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Episode4 - G3


昇華煙というものは、煙草の素材にした敵性モブなどの能力を一時的に得る事が出来る技術の事だ。

今まで私が使ってきたのはマノレコ……狼のモノであり、その効果自体は分かりやすいものだった。

嗅覚、それに自身の速度上昇。それに加え、魔狼となったマノレコの能力なのか、腰の羽根によって短時間ではあるが空を飛ぶ事も可能だった。

だが、今回はそれに合わせて少しだけ趣向の違うモノを使っている。

『昇華 - 酒浸者の煙草』。

【酒気帯びる回廊】にて、出現した中ボス的存在であり、私と一騎打ちを行った酒浸りの親衛者。

彼の素材を使って作られたそれは、少しだけこれまでとは毛色が違ったのだ。

だからこそ、試しに使った時は……マイスペースの一部を一時的に封鎖しなければならなくなってしまう程の被害が出てしまった。


……あの時のルプス、怖かったなぁ。

思いつつ、私は眼下で待っている『人斬者』らしき相手を観る。

姿自体は私の記憶にある通りの『人斬者』だ。

しかしながら、その身体からは目を凝らさねば分からない程度に怨念を帯びているのが分かる。

それが一番濃いのは……今も手を掛けている刀。

修羅となった時に出現する刀、『想真刀』。

相手の力を吸収し、自らの強化を行う妖刀であり……私の最終手段でもある近接戦闘を封じる一手でもある。


「面倒な事この上ないね。自業自得だけど」


意識して、私は周囲に白く濁った半透明の液体を出現させ始める。

『昇華 - 酒浸者の煙草』によって、一時的に使えるようになっているスキル【酒精生成】。

その効果は単純で……私の周囲に酒を出現させる、というだけのもの。

飲む事は出来るものの、味はなく『酩酊』が重なるだけの代物であり、掲示板ではあまり戦闘には役に立たないという評価になっているものの。


「あー、音桜ちゃんにも技名付けた方が映えるって言われてたっけ。……じゃあ『酒霊ミズチ』で」


私が使うと、また話が変わってくる。

出現させた酒を軽く触り、大きく形を変えていく。

一部を【状態変化】させる事で固体に……牙のように。それ以外を流動的な液体のまま……蛇のように形を整え。


「行っておいで」


何となく、そう口に出して酒で出来た蛇を『人斬者』へとけしかけるように操作すると。

ある程度……刀がギリギリ届くかどうか、という範囲まで近づいた瞬間に彼は動いた。

否、動いたように見えただけであり、実際には何も私の目には見えていない。

結果として、酒の蛇が両断され……刀を収める金属音がその場に響いただけの事。

……うわぁ、抜刀術もしっかりしてんじゃん。私1人だけで挑む類かぁ……?


「ま、でもそれ意味ないんだよね」

『――!』


だが、斬られただけだ。

両断された酒の蛇は、そのまま2匹となって再度襲い掛かる。

液体を斬った所で固体である部分は蛇の牙の部分しかなく、代わりにこちらは延々襲い続ける事が出来る。

斬れば斬る程に対処しなければならない相手の数が増えていく。

物理系の攻撃しか持っていない相手にとって、これほど嫌な相手も居ないだろう。

それに加え、


『ッ』


『人斬者』は一瞬だけ体勢を崩し、しかし問題ないかのように襲い掛かる『酒霊』を斬り続ける。

何も、私はこの昇華煙のスキルを使いたいからこの場で使ったわけでは無い。

この場で使うのに最適であり、最高の戦果を獲得できるだろうと踏んだ上で使っているのだ。

先程も観て、考えた通り。彼の使う刀は『想真刀』。

相手の力を吸収し、自分の力へと変換する妖刀であり……それをボスなどに振るえば、最終的に負ける事はない刀だ。

しかしながら、相性差というものもしっかり存在する。

早すぎて刀の当たらない相手。小さすぎる相手。そして、


「斬れて、力を得たとしても……それが害になる相手」


今回私が『酒霊』と名付けた酒の蛇は、【酒精生成】によって出現した酒を操っているだけの代物であり、前述した通り飲んでも味はなく『酩酊』が・・・・・重なるだけ・・・・・のもの。

そう、飲めば『酩酊』する酒の蛇。そんなものを、自身の力へと変換し続ければどうなるかは分かり切っている。

それに加え、今の私の身体にはもう1つスキルが宿っている。

【酒気展開】。

私を中心に『酩酊』を付与する酒気をばら撒き続けるという、パッシブ系のスキルだ。

私の近くに居るかどうかで効力自体は変わってくるものの……同じ空間に居れば、最終的に『酩酊』によって動けなくなるというデバフ特化のスキルであり。

こうして私は空中に立っているだけでも、『人斬者』を無力化させる事が出来るという事でもある。


『――ッァ!!』

「おっ、こっち来る?」


だが、流石にそこまで楽には行かないようで。

このままではまずいと考えたのか、『人斬者』はこちらへと向かって大きく跳躍する事で直接刀を私の身体へと届かせようとする。

だが、元より相手は空中での姿勢制御も、移動法も何もない地上特化。

それに対して、私は腰の羽根を動かす事でその場から離脱する事が出来るのだから……申し訳ないが、無駄なあがきでしかない。

軽く、固形化した紫煙の手でその身体を下に押してやるだけで、堕ちていく。


「別に肉弾戦とかやっても良いんだよ。でもさぁ……」


一息。

酒の匂いがきつくなってきているものの、昇華煙によって獲得している能力故か、普段よりも気にならない。

寧ろ心地いい気分だ。


「言ったよね?どっちが上か……主人か分からせるって」


徹底的に、お前の攻撃は届かないと。

私が手を下す必要すらもないと、そう分からせる為に、私は延々と相手の攻撃範囲外から棒立ちでしっかりと相手の【観察】を続けていく。

『酩酊』が重なり身体を動かすのも辛くなってきたのか、先程よりも刀を振るう速度が遅くなっている。

『酒霊』の牙によって、身体に無数の傷が付き、その傷に酒が付着し……また『酩酊』が重なり。

荒く呼吸をすれば、空間内に漂う酒気によって更に『酩酊』が重なっていく。

そうして重なった末に訪れるのは、


『ごふッ……』

「おっとっと。流石に重なりすぎて中身の方が保たなかったっぽいね」


『人斬者』は荒く呼吸をしつつも、その口から大量の血を吐きながら倒れていく。

まだHPが切れたわけではない。しかしながら、その場で止まってしまうという事は……私の操る酒の蛇達に群がられるという事であり。

このまま緩やかな死を迎える他、既に道は無い。

……終わりだね。

思い、私は手斧を軽く構え……紫煙駆動すらも起動させ。

紫電を纏った斧が出現したのを確認してから、倒れている『人斬者』へとそれを放った。


「もしこの結果が気に入らないなら、また次、どっかのタイミングで出てきなよ。その時はまた相手してあげるからさ」


【『真斬のピアス』の調伏に成■しました】

【名称が変化します……『怨斬えんざんの耳飾り』】

【意識をアバターへと戻します……】


瞬間、私の視界が切り替わる。

酒に塗れた花畑から、闘技場へと。

それに加え、私の眼前へと拳が迫って来ていた。


「あっぶなぁ!?」

「――、自我獲得?」


それを何とか回避しつつ。

両手を上にあげる事で敵意がない事を示せば、キヨマサは止まってくれた。


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