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Episode19 - EB1


【どうやらここはセーフティエリアのようだ……本当に?】

【扉の奥から強大な存在の力を感じる……いや、嘘かもしれない】


「よっし、じゃあ基本私が前衛にしようか」

「了解。それならすぐに拠点作って適当に3体分くらい作るか」


2層から降りてきた私達は、小さな和室へと通された。

四方の隅には火の灯った蝋燭が立てられており、薄暗い。

ログ的に本当にセーフティエリアなのかは分からない。だが、いつも通りにこの先にボスがいるかも分からないのも確かだ。

……ちょっと怖いけど……まぁ良いか。


最低限の準備として、ST回復用の『薬草の煙草』、『昇華 - 狼皮の煙草』、『具現 - 薬草の煙草』をそれぞれ口に咥え、火を点ける。

それと共に発生した紫煙は、それぞれを狼の形にして私の周囲を適当に歩かせておいた。

戦闘中、必要になったらガスマスクなり何なりにすればいいだろう。


「じゃ、行こう」


戸を開き、私とメウラは外へと出た。





――――――――――――――――――――


此処は何処だ。


儂は何故此処に居る。――殺せ。

只、息を吸い、人を斬り、そして生きた。生き斬った筈だったのに。――殺せ。

まだ人を斬らねばならぬのか。――殺せ。


嗚呼、声が聞こえる。――生きろ。

断末魔が、泣き叫ぶ声が、親を求める声が。全てを聞いてきた。――生きろ。

また声を聞かねばならぬのか。――生きろ。


己の内のこえが叫ぶ。

己の内の生き様こえが叫ぶ。

この己を縛るせかいを晴らえと。


――――――――――――――――――――



そこは、大きな湖の畔だった。

空には大きな満月が浮かんでいて、明かりはそれしかない。

セーフティエリアから出た私達と、湖の間……少し離れた位置にソレは居た。


片目の部分だけが見えている、壊れた大きな編笠を被り。

ぼろぼろの羽織袴を身に纏い。

刃が欠けた刀を一本、剥身でだらりと手に持っている。

大きさは……凡そ、成人男性と同じ程度だろうか?極度の猫背なのか、正確な大きさは測れない。


【『人斬者リビングデッド』との戦闘が開始されます:参加プレイヤー数2】


「メウラくん」

「分かってる」


相手の動きは無い。

こちらの事を認識はしているようだが、何故か動かない。

だが、だからと言って……私達も動けない。

ピンと張り詰めた糸のような、背筋に刃を立てられているかのような。

そのような感覚が、先程から目の前のボスから放たれ続けているのだ。

……でも動かないと何も始まらない。


恐怖のような感情が、足を竦ませる。

現実では感じる事の出来ない、殺気のようなものを感じて心が委縮してしまう……ような気がして。

私は頬が自然と緩んでいくのを感じていた。

この先に踏み込めば何が起こるのか。あのボスは何をしてきてくれるのか。

私の悪い性格こうきしんが、ここで顔を出す。

視界が白黒へと、切り替わる。


「行くから、任せるよ」


返答を待たず、私は一歩前へと踏み出した。

瞬間、私の目の前には刀を振り上げた『人斬者』の姿があった。

息を呑んでいる暇もなく、それは振り下ろされるだろう。だが、私もそれに反応が出来ないわけでは無い。

近付く動きは観えずとも、振り下ろすまでの動きならば観えるのだから。


左上から振り下ろされる刀を、手斧を呼び出し受け止めた。

ガキン、という音と共に……手斧を持っている右腕と、それを支えた左腕の両方に甘い痺れが伝っていくのを感じた。

昇華の煙の狼を私へと突っ込ませ……一気に全身が人型の狼へと、人狼へと変化させていった。

だが、その途中にも目の前の『人斬者』は動いている。


【注意!昇華煙の濃度が濃すぎる為、アバターに影響が残る可能性があります】

【スキル【浄化】を使う事で影響を薄め、完全に消し去る事が可能です】


『五月蠅イ』


右から左への横一文字の一閃。

流れるように腕を動かす姿に感動すら覚えそうになるが、それは後でにしておいて。

私は脇腹を守るように、手斧を盾のようにしてそれを防ぐ。

再度、鉄と鉄がぶつかる音が鳴り響く。

……おっもいなぁ!本当に!

力を入れ過ぎて、きちんと防いだはずなのに歯を食いしばった口から血が流れるのを感じる。


だが、これで終わらない。

しっかりと『観』ていないと気が付かないのではないか?と思ってしまう程に、自然に下へと降ろされた刀が今度は右上へと向かって振り上げられる。

これ以上は受けられない。たった二度の攻撃を受けただけで、私の両腕は痺れに囚われてしまっているのだから。

しかしながら、避けられる距離感でもない。既に振り上げの動作自体は始まってしまっているのだから。

酷くゆっくりした認識時間の中で、私は一息吐いて。


『助カル』

「任せろ」


再度、三度目となる鉄の激突音と共に。

私と『人斬者』の間には1体の道化師が居た。

見間違う事はない。

色こそ違うものの、【四道化の地下室】に居た狩道化そのもの。そして……それがここで私の盾になるように割って入ってきたという事は。

メウラの動きがこちらへと追いついた、という事だ。


『人斬者』は三度の斬撃を終えた後、こちらへと攻撃しようとはせず、最初に居た位置まで一瞬で戻っていく。

移動中の姿は昇華によって強化された今でも観えないが……それでも、ひとまず抑えられただけでも十分だろう。

これまで【二面性の山屋敷】で出てきた敵と比べると、レベルが段違いに上がっているが。


「1つ聞く。その姿の持続時間は?」

『一応、10分程度。デモ……』

「でも?」

『長イ事使ウト、影響ガ残ルカモ』


私の言葉に、後方のメウラは嘆息する。

短さにではなく、恐らく影響が残るかもしれないという点に。

……でも、私だってどんな影響が出るかは分かってないんだよねぇコレ。

恐らくはその時使った昇華の効果が一部残ってしまうとか、そういうものなのだろうが……まぁ、別に今は良い。幸いにして、対処法自体は分かっているのだから。

目の前のボスを倒して、その時影響が残っていたら……その時考えればいい事だ。


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