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Episode7 - R4


最初に動いたのは、黒外套ではなく……天秤の方だった。

指輪の置かれた皿の方が傾きだしたのだ。

それと共に、地面に薄い紫煙の層のようなものが広がっていく。


……デバフ……じゃないな。逆だ。

私の視界の隅、バフデバフ類のアイコンが表示される位置に表示されたのは……弓のアイコン。

確か遠距離攻撃の与ダメージ強化のバフだったはずだ。

それが、今、敵側から付与された。


「……放置したらまずいかなコレ」


黒外套が動き出す様子は……今のところ無い。

だが、だからこそ私は一度手斧を投擲した。

【投擲】、【斧の心得】によって狙えば十中八九確実に命中するそれは、今回も吸い込まれるかのように黒外套へと命中し、


「居ない……ッ!」


黒外套と、それを身に纏っていたマネキンを吹き飛ばした。

当然、プレイヤーにはマネキンなんてアバターを選ぶなんて自由度はこのゲームには存在していない。

……逃げられた?いや、逃げたなら紫煙駆動っぽいコレがここにある意味が分からない……。

匂いはない。元より、それ以外は期待出来ない程度には見えていなかったのだから……完全にステルス状態に入られたと考えるべきだろう。


昇華煙だけでなく、インベントリ内から『具現 - 薬草の煙草』を取り出し吸っておく。

ガスマスクのように紫煙を固めておいて……とやろうとした所で、私の身体アバターの左肩が不意に拳で打たれたかのような衝撃を受けた。

何か、と思いそちらの方を見てみれば、


「……ッ」


1本のナイフが刺さっていた。

痛覚自体が無いのは別に良い。そういう設定だから問題はない。

だが、ナイフが刺さるまで気が付かなかったというのが問題だ。

見えも、嗅ぎも、そして聞こえもしない。そんな状態で、ダメージを受けるまで分からない遠距離攻撃。


……好奇心に任せて行動するのは良くないっていう良い例だなぁ。

幸い、ダメージ自体はそこまで多くない。

毒なども塗られておらず、具現煙のおかげでSTは消費してしまうものの、ものの数秒程度で回復し切れる程度だ。

だからこそ、疑問も残る。


……なんで、致命傷を与えてこない?

今もまた、今度は右足へとナイフが刺さった。

だが、これも致命傷には遠い。

敵性モブでもないプレイヤーを倒すならば、頭や首などの、一撃喰らえばHPが全損するような場所を狙った方が絶対に良い筈なのだ。


……いや、狙えない・・・・?そういう制限かな。

考えられるのは2つ。

1つは、致命傷を与えられないように制限がある可能性。

もう1つは、確実に倒す為に相手の機動力や防御手段を先に潰していっている可能性。

自分で考えていて何だが、後者の可能性は限りなく低いだろう。


「ステルスに、見えない攻撃。うん、順当に暗殺者だ」


ならば、こちらが行える方法も限られる。

少しばかり目立ってしまうが、これも必要経費という奴だろう。元はと言えば、私の好奇心によって今の状況になってしまったのだから。


インベントリ内から、5本ほどの『薬草の煙草』を取り出し、全てを口に咥え火を点す。

端から見れば何をしているのか分からない、狂った喫煙者にしか見えないだろう。

私だって傍観者ならばそう思う。

だが、これだって私の力の元であり、


「――暴力の象徴、だよねぇ?」


私の言葉と共に、5本の煙草から立ち昇る紫煙が私の周囲に充満していく。

霧よりは薄く、しかし臭いはキツいそれらは私の手に触れる様に動き、形を徐々に変化させていった。


それは小さい果物ナイフの様な物だった。

1つ1つは小さいものの、大量に作り出されていくそれらは、まるで小魚達が身を守る時に集まる時の様で。


「征って」


その一言と共に、紫煙のナイフ達は私の周囲を渦のように回転していく。

試しに『薬草の煙草』を1本、回転しているナイフ達へと放り投げてみれば……触れるや否やバラバラになってしまった。

思った以上に火力があるものをその場の勢いで考え付いてしまったようだ。

だが、手は抜かない。何があるのか分からないのだから。


足裏でリズムを取る。

トン、と一回鳴らすと共に、周囲のナイフの渦が少しずつ大きく……広がっていくように慎重になって【魔煙操作】を扱って。

トン、と二回目の音と共に、回転の速度を上げ。

トン、と三回目にはそれらを同時に行い始める。


……ま、一見すると凄いけど見掛け倒しでしかないんだよね。

【状態変化】によって固体と化している紫煙のナイフ達だが……その実、耐久性はあまりない。

数を用意する事を前提に、小さく、そして薄くしているからこそ多段ダメージが入るだけのものであり……少し硬い程度ならば大してダメージも入らないだろう。

それこそ、敵性モブならば【墓荒らし】に出現するようなテーブルや本棚達には弾かれておしまいだ。


だが、人間相手……生身がそこにある類の敵ならばこれで良い。

ダメージを与えられ、尚且つ『そこに相手がいる』と私が分かれば良いのだから。


「さ、天秤はどっちに傾くかな?」


私の声と、空気を掻き回す音しか聞こえない。黒外套のプレイヤーはその手の情報を一切落とさない類のスキルか何かを使っているのだから当然だ。

だが、音は聞こえずとも……雑じるものはある。

……ヒット、したかな?

白一色だった紫煙のナイフ達の一部に、別の色が混じり出す。

草原と紫煙以外には見えない私の視界の中で、一際目立つ鮮やかな赤。

鉄の臭いが鼻をつき、これが血によるものだと私に報せてくれる。


瞬間、私は手斧を最初に血が見えた方向へと延々投げ続け始めた。

紫煙駆動も起動させ、投擲が終わると共に自動で戻ってくるソレをまるで機械かのように投げつけ。

一方的な暴力が、その場を襲う。



少し経ち、私は紫煙のナイフ達を解除して……光の粒子が天へと昇っていくのが見えた。

いつの間にか紫煙の天秤すらなくなっており、少しだけ割れた地面の近くには血だまりと共に、棺桶のようなものが置かれていた。


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