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Episode24 - B2


強い、というよりは巧い。

人との戦い方を理解している者の動き。人の振るう武器のリーチを分かっている動きだ。

壊し方も受け流し方も、その全てを理解し最適な動きを行っているように見える動きだ。


……全部が足りてない。

HPの減少は止まっている。

STが延々減っていくものの、具現煙のおかげで死んでいない。だが、それも時間の問題でしかない。

手数が足りないとか、ステータスが足りていないとか、そういう次元ではなく……単純に全てが水準を満たしていない。

これを先人は超えたのか。

これをあの場に居た2人のプレイヤーは超えているのか。

本当の意味で、地力が足りていないのが分かり膝を落としそうになるものの……私は諦めが悪いようで。


「……おいでよ、こうなっても倒してやるよ」


まだ勝つ事を諦めていない。

両腕は無くなった。だがそれだけだ。

紫煙を操って人の腕を作り出し、まるで自分の腕かのように接続すれば……それは自分の腕のように操れる。

両足はまだ動く。目の潰れていない。

喉なんてまだ言葉を紡ぐ事が出来るのだ。


戦える。まだ生きているのだから。まだ死んでいないのだから。

だから、前へと……こちらを見下ろすように立っている『切裂者』へと向かって一歩踏み出した瞬間、


『――その意気や良し』


声が聞こえた。

目の前の『切裂者』ではない。彼は口は無いし、今も踏み込んできた私へと刃物を振り下ろそうとしているのが……酷く遅く観えていた。

まるで走馬灯のようだが、違う。視線を周囲へと向ければ、漂う紫煙の流れも遅い。

身体も粘度の高い液体の中に居るかのように動かせない。


『だからこそ、我が怨念を。儂へと繋がる力の一端を貸し与えよう』


右手……紫煙によって作られた手の内側に、ピアスから漏れ出たオーラが……赤黒い靄が集まりある形を模っていく。

それは、いつか見た刀。刃が欠けた贋作の持っていたものではなく、真なる刀。

怪しく人を魅了しそうな赤黒い光を、私の瞳へと返してきていた。


『汝が為すべき事を為せ』


言われた瞬間、身体が自由に動くようになり……金属のぶつかり合う音が再び闘技場に響き渡る。

『切裂者』は少しだけその全身の靄がざわついている。驚いているのだろうか。

だが、驚きたいのはこちらも同じだ。


【『真斬のピアス』に込められた怨念が一定以上溜まりました……怨念の主による身体支配が怨念の主によってキャンセルされました】

【怨念を輩出します】

【具現化概念『想真刀そうまとう』が一時的に使用可能となりました】

【『信奉者の指輪』による補助を確認。使用時のデメリットが一定時間打ち消されます】


視界の端に大量のログが流れているのが見えたものの。

この好機を逃すわけにはいかなかった。

刀を……『想真刀』を、私は紫煙の腕で振るう。


先程までだったら受け流されるか弾かれていた一撃。

しかしながら、それは私の予想に反して『切裂者』の持つ刃物を両断した。

……状況が読めないし、何なら都合が良いなって感じなんだけど――、


「――でも、征けるなら征こうッ!」


それだけではない。両断された刃物は黒い靄となって消えそうになっていたものの……その上から赤黒い靄が覆い浸食し、『想真刀』へと吸収されていく。

その瞬間、私のステータスにバフが掛かったのが分かった。

思わず笑みを浮かべてしまう。だってそうだろう?

先程までは死にかけていたのにも関わらず、今では自分を殺そうとしていた相手を殺せるかもしれない力を手にしているのだから。


だからこそ、振るう。

刃物の無くなった『切裂者』の身体を構成している靄を切り刻んで。

逃げるように瞬間移動しても、上昇していくステータスによって問題なく追いついて。

一刀一刀振るう度に、私と『切裂者』の力量が、立場が逆転していくのが分かる。


だからこそだろう。この力は、今の私が振るう為のモノではなく、もっと先にある力だと理解して……少しだけ恐怖心と興味を抱く。

これは水だ。私の心の中の好奇心という種を成長させる為の、栄養だ。

それを今、過剰とも言える量浴びているのだから。


「終わりだね」


気が付けば『切裂者』の身体は、私よりも酷い事になっていた。

靄で出来ている為、詳しい損傷の具合は分からないものの……私と同じ様に両の腕は斬り落とされ。

全身に裂傷が出来ており、左足は特に傷が多い。まともな生物だったら既に歩く事は出来ないだろう。

彼はここまで来ても、何も言わず……寧ろ、じっとこちらを見つめて動かなかった。

赤黒い光が、黒を断つ。


【『切裂者』を討伐しました】

【MVP選定……選定完了】

【MVPプレイヤー:レラ】

【討伐報酬がインベントリへと贈られます】

【【霧燃ゆる夜塔】の新たな難度が解放されました】

【【世界屈折空間】に変化が起きました】


いつも通りのログが流れるのを視界の隅で確認しつつ、私は消えていく『想真刀』を観た。

赤黒い靄となって空気に溶けていくそれは、どこからどう見ても紫煙とは無関係に見える。

当然、怨念なんてものは私には分からない。

詳しい背景事情なんかを洗っていけば分かるのかもしれないが……今現状の私に判断できる情報は一切ない。


「自力で勝った……とは言えないなぁ」


消えかかっている紫煙の腕を何とか動かし、インベントリ内から煙草を1本取り出し口に咥える。

淡く光るように燃える煙草の先を見つめながら、私はその場に座り込んで一吸い。

肺へと煙が入っていく感覚を味わいながら、私は暫くの間、空の満月を肴に煙草をふかしていた。


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