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Episode15 - D2


「……おっと、敵か」


ダンジョンの奥へと進むにつれ、酒の匂いが強くなっていくのを感じながら。

私は手斧を構え、適当に投げる。

『酩酊』によって投擲自体の命中率は良くはない。

だが、【投げ斧使い】のおかげか思ったよりも命中するのも事実だった。


「――ッ!」

「なんて言ってるのか分からないなぁ」


今回は運が悪かったようで、手斧は見当違いの方向へと飛んでいく。

しかしながら敵性モブはしっかりと私に気が付いてしまったのか、手に酒瓶を持ちながらも走って近づこうとして……地面へと転倒した。

……やっぱり君もそうなったか。

格闘家のような道着を着ているそれは、顔が真っ赤に染まっており。

転倒した今も、本人はこちらへと近づいているつもりなのか手足をバタバタと動かしている。


「1層はこんな感じなのかなぁここ……」


先程から会う敵性モブは基本的に2種類。

今、私の目の前に居る格闘家のような敵性モブのドランクファイター。

そして、急に上から落ちてきては消えていくカラスのような敵性モブ、ドランククロウ。

どちらも【世界屈折空間】の中層に存在しているダンジョンに出現する敵性モブだからか、HP自体は多いのだ。

但し、きちんと戦えた場合に限る。


「確かに、お酒飲んでる時は激しい運動とかしない方が良いけど……ここまで酷いとは」


基本的に、今まで出会った敵性モブは泥酔しているのだ。

私と同じように『酩酊』が付与されているのか、まともに歩いているように見えても……その進む先は壁だったりそこらの道で寝ていたりと、ダンジョンに潜っているというよりは夜の繁華街を歩いているという感覚が強い。


……手に入る素材も酒臭いし……これ、匂い付かないよねぇ?

少し、この後ダンジョンから戻った時が気になってしまうものの。

今は進むしかない為に、ダンジョンの中を進んでいる。


「昇華も使えないしなぁ、これだと」


私の持っている昇華煙はマノレコのモノのみ。

普段のように使ってもいいのだが……その場合、嗅覚を失う覚悟をしなければならないだろう。

通常の状態で酷い酒の匂いなのだ。ここに狼の嗅覚が宿ってしまったら……まともに行動できるまで時間がどれ程掛かるか分かったものではない。


だが、奥には進めている。

これについては確信を持って言えるのだ。


「お酒の匂いが強くなってくからねぇ……」


酒がここまで推されているダンジョンで、酒気が薄くなる方が正解なんて事は考えられない。

なんなら一番薄かったのはセーフティエリアから出てすぐの、コンソールが置かれていた場所なのだから。

そんなこんなで歩く事数分。

戦闘という戦闘が無い為に、普段よりもスムーズに進んでいくと、恐らく次の階層へと続くであろう階段を見つける事が出来た。

出来た、のだが。


「……お酒でびちょびちょじゃん」


酒気が強い、なんてものではなく酒そのもの。

今からこの先に降りていくのか……とこのダンジョンを名前で選んだ自分を恨みつつ、私は滑らないように慎重に、ゆっくりとした足取りで階段を降りていった。




--【酒気帯びる回廊】2層


「一気に雰囲気変わったなぁ……ここからが本番、かな?」


降りていった先……そこには、空が存在した。

何を言っているか分からないかもしれないが、外のエデンで見るような空がダンジョン内へと突然現れたのだ。

それに加え、先程まで煉瓦造りのオーソドックスなダンジョンだった風景も大幅に変わっている。


「なんて言うんだろ。湿地帯?いや、熱帯なのかな。マングローブっぽい木も生えてるし」


マングローブのように見える木が生える、湿地のような場所。

蒸したような暑さと共に、酒の匂いが充満しているそこは居心地がいいとはお世辞にも言えそうにはない。

だが、それよりも問題が1つ。


「足首まで酒で浸かってるの、厄介すぎない?」


足を前へと進める度に、水音が周囲へと響く。

まるで浅い川の中を進んでいるかのように、この階層は足首程度までの水深がある酒の中を進んでいかねばならないようだった。

粘度があるタイプではなく、透明な日本酒のようなものである為、気を付けていれば進む事自体は問題はないものの。

もしも頭からすっころんでしまった場合……確実に動けなくなる程の『酩酊』が付与される事だろう。


「敵性モブは……うげ」


そして、やはりというかなんというか。

敵性モブもまた、ダンジョンと同じように変化している。


『アロロロ……ロロロ……』

「アロワナ、であってるのかな、アレ……?」


空中を泳ぐように進む、巨大な魚。

その身体は光沢がある赤で染まっており、デフォルメされた目は何処か蕩けている。

こちらにはまだ気が付いていないのか、隙だらけに泳いでいるように見えるものの。

今までこのダンジョンで見たどの敵性モブよりもしっかりと動いている事もあって、私の警戒度は高まっていく。

手斧を右手で握り、もう片手には1層で買ったある酒を持ちながら集中力を高めていると、


『!……アロァ!』

「あ、割とちゃんと泳いでくるじゃん!?」


気が付いたアロワナが、一直線にこちらへと向かって泳ぎ出した。

戦闘開始だ。


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