冷えていく思考の中、ゆっくりと海賊の上半身と下半身が分かれていくのが目に見えた。
だが、それと同時。
私の身体の中心部……心臓のある辺りを、足元から複数の酒の槍が貫いていた。
急速にHPが減っていく中、海賊が笑みを浮かべている様に見え、
「終わってあげないよ」
インベントリから取り出した複数本の具現煙の煙草に
火を点け、思いっきり深呼吸した。
溢れていた血液やそれ以外が、身体の中でSTを消費する事で再生し、延々とHPが回復していく。
減少と回復が釣り合って……最終的に回復が勝っていく。
「魔法みたいだよね。ちゃんと種はあるけどさ」
私の心臓に突き刺さっている酒の槍が崩れ、2つに分かれた海賊の身体が光の粒子へと変わっていく。
戦闘終了だ。
【酒浸りの親衛者を討伐しました】
【討伐報酬がインベントリ内へと贈られます】
【特殊討伐報酬:酒好の鍵を入手しました】
【スキルを発現しました:【多重思考】】
「あ、こいつも階層ボスみたいな類だったんだ……なんか新しいスキルもラーニングしてるし」
正直、訳も分からず戦っていた節はある。
酒を求めるゾンビのようなボロボロの海賊が襲い掛かってきたら、誰でも本気で迎撃するだろう。
私はした。
「……安全そうだし、一旦ここで詳細確認しておこうかな。どういうスキルかは知っておいて損はないし」
身体についた傷自体は、既に塞がっており見た目は服に穴が空いただけの状態にはなっている。
このまま外に出るのか、と少しだけ恥ずかしくはなりつつも。
周囲の紫煙を剣のような形に変え、何かが出てきても良いように準備してから私はスキルの詳細を開いた。
――――――――――
【多重思考】
種別:汎用
段階:1
熟練度:12/100
効果:処理能力を向上させる
――――――――――
……おっと?効果がざっくりしすぎてるなぁ。
効果内容の文章をそのまま文章通りに受け取るならば、このスキルを得た事によって私の処理能力は向上したのだろう。
これを得たのが先程までの、なんで私自身もあそこまで頑張ったのか分からない【魔煙操作】による集中攻撃をした戦闘の後、というのを考えれば……凡その効果自体は予想出来る。
言ってしまえば、あの行動を補助するパーツが外付けで追加されたようなものだ。
「……試しにっと」
何も居ない場所へと向けて、先程までだったら限界であっただろう紫煙の武具のスコールを降らせてみる。
すると、【多重思考】の効果は分かりやすく表れた。
……うわ、全然余裕。っていうかこの状態でしっかり身体動かせるじゃん。
手に入れたばかり、熟練度もそこまで貯まっているわけでもないというのに【多重思考】はしっかりとした効果を発揮している。
スコールを降らせている間でも、跳びはねたり、手斧をいつも通りに振るったり。
また、別に紫煙の足場を空中に作り出す事が出来たりと……中々に恩恵が分かりやすい。
「本当に多重に思考が出来る感じか。分かりやすくて助かるし、持っといて損はないな」
ある程度の確認も終わった為に、私は一度【酒気帯びる回廊】から出る事にした。
正直、この後の攻略には消耗品も足りないだろうし……何なら一度、普通の空気を吸いたい気分ではあったのだ。
酒の匂いと、煙草の匂い。この2つが延々と鼻腔を襲ってくるのは慣れてきても辛いものがあるのだから。
--マイスペース
ルプスに匂いや装備に空いた穴などで色々言われた後、消耗品の補充を任せて休憩していると。
『あ、もしもしお姉様?』
「ん、音桜ちゃんどうしたん?」
別行動をとっていた音桜から通話が掛かってきた。
確か彼女は今日、私が初めて会った時の様に掲示板経由での依頼の話を進めていたはずだ。
『いえ、今依頼が終わった所なのですが、依頼主さんが興味深い事を言ってらっしゃって』
「ほう?なんて?」
『お姉様、今このゲームの公式サイト開けます?』
「開けるよ……っと、成程そう言うことか」
言われた通り、公式サイトを開いてみると。
そこには、以前音桜とリアルで話した大型イベントの開催日程が決まった事が記されていた。
その名も、【紫煙奇譚外伝 亜獣掃討】。
期間は丸7日。
イベント期間中はゲーム内時間を加速する事で、リアルでは約3日程の開催となるそうだ。
一度ゲームからログアウトしたとしても、今回のイベントで重要なストーリーに関わるような話は開幕と終わりにしかなく、それも後からマイスペース内で確認できるようになる、との事で。
私達が気にするべきは、どこで活動するかくらいのものだろう。
「今週末からね。店長に言っておけばこっちは大丈夫だけど……音桜は?」
『問題ないですよ。色々自由が利く身体ではあるので』
「……君がそう言うと本当にそうっぽいから怖いなぁ」
何にせよ、今後やる事は決まった。
【酒気帯びる回廊】の攻略もそうだが、今は少しばかりイベントの方に意識を向けるべきだろう。
あちらは逃げず、こちらは機会を逃せば同じ体験が出来るか怪しいのだから。