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Episode3 - G2


暫く湖の周りを歩いてみて分かった事がある。

この空間はあまり広くない、という事だ。

私が吸う煙草から立ち昇る紫煙は、ある程度の高さまでいくと何かにぶつかったかのように滞留するし、横もそうだ。

大きく見えているのが湖というだけで、それ以外は張りぼてのような場所、と考えた方が良いのかもしれない。

……ま、ここはゴールを分かりやすくするため、なのかな。

横道に逸れない様に用意されたもの、そう考えるとやはり分かりやすい。

正々堂々を望んだ『人斬者』だからこそ、なのかもしれないが。


「……仕方ない、行くか」


湖に映る光景は、あまり変わらない。

というのも、キヨマサが修羅の攻撃を躱し、受け流し、その上でスキルによる行動阻害によって遅延戦闘を仕掛けている為だ。

あくまで、修羅は倒すものではなく、私の意識が戻るまでの時間稼ぎ。それに徹してくれているからこそ、今こうして探索を行う余裕がある。

しかし、リソースも集中力も有限だ。

だからこそ、私は湖の縁……一歩前へと踏み出せば水の中へと落ちる位置へと立って、


「征くぜ」


短く言って、その中へと落ちていく。

水の中へ飛び込んだというのに、私の口に咥えている煙草の火は消えていない。

純粋な水ではないのだろう。その証拠に、


「……これは、記憶かな?粋な演出するじゃん」


水の中、無数の泡が集まり映像が流れ出す。

1つは、『人斬者』らしき人物がエデンに良く似た街で神社へと訪れる場面。

傍らには、何やら赤黒い液体を纏う女性が彼へと笑いかけていた。

また別の泡には、『人斬者』が神社の奥……やたらと広い境内で、餓鬼のような存在達と刃を交わし合う場面が流れていく。


……『人斬者』の記憶、かなぁ。

興味はある。『信奉者』や『四重者』のような常に挑むことが出来るボス達とは違い、『人斬者』はイベントダンジョンのボス。

今では挑む事も、その素材を得る事も出来ない相手であり、そのバックボーンを知れる機会はほぼ無いのだから。


しかしながら、今の私にとって彼の記憶の映る泡をゆっくり見ている時間は無かった。

それを少し残念に思いつつ、奥へと……湖の底へと沈んでいくように身体を動かしていけば、


「っはぁっ!」


いつの間にか、上下が反転していたのだろう。

下へと向かっていた筈の私は、どうしてか水面へと顔を出していた。

だが、それ自体は予想通り。

湖に浮かびつつ、周囲を見てみれば……周囲には多くの草花が生える、どこかで見た様な光景が広がっていた。


『……』


そして、当然のように。

1人の修羅が、湖に浮かぶ私の事をじっと見つめてきていた。

……焼き増しみたいな展開だねぇ。そういうもの、なんだろうけど。

事実、この後の展開は予想出来る。

湖から地上へとあがれば、私はあの修羅に攻撃されるのだろう。

前は言葉を交わす余裕はあったが……今回は事情が事情。

怒りに狂っている相手が今更言葉を交わしてくれるとは思えないのだから。


だからこそ、私は大きく煙草の煙を吸い。

勢い良く吐き出しながら、それらに手を掛け一気に水から身体を引き上げることで空中へと躍り出る。

【魔煙操作】、【状態変化】による足場作りの応用だ。

固体であるならば、普段空中で私の身体を支えられるのあれば出来てもおかしくはない。


『――ッ』

「やぁやぁ、憤りは分かるけどしつこすぎると女の子には嫌われるよ!」


仮称『人斬者』、もしくは修羅はそんな私へと向かって居合のような構えをするのみでその場から動こうとはしなかった。

普通に考えれば悪手。だが、下手に近付いてこないのもまた戦術なのだろう。

だからこそ、私はそれを上から叩き潰す事で証明しよう。

ピアスの主人は私なのだと。

いつものように空中へと足場を作り、軽くそれに着地すると同時。

私は周囲の紫煙を集め、纏い、全身に過剰供給させながら更にインベントリから煙草を複数取り出していく。

いつも通りの『昇華 - 魔狼皮の煙草』、『具現 - 上薬草の煙草』を1本ずつ。

そして、今回は次いで試験用に用意したモノがある。それは、


「ッ!……キッツいなぁ!」


視界が回る。それと共に私の身体が変わっていくのを感じていた。

私が用意していた酒の飴玉に次ぐ隠し札。まだ実戦で使った事はないものの、使うなら今だろうと取り出し火を点したそれは、紫煙と共に周囲へと強烈な酒気・・を放ち始めた。

――その煙草の名称は、『昇華 - 酒浸者の煙草』と言う。


【注意!昇華煙の濃度が濃すぎる為、アバターに影響が残る可能性があります】

【スキル【浄化】を使う事で影響を薄め、完全に消し去る事が可能です】

【スキル【酒精生成】、【酒気展開】が一時的に使用可能となりました】


私の身体が変わっていく。

いつものように人狼のような身体に、次いで装備している赤ずきんモチーフの防具達がボロボロの海賊服へと変化して。

それと共に、左手が突如白く濁る半透明の液体へと変わり……そのままフック状の義手へと切り替わった。


【注意!具現煙の濃度が濃すぎる為、アバターに影響が残る可能性があります】

【スキル【鎮静】を使う事で影響を薄め、完全に消し去る事が可能です】


そんな身体の節々に草花が生え、回る視界が安定しだす。

STもそれに伴って大きく減っていくのが見えているものの……数個の飴玉を口の中へと放り込めば消費自体も抑えれていくのが分かる。

……やっぱり、この手が切り替わるのむっずいなぁ……!

『酩酊』のスタック数が重なっていくのを見つつ、私は手斧を構える。

戦闘開始だ。


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