を纏めて紫電によって引火させれば広範囲を焼き払うことだって出来るはずだ。
そう考え、私は少量の紫煙を1本の投擲用の斧へと成形し、
「さ、始めようじゃないか!」
『『『――ッ?!』』』
私を観察している敵性モブ……その内の、当てやすそうな熊へと向かって投げ付けた。
だが、それが熊の身体へと命中する事はない。
直前で墨を纏った蛇の尾が盾のように斧を防いだからだ。
それと共に、鮫が数体こちらへと大きく口を開けて突っ込んできているのが見え、笑みを浮かべる。
……どういう連携をしてくるのか、見ものだねぇ!
結局の所、違和感だなんだと語ったものの。
私を襲い掛かってこなかった、監視をずっと続けていた敵性モブ達がどういった方法で私へと襲い掛かってくるのか。
それが見たいというだけの、
「鮫だけ……じゃないね。熊も来てるか」
身体を左右に、半身にしつつ鮫達の突進を紙一重で避け。
更にその影に隠れるように近づいてきていた熊が、二足歩行となって腕をこちらへと振り下ろす。
だが、届かない。周囲に漂っていた紫煙が巨大な手の形へと変わり、熊の腕を受け止めたからだ。
がら空きとなった熊の胴体に『想真刀』を振るおうと構え……その場から軽く跳び退いた。
蜃気楼のように姿が揺らいでいるように見える蛇が、いつの間にかに近付き、こちらへと噛みつこうと大きな口を広げていたのだ。
空中へと跳び上がった私は、軽く足裏に紫煙の足場を一歩分作り出し、更に跳躍する。
そんな私へと迫るのは、空中を泳ぐ数体の鮫だけだ。
「一応、
言って、紫煙の槍が鮫達に殺到する。
空中で遮蔽がないのは私も、鮫も同じであり……向こうは遠距離攻撃手段がないのか、噛みつこうと口を開いて突撃するばかり。
その身体を串刺しにするように槍が刺さり、勢いそのままに墜落していくのを空中で眺めていると。
……ん、やっぱり蛇だけ見えないな。さっきまでは見えてたのに。
地上には熊だけしか見つける事が出来ない。
だからと言って、空中に蛇が飛んでいるかと言えばそうではない。
単純に、姿が見えていないのだ。
逃げたとは考えられない。逃げているのであれば、先程私が熊に攻撃しようとしたタイミングで噛みつこうとはしてこないはずだ。
ならば、
「これも特殊能力の1つかな。……透明化?」
墨を纏った所を強化、透明化させる能力だろうか。
基本は墨を全身に纏う事で動き回り、奇襲する。
そしてこうして複数体と連携を取れる環境であるなら、先程のように時に味方の盾に、時に攻撃を加える遊撃ポジションへと収まる類。
そう結論付け、
「その場に残ってるなら脅威はないかな」
アクセサリー状に固めていた酒気を1つその場で解放し、紫煙と混ぜ合わせる事で嵩増しした後に大量の槍へと成形し直して。
一息。
「晴れ時々、槍が降るでしょうってね」
大量の槍が森へと降り注ぐ。
いつも通りならば形状が保ったままになるそれらは、地面や敵性モブに直撃する度に弾け、その場に留まるように固形化が解けていく。
時間が経つにつれ、眼下の森が白く酒臭い煙によって覆われていくと共に。
その中でも、まだ何かが動く影が観えた為、密度を上げていく。
……まぁ、『想真刀』を使うには数が多すぎたって事で。
次いで、手斧を出現させ……紫煙駆動を起動して。
紫電を纏った紫煙の斧を、ゆっくりとした速度で下へと落下させた。
瞬間、
「【回廊】よりは規模が小さいけど……まぁまぁ凄いなやっぱり」
火柱が上がる。
最初はゆっくりと、しかしながら私の全力の移動よりは確実に早く火の手が森へと広がっていった。