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Episode9 - B3


視界が再び白黒に変わっていくのを感じながら。

私は腕と足に昇華の煙を纏わせた後、『四重者』へと手斧を投げた。

もう探す必要はないのだ。索敵特化の昇華よりも、膂力が強化された方が良いだろう。

そんな事を投げられたそれは、個人的には軽く、しかしながら空気が破裂する音を鳴らしながら『四重者』へと命中して――、


「あー、やっぱりそういうのあるよね」


――いない。

狙い自体は問題ない。きちんと『四重者』の胴体、その真ん中へと手斧は飛んでいった。

しかしながら、当たる手前で勢いが急速に落ちていき……最終的には『四重者』の足元へと自由落下してしまったのだ。

煙の斧も、流石に勢いが殺されてしまっては追従もクソもない。

……確かめないとダメだな。


『おや、ゲストから動かれるとか。主催の名が廃ってしまいますネぇ!』

「いいじゃん、動かなくても!」


手斧を呼び戻しつつ、私は地を蹴って『四重者』へと近づいて。

何かを懐から取り出そうとしている腕に向かって、手斧を叩きつける。

だがしかし、何処か浅い。


距離感を間違えた?

否、強化されている嗅覚が目の前にいると断じている。

『信奉者』のようなオーラ持ち?

否、そのようなものは見えていない。

単純に硬いだけ?

否、それにしては手斧から感じた感触に硬いものはなかった。


では、何が原因か。

その答えはすぐに判明した。それは、


「身代わりか……ッ」

正解ザッツライト♪』


周囲の観客席。

そこに居る道化師達が、不自然に光となって消えていっているのだ。

それも上半身が木端微塵になったり、袈裟斬りのような大きな傷を突然発生させつつ、だ。

だが種は割れた。観客席にいる道化師達の分の命のストックがあるというのならば、それを分かった上で攻撃し続ければいいだけの話。

幸いにして、私の攻撃1回で数体の道化師が破裂しているのが確認できている。それならば、大技などをしっかりと当てれば……そのストックは一気に減る事だろう。


『でも、種が割れてもピエロは面白いものなのですよ、ゲスト』


一度、距離を取ろうとした私に対し、『四重者』は懐から取り出していた何か……液体が入ったフラスコを投げつける。

嫌な予感しかしないそれを、私に届く前に手斧を投擲する事で割る事で安全を確保しようとした。

その瞬間、


『イッツ、ショウターイム!』

「はぁ!?」


割れたフラスコの中の液体が次々に壁道化へと変わり、こちらへと襲い掛かってくる。

……ダメージ押し付けにモブ召喚能力って盛りすぎでしょ流石に!

出現した壁道化達は、こちらへと向かって壁を盾のようにしながら突っ込んでくるものの。

それくらいならば軽く手斧を振るうだけで、煙の斧によって薙ぎ払われる。

問題はそこではない。

敵性モブを召喚出来る能力を持っている、という事はだ。


「……時間を掛ければ身代わりが増えるって事じゃん」


フラスコの対処法は分からない。だが、十中八九破壊してはいけないのだろう。

考えが合っているか、予想が的中しているかなんて今はどうでもいい。

【四道化の地下室】ここを攻略した後か、それともこの後死ぬような事があったらその後に確認してやれば良いだけの事。

ならば、今私がすべき事は、


「前に進むだけ、ってね!」


足に力を込め、力強く駆ける。

軍を征するのは、いつだって一騎当千の英雄なのだから。

ならば、今だけはそれのような気持ちで目の前の道化師へと手斧を振るうまで。


一息。


トランプのようなものを『四重者』が投げつけてくる。頬が切れた。ならば、次はしっかりと避けよう。

一撃、胴体へと手斧を振るう。煙の斧が追従するのを感じつつ、私はそのまま動きを重ねていく。

紫煙駆動を停止したり起動したりを繰り返す事で、ピンポイントに、一瞬だけ煙の斧を出現させつつ、私は距離を離されないように『四重者』へと手斧を振るい続ける。


『四重者』がステッキを使い、こちらの頭を叩こうとしてきた。――人狼の腕と化した左腕で防ぐ。嫌な音がした。

一歩、更に深く懐へと踏み込み……息のかかる距離に『四重者』の顔が見えた。――何やら少しだけ焦っているように目を張っている。

大きくその場で回転しようとしたのに合わせ、足払いをかける。――『四重者』はバランスを崩して倒れていく。

すぐさま前蹴りを入れる事で完全に仰向けにして、その身体へと跨った。――『四重者』はその懐から大量のフラスコを宙へと投げた。


「もうダメだよ、これ以上は長すぎる。幕引きだ」


そのフラスコが落ちる前に、『四重者』の顔に向かって手斧を何度も振り下ろす。

当然、何個かが地面に落ち、壁道化を始めとした道化師達がこちらへと襲い掛かってこようとした……ものの。

私に触れる直前で頭を破裂させ、光となって消えていく。

いつの間にか歓声は無くなり……その場には水っぽいものを叩く音と、微かな呻き声だけが響いていた。


【『四重者』を討伐しました】

【MVP選定……選定完了】

【MVPプレイヤー:レラ】

【討伐報酬がインベントリへと贈られます】

【【四道化の地下室】の新たな難度が解放されました】

【【世界屈折空間】に変化が起きました】


「……」


『四重者』が光となって消えていくのを見て、動きを止め。

周囲の色が戻ってくるように深呼吸しつつも、その場で座り込む。


「つっかれたぁー……」


正直な話をすれば、『四重者』自体は『信奉者』よりも弱いだろう。

しかしながら、一対一になるまでが長かった。

ギミックを理解して、きちんと索敵した上で倒さねばならない道化師達。

そして倒した後に出てくる『四重者』。

【過集中】を要所要所で発動させねば最後まで保たなかっただろうと想像できる程度には長いボス戦だったと言えるだろう。

……これよりも長くなるが今後ありそうなのも怖いよねぇ。


「あー……メウラくん、まだ素材の追加って許してくれるかなぁ……」


『薬草の煙草』をインベントリ内から取り出し、浅く吸う。

ミントのような、薬のような。そんな香りが口から肺に掛けて充満していき……身体が満たされていくのを感じる。

次は、もう少しだけ楽なボス戦だと良いなと。

そんな事を考えつつ、白い煙を宙に逃がした。


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