--【霧燃ゆる夜塔】3層
前へと進む足に、私達の意思はない。
自動で歩き、霧の中の満月の闘技場へと辿り着くと。
そこには、黒い靄が刀を一振り手に持って空を見上げていた。
以前持っていたのはナイフだったろうに、今度はまたえらく殺意の高いものを持ち出してきたものだ。
彼はこちらへと……私はと向かって、その切先を向ける。
まるで、今度は勝つ、と言っているようだった。
……AI制御のボスが良い度胸してるじゃん。
薄く笑みが浮かぶのを感じつつ、私は手斧を出現させる。
【『
ログが流れると同時、私と『切裂者』は動き出した。
彼はこちらへと駆け、私は手斧を投げようと構える。
向こうの方がこちらへと辿り着くのは速いだろう。流石にボス、力にはステータスを振られていないようだが、それでもその速度は速い。
だが、
「こっちも1人じゃないんだよ」
「――『盾』」
相手は幾らか私を見過ぎている。
私に集中するが故に、短絡的な思考に陥っている。
一足飛びのように私の目の前へと辿り着き、手に持った刀を振るったものの……その凶刃が私の身体に届く事は無かった。
薄く光る壁の様な紫煙が刀を防いだからだ。
「1枚なので、保ってあと3回。追加します」
「充分ッ、『煙を上げろ』ォ!」
これこそが、音桜が『切裂者』に打ち勝った最大の理由。
彼女の紫煙外装の本領発揮であり、紫煙駆動がもたらす紫煙の障壁の展開だ。
……聞いてはいたけど、十二分に硬いねぇ。
此方へと刃を届かせようと、何度も刀を振るっている『切裂者』は、その全てを紫煙の障壁によって防がれる。
その間にも、私の身体からは群青の紫煙が漏れ、そして手斧へと纏わりつき、
「初撃、貰うぜ」
目の前の目標に向かって、手斧と共に放たれた。
飛距離が長くない為、瞬間的に黒い靄で出来た胴体へと辿り着き……群青の狼がその姿を現していく。
だが、それすらも決め手にはなり得ない。
襲い掛かる狼を、黒い靄は複数の刃物を作り出し振るう事で捌いているのだ。
だが、それで良い。
効果が続いている間は、それに付きっきりにならねばならないと言うことなのだから。
「待たせたな」
そうして足が止められ、動きも固定化されればどうなるか。
うちのメイン火力が、その準備を終えられる。
私の背後から伸びてきた、巨大な紫煙の腕が『切裂者』の身体を掴む。
刃で切り刻もうが関係はない。私が観ているのならば、周囲から紫煙を集めて補強できるのだから。
そうして捕まったボスは、何度も何度も地面へと叩きつけられていく。
まるで、前回の悔しさの全てをぶつける様に、恨み辛みを返す様に。
「クソッ!バカみたいに肉弾戦してきやがって!こっちは後衛なんだよッ!!」
まるで、ではなかったようだ。
このまま終わってしまうのではないか、そう思っても仕方ない程に苛烈な打撃音と、それに伴って発生する粉塵で徐々にボスの姿は見えなくなっていく……ものの。
私を含め、この場に居るプレイヤー全員がまだ終わらないと確信していた。
これで終わる程度の相手ならば、ボスになんてなっていないのだから。
だからこそ、ダメ押しのように。
私の手に戻ってきている手斧から、紫煙が漏れ始める。
「出来れば使いたくないんだけどね――『変われ』」
瞬間、手斧の紫煙が赤黒く染まる。
それで形成されていくは、いつもよりも禍々しい形状となった怨念と紫電の斧。
……オマケにっと!
私の両脇に控えているそれらに触れ、ついでと言わんばかりにスキルを……【複製】を発動させ、2対から4対の巨大な斧を創り出すと共に。
STがほぼ底を尽きかけた為、回復含め再度『昇華 - 魔狼皮の煙草』を口に咥え火を点けた。
「メウラくん、まだ抑えててよね!」
「早くしてくれよマジで!」
「分かってる!」
恐らくスキルを持っているからだろう。
感覚的にメウラの紫煙の腕は今も斬り刻まれ続けているのが分かる。
だが、それを修繕する余裕は今の私には無い。
自分の怨念が周囲の紫煙に影響を与えないように操作しているからだ。
怨念の塊と化した斧を片手に持ち、【魔煙操作】によって他3つも操りながらそれを投げる。
メウラの腕が巻き込まれ侵食されていくものの、それよりも早く複数の斧によって破壊され消えていく。
『切裂者』はこれにも対応できるだろう。だが、触れさせるのが目的なのだから問題ない。
「行けましたか!?」
「やめて、フラグだから。それにまだ終わってないよ……よし、拘束」
粉塵が晴れていくと共に、こちらへと突っ込んでこようとした影に対し。
斧の形状を触手のように変え拘束した。
怨念と紫電によって、徐々にHPゲージが削れていくのを見ながら……私は一度長い息を吐いた。
……一応、無力化終わりかな?
流石に『切裂者』も、等級が強化された紫煙駆動に対しては手が出ないのか、苦しそうに藻掻くだけで何も出来ないようだった。