◽️1人の嫌煙者
いやな?確かにオレはタバコってもんは嫌いだよ。
吸って得があるとすれば、頭が冷えっから集中力が上がるとかそんなもんだったか?違ったらアレだが、それくらいのもんだろ?
だけど、損なら沢山あるじゃねぇか。
肺が弱くなるから運動がまともに出来やしねぇ。
元々スポーツやってた人も、吸い始めたらもう元のポテンシャルでは動けやしない。
それに、そっから身体が壊れちまえば死ぬ可能性だってある。
あとは依存もするだろ。
だからオレは誘われても吸わねぇし、そういう場所にはいかねぇだろうな。
ま、このゲームじゃ至る所で吸ったりしてるから、そこはもう諦めてるが。
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◽ 狼谷 赤奈
「じゃ、私はもう上がるからね」
「おう、分かってら。待たせてるんだろ?向こうで」
都内某所。
その路地裏にある、寂れた雰囲気の喫茶店。
店員である印の簡易なエプロンを外しながら、私は店主の指差した方向を見て眉を顰めた。
「教えては……ないんだけどね。働き先」
「ま、慕ってくれてんだ。異性ならまだしも、同性だから俺は何も言わんぞ。あの嬢ちゃんが来るようになってから売り上げも安定したしな」
「店側としてはそうだよねぇ……行ってくる」
「武運を祈る」
……武運って言ってる時点で分かりきってるじゃないか。
陰鬱、と言うほどではないものの。
落ちた気分のまま、カウンターから見える客席……そこに1人座る、黒い長髪の女性の対面へと私は座った。
「すまない、待たせたね」
「いえ、待ってませんよ。お姉様」
「お姉様って呼ぶの、やめて欲しいんだけどなぁ……」
彼女は私の言葉が聞こえているのにも関わらず、その呼び方を変えるつもりはないようで。
そのまま別の話題へと移行していく。
そんな彼女の名前は、
「ほら、見ました?次の大型イベントですって」
「あー……なんだっけ?今回はエデンでの防衛戦だったよね?桜蘭ちゃん」
「あら、向こうと同じで音桜と呼んでいただいて良いのに」
「向こうは向こう、こっちはこっちだからね」
音桜。
私、そしてメウラと共にダンジョンの攻略を行い、その流れで色々な話をした仲である、ゲーム内の知り合いだった音桜のリアルが私の目の前に座っているのだ。
確か、チラッと場所をぼかして喫茶店で働いている、としか言っていなかったはずなのだが……いつの間にか特定された上で、こちらの呼び方も変なものへと変わっていた。
メウラには揶揄われるし、他のプレイヤーからは変な目で見られるしで中々に厄介ではあるものの、リアルで見れば寂れた店の売り上げに貢献してくれている存在なので無碍にも出来ない。
それに、こうやって私にも関係あるゲームの話しか振ってこないのだから、より始末が悪い。
実害も……職場特定くらいしか無い為、放っておくのが1番、という判断になってしまったのが、今というわけだ。
本当は警察に連絡しようとしたが。
「まぁ、まだいつ開催とかは決まってないでしょう?だったら、私達にはやる事があるはずだぜ」
「そうですね。主に私がお待たせした形なんですが」
「それは良いよ。どうせ行くならって感じだったし。……この後行くんだよね?メウラ待たせたら悪いし、解散しておこう」
「畏まりました!では、向こうで!」
そう言って、店主に頼んでいたモノの勘定を済ませると桜蘭は店から足早に出ていった。
……扱いやすいのかどうなのか、ちょっと反応に困るんだよなぁ。あの子。
こちらの言う事に素直に従ってくれる、というのがミソだ。
私は店主に手を振った後、帰路につき。
家へと辿り着くと、荷物を適当にほっぽってからVR機器を装着して寝ころんだ。
起動すると共に、どこか深い所へと……水の底へと沈んでいくような感覚と共に、私の意識はゲームの世界へと旅立っていく。
最近は、この感覚も慣れてきたものだ。
■レラ
--紫煙駆動都市エデン・娯楽区
「ごめん、待たせた」
「いんや、待ってねぇ。先に音桜も来てたしな」
「どうも、お姉様」
「……早いなぁ……」
いつも使っている喫茶店、そこに急いで向かってみると。
メウラは兎も角として、何故か既に音桜までもが集合していた。
だが、そんな事は一旦置いておく事にして。
今日の私達には目的があるのだ。それは、
「出来たんだよね?」
「あぁ、すまねぇな。ちっとばかし手間取ったけど、これで完成だ。音桜のも入れてあるからすぐにでも使えるぞ」
メウラからある物がメッセージ経由で送られてくる。
それをすぐさま開封し、装備してみれば、
「おぉ……すげぇ……」
ひんやりとした感覚が口の周りを覆う。
自分からはあまりしっかりとは見えないものの、それなりの長さがある鉄のノズルが私の口部から伸びていた。
組み立てを任せたガスマスクが、ようやっと完成したのだ。
【ガスマスクが装着されました】
【アバターのSTを一部、ガスマスク内臓のタンクへと移動させます……完了】
【※この装備品はエデンでは効果を発揮しません※】
ログが流れるのを視界に納めながらも、一度ガスマスクを顎下へとずらす。
しっかりと音桜に頼んだ狼のマズルモチーフのデザインが適用されているようで、今の私の装備的に合っているはずだ。
何なら狼耳だってあるのだから、中々なマッチ具合だろう。
「気に入ったようで何よりだ。俺らも……ほれ、音桜」
「ありがとうございます」
そして、これは私だけではない。
メウラは無骨な、ガスマスクと言えば……で想像できるようなものを。
そして音桜はと言えば、
「それ、雑面?」
「あら、御存じだったのですね。そうです、雑面です。ここまでデザインを変えても大丈夫なのか、とは思いましたが……問題はなかったようです」
白い紙のようなものに、丸や三角などが描かれたそれを顔前面を覆うように付けている。
雅楽で使う雑面と呼ばれる面をモチーフにしているのだろうが……アレでゲーム的にはガスマスクとして機能しているらしいのだから、ある意味で自由度が高い。
……デザインを上から被せてるだけ、って判定なんだろうな。普通に考えたら。
彼女の装備と合わさって、何処か変な宗教の巫女さんみたいになっているのはご愛敬だ。
「さて、じゃあ行こうか……遠征任務とやらに」
私達が集まったのは、別段ガスマスクを配ってはしゃぐためだけではない。
遂に出るのだ。
このエデンという閉じられた移動都市の外へと。