目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
Episode8 - B2


「よし……探すか」


再度、昇華の煙を手に集め……頭ごとその中へと突っ込む。

すると、一気に私の顔は人の面影を失い――まるで童話赤ずきんの祖母に化けていた狼のように、人型の狼へと移り変わっていく。


【注意!昇華煙の濃度が濃すぎる為、アバターに影響が残る可能性があります】

【スキル【浄化】を使う事で影響を薄め、完全に消し去る事が可能です】

【オンラインヘルプを――】


『あは』


何やらログが流れたものの。

私の方はそれを読んでいる暇も、気分でもなかった。

何せ、先程までとは全てが変わって見えるのだ。


壁道化が少しでも身を動かせば、それに伴って発生した衣擦れの音は全て聞こえ。

背後から近づこうとしている壁道化達は、その一挙手一投足、立ち位置すらも臭いによって補完できている。


今の私に出来る、最大限の強化。

ただ煙を吸うだけじゃ到達できない、煙を扱う者としての最大強化だ。

だが、まだ一部。頭部までしかこれを出来ないのを残念に思う。

何せ、頭部だけで相手の動きをほぼ完璧に把握できるようになったのだ。

これが全身になったら。そう思うだけで、先に、ダンジョンの最奥へと進むのが楽しみになっていく。


『――見つけた』


だが、楽しみにしているだけでは足は動かない。

強化された嗅覚、そして聴覚を用いて、壁道化の中から目的の個体を探し出す。

それは、他と違って足音が重く、血液の臭いが濃く……何より、人狼へと部分的に変化した私から逃げようと背を向けていた。


急激に視界が白黒へと切り替わっていく。

世界にソレと私だけになった感覚に陥りながら、私は力いっぱい地を蹴り……その背中へと追いついて。

気持ち的には満面の笑みで手斧を叩きつけた。

一回、二回、三回と繰り返すと、追従している煙の斧も相まって肉の塊へと変わってしまったものの……何やら、周囲の臭いが消えていくのを感じる。

意識して【過集中】を解いていくと、声が聞こえた。


――――――――――――――――――――


――っと、最初のハンリーは死んでしまったようだ!

残念残念!でも次のハンリーは上手くやってくれるさ!

なんせ次のハンリーは逃げるのが得意なハンリーだからね!

そう簡単には見つからないさ!


――――――――――――――――――――


……へぇ、逃げるのが得意、ねぇ。

STが急速に減っていくのを視界の隅で確認しつつ、色が戻っていく視界を周囲に向けた。

黒い何かが無数に立ち上がり、それらはある形を象っていく。

ここまでくれば、予想は出来ていた。


『影道化、来たねぇ』


一度負け、一度遠距離から倒し、そしてその後は会敵しないよう立ち回っていた相手。

影道化が、無数に姿を現して……瞬間的に増えていく。

その姿を見つつ、私はインベントリ内から5本の『薬草の煙草』を取り出し、一気に火を点け煙を吸った。

……犬科の口は人より多く煙草を咥えられて良いねぇ。

STと、壁道化からちまちまダメージを喰らい減っていたHPが回復していくのを確認しつつ、私は嗤う。


『さぁ、あの時のリベンジマッチと行こうかァ!』


言葉は熱めに、しかし頭は冷静に。

既に嗅覚を使って濃い血液の臭いを纏っている影道化を探し始めつつ、私は手斧を振るう。

ストレス発散には丁度良いな、とかそんな場違いな事を考えながら、煙を纏う。




「ふぅー……っと、いっけない。昇華切れてるじゃん」


数分後。核となった影道化から手斧を回収しつつも私は『昇華 - 狼皮の煙草』を1本吸った。

幾ら逃げるのが得意と言っても、強化された状態の私の索敵能力と、複数のスキルによって補助されている投擲技術があれば狙い撃つのは難しくない。


……逃げるのが、ってよりは分身が得意って言われた方が納得だけどね。

何十体も倒した結果、あやふやにしたままだった影道化の能力もある程度理解出来た。

恐らく、数に上限があるタイプの分身能力だったのだろう。あからさまに複数体を手斧で薙ぎ払った時の感触が分身と本体では違う。

その違いというのも、昇華煙によってステータスが強化されているからこそ感じ取れた薄弱に近いもの。

私の勘違いではない事を祈るとしよう。


――――――――――――――――――――


おいおい2人目のハンリーもやられてしまったのかい?

しょうがないな、次のハンリー!出番だ!

彼は僕達の中で凶暴だから、頑張ってネ?


――――――――――――――――――――


『良いよ、もうそういうの』


分かっていた事ではあるが、周囲から赤い何かが出現し始め……狩道化の形となって、こちらへと襲い掛かってくる。

だが、もう面倒臭い。流石に似たような事を3回も繰り返させられると、楽しみよりも飽きが先に来てしまう。

だからこそ、私は瞬間的に狙いをつけ……手斧を投げた。


『!?』

『はい、終わりっと』


飛んでった先に居た狩道化。

その頭部へと手斧は命中し……その後、追従して飛んできた煙の斧がその身体をバラバラに粉砕する。

それと共に、ナイフを握りしめこちらへと襲い掛かってきていた狩道化達が全て消えてしまった。


――――――――――――――――――――


あ、あれ?おかしいな。

3人目のハンリーがこんなにすぐやられちゃうなんて……

仕方ない!僕が相手をしてあげよう!

さぁ、嗤って笑って!

これが最期なんだから!


――――――――――――――――――――


四度目のアナウンス。

それと共に、周囲の雰囲気が一気に変わる。


今まで何も居なかった観客席に、これまで倒してきた道化師達が出現し歓声を挙げ。

私の視界がサーカスの中央へと固定され、動かせなくなる。

STの持続減少自体も止まっているため、演出のようなものなのだろう。


『――レディースアーンドジェントルメーンンン!わたくし『四重者』のショーは如何だったでしょうか!?……さて、最期の演目と相成りました!一瞬たりとも目を離さないでくださいネェ!?』


最初に見た丸いピエロが、青い炎と共に出現し……今まで視界の上に表示されていたHPバーが彼の周囲へと移動する。

ここからが本番であり、ここが最後の正念場という所だろう。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?