行った。
一歩分、前へと身体が動いた瞬間。私の目の前に立ち塞がるように、『人斬者』が出現し、
「させるかよォ!」
袈裟斬りにしようとしていた所に、煙で出来た巨大な腕が割り込み『人斬者』の身体自体を拘束する。
私はそれに笑いながら、更に一歩前へと進む。
一瞬、『人斬者』と目が合った気がしたものの……気にせず、前へ前へと進む。
背後から、煙の腕の拘束を突破しこちらへと迫ろうとしてきている気配を感じたものの……追い付かれない。
迎撃ではなく、追撃。瞬間移動のような移動速度はそれに適用されていないのか、何かの条件があるのか。今の私には分からないものの。
私はその場を駆け抜け……そして跳ぶ。
「さぁ、
私の身体は、湖へと跳び込んだ。
水の中へと落ちていく。
静かで、泡以外には音が聞こえてこない世界。
しかし、その時間は長くは続かない。
上下は逆さまになり、水底は水面になり。
私は水面から顔を出した。
そこには、
「もう【二面性】ってよりは表裏とかのが正しい気がするなぁ」
昼間の花畑が広がっていた。
大きな湖は変わらずそこに存在しており、どうやら私は1層と同じように境界を通れたらしい。
……居るねぇ。
花畑の中心、そこには1人の男が立っていた。
壊れていない編笠に、黒い羽織袴。
腰には1本の刀を帯びている。
そして、私の目には……しっかりと男の周囲にHPバーが観えていた。
『ほう、気付いたか』
「……どうも。『人斬者』さんで合ってるかな?」
『左様。そして、儂を前にしたという事はどういう事か……解ろうな?』
湖から上がった私の身体を、目の前の男……『人斬者』の放つ殺気が叩く。
それは向こうで迎撃しかしてこない『人斬者』よりも苛烈で、強烈で、熱烈で。
思わず
目の前の、確実に格上の存在にソロで挑む。情報も無しに、己の身と、一本の武器で挑む。
その『先』に何が待っているのかを知りたくて、つい手を伸ばしてしまう。足を出してしまう。目で見てしまう。
成程、『好奇心は猫をも殺す』。メウラが言った言葉は、今の私にぴったりだ。
過剰な好奇心は身を亡ぼす。だが、だからこそ。
『嗤うか。女が、獣のように嗤うのか』
「あぁうん。そうだね。嗤うよ沢山」
手斧を軽く投擲の形で構えると、それに応じて『人斬者』は刀の柄に手を伸ばした。
ここには静寂しかなく。
だからこそ、私の身体から滴った水の雫の音が大きく響いた。
瞬間、私達は同時に動く。
手斧を投擲すると共に、紫煙駆動によって紫煙の斧を生じさせ。
滑るように私の目の前まで迫ってきた『人斬者』へと叩きつけるように操った。
『ぬ、ぅッ!』
だが、流石にボスだ。
咄嗟に刀を上に振り抜く事で、紫煙の斧を弾いてみせる。……だが、それは悪手でもある。
私にとって、紫煙駆動の紫煙の斧は主武器ではないのだから。
大きく開いた『人斬者』の胴を、呼び戻した手斧で一度、二度と斬りつけ。
上段からの袈裟を、咄嗟に前に向かって跳ぶ事で避ける。
すぐさま体勢を立て直そうとすると、その場で一回転するかのように振られた刀に当たりそうになり……紫煙の斧を当てる事で、その軌道をずらし外させた。
ここまで一息。だが、まだ私も、そして恐らく『人斬者』も本気を出してはいない。
『――ェイッ!』
「ッ!」
『人斬者』が叫ぶ。瞬間、私の身体が動かなくなってしまった。
……猿叫まで使うの!?
元は示現流と呼ばれる、剣術流派の気合を込めた掛け声でしかなく。しかしだからこそ、ゲームで実装されている時にはバフや、相対している敵を怯ませたりする効果が追加されたりもする。
それが、今、相手の
振り上げの一撃を『人斬者』が右下から振るおうとしているのが目に観えて。
だが、だからこそ。私の煙の操作が間に合った。
ガキン、と鉄と煙がぶつかったとは思えない音が辺り一帯に響き渡る。
身体が動くようになった瞬間、再び距離を取り息を吐く。
本気を出す前に、見せる前に死んでいたら恰好が悪いなんてものじゃない。
インベントリ内から『昇華 - 狼皮の煙草』を取り出し、口に咥え火を点す。
その一連の動作に、何故か『人斬者』は何も言わず、手も出さずにじっとただ観察するように待っていた。
『次で、終わろう』
「へぇ?」
眉を顰める。
『勘違いするな。お主を見くびっているのではない。……どちらも必殺を持ち合わせているのだ。長引かせる意味もない、という意味だ』
「……成程ね」
その言葉に、私は思考を巡らせる。
……私が持ってる必殺って言うと、まぁ紫煙の斧の全力投擲しかないよね。
乗せられるスキルを全部乗せるとなると、そうなるだろう。
昇華煙、【過集中】、【背水の陣】で高めたステータスから放たれる【投擲】、【斧の心得】の乗った紫煙の斧の投擲。
軌道の修正や、そもそも投擲する時に【魔煙操作】を絡める事でほぼ必中の攻撃となる。
様々な問題はあるものの……しっかりと当たれば首を刎ねるくらいは出来るはずだ。