『生存可能エリアが収縮します……エリア外に居るプレイヤーは一定時間後に脱落してしまいますのでご注意下さい』
アナウンスと共に、私の後方の草原に赤黒いガスの様なものが充満していく。
……【魔煙操作】が反応してるなぁアレ。
詳細自体は分からないものの。
私の目にはそれが薄く輝いているように見えていた。
試しに軽く狼の形に変化させてみれば……1秒程度は形を維持出来るものの、すぐに元のガス状へと戻ってしまう。
言葉にしにくいが……何と言うか、こちらがその形にしようとしているのに対し、その内側から反発するかのように元に戻るのだ。
これが全体的に、形状の大きさ、精密さ等に関係なく起こっている。
「一瞬一瞬程度なら何とかなりそうだけど……あの中で戦うのは無謀だなぁ」
どうにか相手を撒く為に一瞬中へと入る等ならば使えるかもしれないが、それでも【魔煙操作】に集中せねばならなくなる為に全体的な生存率は下がってしまうだろう。
本当に他に策がない時以外はそもそも近付かない方が良い。
……んー、【魔煙操作】の熟練度が足りてないって感じはあるなぁコレ。
スキルの熟練度が上がれば、追加の能力を得る。
【魔煙操作】ならば、紫煙に対する操作精度やその自由度が上がっていく……筈だ。現実として、手で触れないといけなかったものが、思考するだけで操れるようになったのだから。
だからこそ、今は操れないものがあってもおかしくはない。
「最悪って所かな。……さて」
私は視線を森の方へと移す。
今も戦闘音が響いており……何やら怒号のようなものや歌まで聞こえてきている始末だ。
ここから中に入るか、と言われれば……正直な話をすれば入りたくはない。
「木こり特化じゃないしねぇ。でも投擲出来るような相手も見えないし……」
まずまずとして、戦闘音のする方向へと近付くのはありと言えばありだ。
他の紫煙外装、それも強化されているかもしれないものを観れるかもしれないからこそこちらへと進んできたのだから、ある種目的と言っても良い。
だが、そのまま進むのは……無謀だろう。
【隠蔽工作】によって疑似的にステルス化して進むのも手だが、先程の戦闘で私のような相手がいた場合はほぼ無力化されてしまう事が良く分かった。
そして私の戦い方的に、森の中で戦うというのは中々に厳しいものがある。
大きな広場的な場所があるならば問題はないだろうが、流石に木が複数生えているような場所で手斧を振り回す事は出来ないだろうし、何なら紫煙の斧がどういう挙動をするのかが分からないのが一番怖い。
十分な広さが無いから展開出来ない、なんて事になったら……それだけで私とその他のプレイヤーに差が出来てしまう。
「……いや、行くか」
そこまで考え……私は考え方を変える事にした。
そもそもとして、今も森の中から戦闘音が聞こえる程度には激しい戦いが起こっているのだ。
それに遠目から見えた火柱や紫煙の巨人など、実際に暴れていれば広場の1つや2つ程度ならば出来ていてもおかしくはない。
ならば、今突っ込んで漁夫の利を狙った方が勝ち目はある……はず。多分。
ST回復、具現、そして昇華用の煙草をそれぞれインベントリ内から出現させ、口に咥え火を点す。
立ち昇る紫煙を全て、3種類の紫煙の狼になるよう操作しつつ、私は一歩森へと足を踏み入れる。
特に罠のようなものは見当たらない。
「今身体に残ってる昇華は……うん、索敵用に頭に使っただけだったっけ。よし」
身体の中に残っていた昇華煙を外に出し、それらを手足へと集中させる。
元より影響が残っている私の
あまり意識して狼耳の方を使っているわけではないが……それでも、無いよりはマシレベルだろう。
手足が人狼へと変化したのを確認した後……軽く、近くの木へと手刀を放つ。
鈍い音と共に、少しだけ私の手に痺れのような感覚が伝わってきたが……木が倒れる事はなかった。
次いで、足で軽く蹴りを入れてみて問題無いのを確認した後。
私は見える範囲で一番太く、私1人くらいを乗せても折れなさそうな枝へと飛び乗った。
……やってみたかったんだよねぇ、忍者っぽい奴!
木や枝の強度自体は問題ない。あとは私の運動神経がモノを言う移動方法……よく漫画などで忍者達が行う、枝から枝へと移動するアレだ。
地面に罠があるのかもしれないのならば、枝から枝に、空中を移動すれば問題ない。
それが出来る環境と、無茶を通せるであろうステータス強化があるが故に出来る事。
まさか自分がやるとは思っていなかった為に、思った以上に好奇心が前面に出てきている気がするものの……まぁ良いだろう。
流石に好奇心もこれで猫を殺すような事を招くわけもない。
「さぁ、目指すは戦闘音の出所に!」
私は軽く、枝を蹴り空中へと躍り出た。
瞬間、手の届く範囲にある枝を掴み、鉄棒の後ろ周りの要領で一気に加速する。
平時の移動速度よりもずっと早く森の中を進んでいく私の身体は、今も戦闘音が続いているのを捉え続けていた。