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Episode5 - R2


空だ。

先程まで立っていた地面は足元には無く、周囲には只々青い空と白い雲が広がっている。

それに気付けば、共に落ちたと思われるメウラの姿はどこにもない。

代わりに、数多くの見知らぬプレイヤー達の姿をちらほらと見る事が出来た。


「うっそでしょぉおおおお!?」


既にバトルロイヤルが始まったのだろう。

何ともシームレスに始まった物だが、それは置いておいて。私は眼下……風によって開きづらい目を何とか開いて、下を見た。

……平原と森!


まだ小さいながらも、青々とした草が生えている草原と、大きな森が近付いてきている。

否、私が近付いているのだろう。

兎にも角にも、このままでは地面に激突してそのままエンドになってしまう。


「くっ、煙……は無理だよねぇ!」


インベントリから煙草を1本取り出そうと考えたものの。今も私の身体を打つ風の勢いを考えその手を止める。

ならばどうするか。

私に取れる方法は1つしかなかった。


「紫煙駆動……ッ!」


握っていた手斧から煙が生じ、そこから紫煙の斧が作られていく。

同じ煙ではあるが、こちらはまた別。

私の手斧にある程度は追従して動くのだから……現在の様に落下していても霧散する事はなかった。


そして【魔煙操作】を用いる事で、何とかその柄に触れ……液体化させる。

瞬間、私を包み込む様に紫煙の斧が溶けていき……重力に従って地面へと向かって落ちていく。


……最近常連のおじちゃんにお茶サービスしたんだ!日頃の行いは良いはず……ッ!

次いで、私は【観察】と【過集中】を意識して発動させながら、徐々に近づいて来る地面へと視線を向け、身体を出来る限り丸くして……一か八かの賭けに出る事にした。


酷く長く感じる時間の中、私よりも先に液体化した紫煙の斧が地面へと触れる。

その瞬間、私は足裏の液体を固体に、それ以外を気体へと変化させ上へと跳ぶ。

強力な重力が身体全体に掛かりつつも、私の身体は少しだけ宙に浮き、


「うぶぅ」


頭から地面へと着地した。

私が行なったのは、スキルの重ね掛け、そしてタイミングの調整だ。

【観察】と【過集中】によるステータスの強化と着地のタイミングの観極め。

【魔煙操作】と【状態変化】による紫煙の斧の足場兼風除け。

【回避】による、最後の跳躍に対する補正。

そして全体的に、日頃の行いが良いと思い込む事で自分の運は良いはずと信じる心。


全てが全て噛み合わねば無事に着地なんて出来なかっただろう。成功率なんてものも考えたくはない。

それでも無茶ではあった為か、顔から着地する事になったのだが。


「解除……からの、早速1本」


一度紫煙駆動を解除した後。

私は減ってしまったHPとSTを回復する為に『薬草の煙草』を1本取り出し、口に咥えながら周囲の確認を行う。


どうやら私が着陸したのは、空中で見えていた草原の何処かであり……周囲には誰かが居るようには見えない。

……いや、見えてないだけかな。【過集中】も発動してるし。

私が用意していないだけで、元よりバトルロイヤルがあるというのは分かっていたのだ。

自身の姿を隠すようなスキル、もしくは装備品を持ってきているプレイヤーが居てもおかしくはない。

そもそも無事着地出来たのがどれほどいるのか……という話にはなるのだが。


「ま、そっちは別段考えなくても良いか」


私と似たように博打をする者もいれば、紫煙駆動のみで安全に着地する者も居るだろう。

特に動物型の紫煙外装ならば、紫煙駆動時に巨大な身体を形成するものも多いと聞いている。

それらに乗ったり、その内部に居れば……大体は問題なく着地する事が出来るはずだ。

一つ、息を吐く。


「よし、私も使おうかな。……こういうのは序盤は戦わないで終盤に漁夫の利狙った方が良いとは思うけど」


仕方ない、と思いつつ。

私はインベントリ内から更に『昇華 - 狼皮の煙草』を取り出し口に咥え――鈴の鳴るような音が、耳元から聴こえた。

瞬間、


「――貰ったァ!」

「ッ」


機械のような声と共に、突如として鎌の刃が私の首元へと迫る。

……へぇ、これが。

だが、それで死ぬようならばまともに『人斬者』と相対はしていないだろう。

瞬間的に周囲の紫煙を首元に集め、【状態変化】によって液体とする事で勢いを削ぎつつ。

私は後ろへと……鎌を持っているであろうプレイヤーの居る方向へと身体の重心を流した。


一瞬の判断が更に一瞬の間を生み。

そしてその一瞬さえあれば、私は生きる為に行動する事が出来る。


「あは」

「ッ!?」


後ろに流した重心に任せるように、片足を蹴り上げる事で迫る鎌を蹴り上げ。

そのままの勢いと、強化されたステータスにモノを言わせその場でゆっくりと縦に一回転する。

背後に居たのは、黒い外套を頭からすっぽりと被った、男か女かも分からないプレイヤーだった。

体勢を立て直そうとしているのか、こちらから距離を取った相手に対し、ゆっくりと振り返りにっこりと笑う。

こういうのは余裕があると思わせるのが重要だと、友人のPvP厨も言っていた記憶がある。


……いやぁ間に合ってよかった『真斬のピアス』!

内心は焦りに焦りまくっているのだが。


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