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Episode6 - R3


『昇華 - 狼皮の煙草』を咥え直し、火を点す。

黒外套のプレイヤーはその様子をじっと見ていたかと思えば、


「……失礼」

「あっ、ちょっ」


空気に溶けるかの様に、目の前から消えていってしまった。

まず間違いなく暗殺特化なプレイヤー。それに加え、一度周囲を見渡しているのにも関わらず、接近してくる前に発見することが出来なかった事から……ほぼ確実にステルス化のスキルか何かを持っている相手だ。


ここで逃すと、いつまた狙われるか分からない。

今の攻防も、『真斬のピアス』の効果が発揮されたから何とかなっただけである以上、逃してしまうと同じ様に防げるかは本当に運次第になってしまう。


「待ってほしいなぁ」


昇華煙の効果により、嗅覚と聴覚が強化され。

それを【魔煙操作】によって更に強化した上で、先程のプレイヤーの居た位置を探ってみれば……匂いだけは残っていた。

薄い薬品と血の匂い。だが、それだけ残っていればイヌ科の嗅覚は拾ってくれる。


残り香は私から少し離れた方向へと続いており、今も少しずつ離れていっているのが分かった。

姿は見えず、音は聞こえないままではあるのだが。

……匂い以外は消せるタイプか。強いねぇ。

普段ならば、【峡谷】の狼や【二面性】の狐以外は騙し通せるのだろう。

しかし今の私は、その狼の力を得てしまっている。単純にここは相性の有利不利が露骨に出てしまっているだけだ。


「何処だろうなぁ……まだ近くにいるのか分からないしなぁ……」


心にも無い事を言いながら。

私は周囲の紫煙を操り、一度手に触れさせた後……匂いのしている方向へと流していく。

途中、空気によって拡散されて薄くなってしまうものの、それは仕方がない。


ある程度匂いの元の近くへと紫煙を流し込めた後。

私は足に力を込め、一気に跳躍した。


「ッ!?」

「みーっけた」


私の持つ【隠蔽工作】のデメリットと同じような制限でも持っているのか。

息を呑むような声と共に、その姿がハッキリと見えるようになった。先ほどまで握っていた鎌は何処かへと消えている。

……うん、アレ多分鎌は紫煙外装じゃないね。

そもそも、鎌は見た目的にも紫煙外装らしくはなかった。あるとしたら……身に纏っている外套か、それ以外だろうか。


姿が見えてしまっている事を分かっているのか、急いで逃げ出そうとする黒外套のプレイヤーの行先に紫煙で作った柵を作り出し。

私はその上へと降り立った。これも余裕を見せるという意味での演出として良いだろう。


「逃げるだなんて酷いじゃあないか。遊ぼうよもっと」

「……チィ!」


観念したのか、虚空から鎌を出現させ……私の目の前から消える。

瞬間、キィンという鈴の音と共に、再度最初と同じように首元へと鎌の刃が現れた。

……転移系のスキル。それも相手の死角に飛ぶ事だけに特化してるタイプかな?

だが分かっていれば対処は簡単だ。それに紫煙外装でもない、一見すればただの装備品の鎌。

流石にそれでやられてあげられるほど、私は弱くはない。

手斧を鎌と首の間に入れ、昇華煙によって強化されたステータスをもって押し返し、空いている手でその柄を掴み、


「一本釣りィ!」

「へっ?!」


ステータスに物言わせ、思いっきりこちらへと引っ張った。

黒外套のプレイヤーは流石にそうなる事は予想していなかったのか、踏ん張る事が出来ず……空中へと放り投げられたような形へとなってしまい、


「避けられないよねぇ?」


私が投擲した手斧がその胴体部らしき場所へと直撃した。

だが、流石にプレイヤー。そこらのダンジョンの敵性モブとは違い、これでは終わらない。

少し離れた位置へと転がっていく黒外套の内側から、紫煙が漏れ出している。

私のように、煙草を吸っているわけではない。手は見えている。

では、何かと問えば答えは一つだろう。

プレイヤーならば持っている紫煙外装、その能力がこれから私に襲い掛かってくるのだ。


「あは」


頬が緩む。

普通ならば紫煙駆動なんてさせずに倒してしまった方が安全的にもバトロワ的にも良いのだろう。

しかしながら、ここで私の悪癖好奇心が顔を出す。

他のプレイヤーの……私の知る限り、メウラ以外の紫煙外装。その本領発揮とも言える紫煙駆動。

どんな現象が起きるのか、どんな被害を齎すのか。それが気になってしまって、見たくなってしまって、つい手斧を投擲しようとしていた腕を止めてしまう。

やがて紫煙はプレイヤーの元へと集まっていき、ある形を象っていった。


「――天秤か」


紫煙で出来た天秤だ。理科の実験で使うようなものではなく、審判の時に使われる天秤だ。

それぞれの皿には、紫煙で出来た指輪と石が乗っているように見え……バランス自体は対等になっているようだ。

……これはまた、凄いのが出てきたなぁ。


見た目だけ見れば戦闘用には思えない。

しかし、それを言ってしまえば……リアル的な思考で考えるのであれば、紫煙自体が戦闘用ではないのだ。

だからこそ、私は警戒した。

この場で、この状況で使う紫煙駆動なのだ。バランスを覆せると考えているからこそ使っているのだ。


周囲の紫煙を集め、纏いつつ。

私は黒外套のプレイヤーの動きを注意深く【観察】した。


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