体感としては5分ほどだろうか。
白く、しかしながら【魔煙操作】の影響で淡く輝く紫煙の中を歩いていくと、何処からか声が聞こえてくる。
『此より先は、汝が進むべき路を導く場なり』
声の主の性別も、年齢も分からない。
男の様にも女の様にも聞こえるし、若くも老いても聞こえる。
『汝、斧の権能の欠片を持つ者なり』
声に呼応するように、私の手の中にある手斧が少しずつ脈動していくのを感じた。
勝手に紫煙駆動を起動した時のように紫煙が漏れ出て始めている。
『汝、狼の因子を持つ者なり』
次に、私に生えた狼の耳が少しだけ熱を持つ。
手斧の様に勝手に動くなんてことはしていないものの、昇華煙を過剰供給していないにも関わらず、少しずつ身体が人狼のそれに変わっていくのを感じていた。
『権能の欠片と、因子を持つ者よ。選べ。掴み取れ。汝が此より先で必要である力を』
そうして、私の視界は晴れていく。
歩いていた道の先、そこには【霧燃ゆる夜塔】を思わせる闘技場のような場所が広がっており、そこには人影の様なものがこちらへと視線を向けているのが分かった。
少し息を吐きつつ、私は周囲の紫煙を纏いながらその場へと歩いていくと。
そこに居たのは、顔に当たる位置に白い面をした人だった。
だが、見覚えのない者ではない。
白い外套を纏い、白を基調としたボディスとドレススカートを身につけ。
革のブーツを穿いているその姿は、全身を白くしただけの私にしか見えなかったからだ。
『超えろ、汝を。先に至る為に』
声が再び聞こえた瞬間、目の前にいた私は白い手斧を手に襲い掛かってきた。
……いきなり戦闘か!
状況をしっかり飲み込めている訳ではない。
しかしながら、襲い掛かってこられているならば迎撃して然るべきだろう。
私は未だ脈動を続けている手斧を盾にするようにして、相手の白の手斧を受け止めた。
鉄同士がぶつかり、腕に甘い痺れが走るのを感じつつも私は纏っていた紫煙を様々な形へと変えていき。
狼の頭が、鹿の角が、腕が、剣が、槍が。
無数に私の周囲から飛び出ては白い私へと襲い掛かった。
それと共に私はすぐさま思いっきり後方へと跳ぶ事でそれなりの距離を取る。
『――』
だが、白い私も同じように周囲の紫煙の形を変える事で対応していった。
まるで私に出来る事で出来ない事はないかのように。同じ形のモノに同じ形を当てる事で霧散させていく。
だが、私よりも早く形成が出来ているわけではない。
先程の白の手斧での一撃も、腕に痺れが走ったものの……昇華を使っている前提で考えるのならば弱い方だろう。
「あは」
だから、征く。
自ら取った距離を、また零へと近づけるために地面を蹴る――前に。
紫煙外装の上から被せるように、紫煙の手斧を作り出し思いっきり投擲した。
それと共に走り出す。私の身体が駆け抜けていくであろう道の先に2枚の紫煙の壁を作り出しながら、地面を蹴る。
1枚目の紫煙の壁を通り抜ける。
【注意!昇華煙の濃度が濃すぎる為、アバターに影響が残る可能性があります】
【スキル【浄化】を使う事で影響を薄め、完全に消し去る事が可能です】
私の身体は人から人狼へと変わり、その速度は更に早くなっていく。
2枚目を通り抜ける。
【注意!具現煙の濃度が濃すぎる為、アバターに影響が残る可能性があります】
【スキル【鎮静】を使う事で影響を薄め、完全に消し去る事が可能です】
今まで身体から薬草が生えてくるだけだったソレは、要所要所から……主に、人体の急所を護るかのように蔦が生え、巻き付いていく。
既に白い私のほぼ目の前と言っても良い距離まで近づいており、先に投げたはずの手斧にも追いついてしまっている。
……まずは、どこまで対応できるのかッ!
こちらへ反応しようとしている白い私に対し、勢いそのままに拳を握り締め……そのまま振るう。
【過集中】程度しか補正の乗らない、ただの拳。
だがしかし、駆け抜けてきた速度、そして昇華煙によるステータスの嵩増しによって、それは私にとっては無視できない一撃となる。
瞬間、衝撃が闘技場内に走る……ものの。白い私はしっかりと拳を手斧で防いでいる。
威力だけで見れば、確実に紫煙駆動時の方が出るだろう。だが、絵面のインパクトはこちらの方が上だ。
それに、私の攻撃はこれだけではない。
『ワンモアチャーンス!』
再度、闘技場が揺れる。投擲していた手斧が命中したのだ。
複数のスキルが乗った上で、防御出来ないタイミングでの一撃は私であるならば耐えられない。
私であるが故に耐えきれない。
それを示すかのように、白い私の身体はほぼ半身ほどが消し飛んでしまっていた。
白い手斧で防御しようとした形跡もあるが意味を為さなかったようだ。
だが、終わってはいなかったようで。
周囲の紫煙が白い私の欠損部分へと流れ込もうとした為に、意識して【魔煙操作】を使い周囲から遠ざけていく。
……ん?よく観てみれば……中、何かあるな。
白い私の中心部、丁度胸の真ん中辺りに淡く光るものが存在しているのが観える。
だが、白い私が消えていくと共にそれの放つ光も小さくなっていくのが分かった。
『アー、ウン。取ルヨネェ』
ずぶり、とすぐさま白い私の身体の中に人狼の腕を突き刺し、何かを握った感触と共に引き抜いてみると。
それは、
『水晶……?』
白い何かが中に込められている水晶だ。
身体から引き抜かれたからか、それとも元からこういうモノなのかは分からないものの……水晶は一際強く輝いた後、少しずつ空中に溶けるようにして消えていく。
【特殊戦利品を入手しました】
【特殊インベントリ内へと収納しました】
【特殊戦利品についてのトピックスが追加されました】