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Episode19 - D6


襤褸の海賊はその手に持ったマスケット銃を使わずに、接近してくる。

遠距離戦、尚且つ私の持つ手斧よりも速度の速い銃を使えば良いものを、と思いつつも。

私はそれを迎撃すべく周囲の紫煙の形を変えた。

ある程度歪ではあるものの、四角く形成されたそれらは私を中心に円を描く様に回り出す。

イメージするは、この頃よく共に行動する友人の能力を。

四角から長方形に、立体から薄く、盾のように……障壁の様へと変形させる。


「防御ってのを案外私はやってこなかったんだけど」


言うや否や、海賊が加速し私の目の前でマスケット銃を大きく上に振りかぶり、降ろす。

瞬間、私の周囲を回っていた紫煙の障壁達が複数枚重なる様にしてそれを受け止める。

鏡が割れる様な音と共に、何枚もの障壁が割れていくものの、結果として私にマスケット銃が届く事はなかった。


青白い海賊の顔に少しばかりの驚愕が浮かんだものの、それで動きは止まらない。

海賊の足元に存在する酒が形を変え、カットラスのようになるやいなや、連続でそれを振り回し始めた。


「そういう手合いね、私みたいじゃん」


似た様な能力を持った相手。

ならば自分の弱点をぶつけてやれば問題なく打倒出来ると言うことだ。

昇華によって強化された身体能力を活かす事で、カットラスの軌道を観て。

紙一重で避け続けながら、手斧を握り締め。


『――!?』


……こっちは避け続けるだけで問題ないんだよね、実は。

手斧から漏れ出る様に出現した2対の紫煙の斧を操る事で反撃を開始した。

1本はカットラスにぶつける様に、そしてもう1つは海賊の死角となる場所へと直撃するように射出され……しかしながら、酒が盾の様になる事で、こちらの攻撃を防いでいく。


だが、そうなってしまえばこちらがやりたい放題出来るだけだ。

海賊が紫煙の斧の対処に集中し始めた所で、一足飛びで後方へと距離を取り、手斧を投げる。

煙質は使わない、ただの投擲。スキルが乗っている為、無視は出来ないダメージを与えてくるそれは酒によって防がれるものの……だが、それだけで終わるわけがない。


「さぁさぁどんどん密度を上げてくよ」


インベントリ内から薬草を使った煙草を複数本取り出し、一気に火を点す。

そうして発生した紫煙は、その全てが槍の様な細長い棒状へと形を変え、海賊へと射出されていく。


吸えば吸うほどに増え濃くなっていく攻撃の密度。

1本1本のダメージはそこまで高くは無いだろう。所詮はただの紫煙。スキルの補正も乗らない、固形となっただけの重さもまるでない代物なのだから。

しかしながら、着実に私と海賊の処理能力を削っていくそれらは、お互いの動きを精細の欠いたモノへと変えていく。


海賊は時間が経つにつれ、明らかに被弾の量が多くなっているし、カットラスを振るう動きや周囲の酒の動きも鈍くなっていっている。

対して私は、既に手斧を投げる事を諦めている。

紫煙の操作に集中していなければ、その全てがただの煙となって霧散してしまいそうだからだ。

……処理、能力の差!あるねぇ!

ここで問題になってくるのが、相手がプレイヤーか否か、という点だ。


このまま延々と紫煙の槍や、紫煙駆動によって生じた斧を操り続けられれば、そう遠くない内に海賊は倒すことが出来るだろう。

しかしながら、この状況はそこまで長く続かない。

何処かのタイミングで海賊がダメージ覚悟で突っ込んでくる可能性もあるし、何よりも。


「限ッ界……!」


私自身の処理能力の限界が近いからだ。

現実では無いはずなのに、頭の奥が熱を持っているように熱く、どろりとした液体が鼻から垂れていくのを感じる。

故に、だからこそ。

私は紫煙の操作を手放した。


一気に軽くなる頭と共に、私は何を思う訳でもなく一歩前へと踏み出して、


「行くよ」


行った。

頭の熱は取れていない。上手く体を動かせているかも分からない。

何で3層という中間の層でこんな事をしているのかと、まだ万全では無い理性が問いかけてくるものの、無視をして。

口に咥えていた煙草を噛みちぎる程の力を込めて、海賊の懐へと飛び込んだ。


だが、こちらが自由になったということは相手も自由であるということを示している。

手に持った手斧を相手の横腹へと叩き込もうとするのと同時、海賊はその手に持った酒のカットラスをこちらの斜め上から振おうと反応していた。

……一瞬、一瞬だけ!

思っただけなのか、口に出ていたのか。

分からないものの、周囲に散っていた紫煙は私の叫びに応えてくれる。


本当に一瞬、海賊のカットラスを持つ腕に紫煙が纏わりつく事で動きが止まる。

急停止された為に、バランスを崩していく海賊の横腹に私の手斧が一歩先に辿り着く。

刃が青白い肌へと沈んでいく感覚が手に伝わると同時、酒の刃が私の左腕へと侵入し……斬り飛ばす事なく、途中で停止する。

酒が弾け、私の視界が急速に歪んでいくのが分かった。


「『煙を上げろワイルドハント』ッ!」


身体から群青の紫煙が漏れ、手斧を持つ腕へと纏わりつくと同時に狼の形となって効果を発揮していく。

筋力が、手斧を振るう行為自体が、青白い身体へと叩きつける手斧の勢いが。

その全てが【狼煙】によって強化され、私は手斧を振り切った。


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