大きく動くよりは、コンパクトに。
懐に飛び込むよりは、迎撃する様に。
肩口へと突き立てるよう振るわれた包丁を、少し身体を逸らす様に避け腕を掴む。
至近距離まで近づいてしまえば、霧の濃度など関係ない。
暴れてこちらから距離を取ろうとした敵性モブに対し、その腕を捻り上げる事で逆に地面へと押し倒し馬乗りになると、その首筋に向けて手斧を振り下ろした。
手から感じるのは、骨の硬さではなく肉を断ったという感触のみ。
観えているHPバーは未だ尽きておらず、頭が落ちたというのに腕や足は動き続けている。
……頭が生命維持に必要ない類か。
どう知覚しているのか、押さえつけられながらも何やら白い袋を振り回そうとしている為、持っている側の腕を叩き落とす。すると、だ。
今まで私が馬乗りとなっていた敵性モブの身体が霧に溶けていき白い袋だけが残された。
討伐ログは流れておらず、白い袋の方を観てみれば……そちらに先程まで敵性モブに表示されていたHPバーがそのまま移されたかのように表示されている。
「あー……成程。確かにそういうのだったら頭は必要ないわけだ」
私が言葉を発すると同時、何処か怯えたように白い袋自体が震える。
気が付かれないようになのか、こちらとの距離をジリジリと取ろうとしているものの……濃い霧の中なら兎も角、ここまで近づいていて見失うというのは有り得ない。
しっかりとトドメを刺す為に白い袋を掴んでみると、中に何が入っているのか粘土などを掴んだ時のような感触が返ってくる。
そのまま手斧と、一応紫煙によって複数の槍を作り出し全体的に突き刺していると、耐えきれなかったのか光の粒子となって消えていった。
【ミストサシェを討伐しました】
【ドロップ:白霧の布×1】
「
そのまますぎる名前と笑いたい所だが、そうもいかない。
今の一連の戦闘の流れを考えると、現状はかなり危険な状態とも言えるからだ。
……霧を実体化して操る能力、って考えた方がいいかな。
ミストサシェを持っていた人型は、確かに実体を持っていた。
腕を掴み、馬乗りになり、首まで落としたのだ。観ただけでなくこの手に、身体に感触として記憶している。
このダンジョン内には、今も先が見えない程に濃い霧が漂い続けている。
それらをミストサシェが扱えると言うのであれば……こうしている間にも、何処かから狙われている可能性が高い。
私が近付かれるまで気が付かなかったのも納得といえば納得だ。
霧には匂いはなく、這うように移動すれば音も最小限で済む。
実体化させるものの制限がないのならば、スライムなどのように静音性の高いモノを実体化させた上で移動すれば良いだけだ。
そして近くまで来た所で、相手を一撃で倒せるような殺傷能力の高い実体へと切り替える。
事実、そのような動きで近づいてきたのだろうし……それが出来ないとは考えない方が良いだろう。
「殺意高めだなぁ、ここにきて」
再度空中へと跳び上がりつつ、インベントリ内から煙草を取り出し火を点す。
幸いにして、私の修得しているスキルを駆使すれば地面を行く必要はないものの……どうしても紫煙やSTを回復し続けねばならない。
ミストサシェだけがこの階層に出現する敵性モブとも限らない為、昇華煙を切らすわけにもいかない。
「本当はちょっと素材も集めつつ行こうかなって思ってたんだけど……流石に面倒が過ぎる」
私は紫煙で空中に足場を作り出しながら、塔のある方向へと飛び跳ね始める。
もう少し霧が薄かったりミストサシェが見つけやすかったら、当初の予定通り素材収集を兼ねて地上を走っていったのだろうが……流石に先を見通す事が難しく、尚且ついつ奇襲されてもおかしくない状況でそれを行うにはリスクが高い。
ミストサシェの素材から昇華煙の煙草を作ればまた話は別なのだろうが……ここまで来たらこのダンジョンを攻略するまでは狼の力を使っていきたいのだ。
だからこそ、空を征く。
眼下に広がる、雲海のようになっている濃霧を眺めつつ、塔へと近づいていくとその大きさがハッキリと知覚出来る。
「うわ、これ東京にある塔よりも大きそうでしょ絶対」
飛び跳ねる事数分。
塔の根本とも言うべき場所へと辿り着いた私は、周囲を警戒しつつ地面へと着地した。
『薬草の煙草』を数本取り出し口に咥えつつ、一旦ぐるっと塔の外周を回ってみると……1つの扉を発見する。
鍵は掛かっていないようで、軽く押すだけでも開いたのを確認できた。
……昇華、具現どっちも問題無し。他の消耗品は……まぁ大丈夫か。
少しだけST回復用の煙草の残数が気になったものの、無くなったら無くなったでその時は帰るか死ぬかのどちらかだ。
再度また挑めばいいのだから、気軽に進んでいこう。
無論、今回で攻略しきるつもりではあるのだが。