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Episode1 - Prologue


■レラ


金槌が自身の身体のすぐ横を薙ぐ。

空気が破裂するような音が聞こえているが、気にしない。どうせ命中しなければノーダメージなのだから。

ゆっくりと、されど離されないように。

私はまるで歩く様に神父の……『信奉者』の懐へと入り込み、金槌を持った腕へと手斧を下から振り上げる。


【過集中】の効果が発動している為か、私の視界は白と黒しか映らない。

唯一色があるのは私と、その手に持つ手斧だけ。流れているであろうBGMすらも聴こえない。


「ッ」


短く息を吐き、軽く一歩分だけ後方に下がりながら肩口から脇腹に掛けて手斧を振るう。

まだ、『信奉者』のHPは半分ほど残っているのが見えた。

もう少しだけ私に付き合ってもらおう。



――――――――――



時は遡り。

【峡谷の追跡者】を攻略してから数日経ったある日。

私はメウラに全身の装備を点検してもらいながら、喫茶店で適当に茶をしばいていた。


「そういえば、お前はどうするんだ?」

「……?主語をちゃんと付けてほしいかな?」

「あー……すまん。ほら、昨日イベント予告が出ただろ?出るのかと思ってな」

「……イベント……?」


聞き覚えの無い単語。

無論、意味は知ってはいる。知ってはいるが、Smoker'sこの Gardenゲームの話となるとまた別だ。

サービス開始してからまだあまり時間も経っておらず、過去に行われたイベントもゲーム内イベントというよりはサービス開始キャンペーンなるゲーム外イベント。

それに関しても、私は仕事場の店長から教えてもらった為に通過してきていないのだから……実質何も知らないというのが正確な所だ。


「知らねぇのか?えーっと、ほれ、これだコレ」

「ありがとう。何々?……『第一回大型イベント開催のお知らせ』……」


説明するよりは実物を見せた方が早いと考えたのだろう。

メウラはゲーム内ブラウザを使い、公式サイトを開いてこちらへと見せてくる。

そこに書かれていたのは、私が声に出した通り。大型イベントの開催予告だった。


「なんか色々書いてあるねぇコレ」

「おう。ストーリー考察とかも込み込みだぞ」

「あー確かにね。なんか別都市とか書いてあるもんなぁ」


イベントの期間のみ開かれる、限定ダンジョンの実装。

そしてその限定ダンジョンが存在する、イベント限定の別紫煙駆動都市へのアクセス。

ついでのように開かれる、イベント期間最後の2日間を使ったPvPイベント。


「PvPは参加希望者のみか……うん、出ようかな」

「ほう、じゃあ楽しませてもらうか」

「良いよ良いよ。どうせだから賭けとかあったら私の分まで賭けといてよ。あとで山分けで」

「はは、言うじゃねぇか」


現状、私がどれくらいの位置にいるのかは分からないが……一応、ボスをソロ討伐出来ているのだ。

PvPの試合に出ても良い線くらいは行くだろう。多分。


イベントの詳細をスクロールしながら読んでいくと、下の方に別のニュースへと繋がるリンクを発見した。

そこに書かれていたのは、


「『次回大型アップデートの告知』……おいおいメウラくん、こっちの方が重要じゃないかい?」

「……俺も気が付いてなかったな。ニュース一覧にも出てねぇじゃねぇかコレ」

「運営側のミスかなぁ。一応送っとこう」


自分のゲーム内ブラウザを開き、運営直通の要望メールを出した後に。

私とメウラはその内容へと目を向ける。

基本的には現在発生している不具合への対応と、一部紫煙外装における紫煙駆動時の能力に制限を加える、というもの。


掲示板ではたまに、『犬型の紫煙外装が滅茶苦茶巨大な煙の化け物に変化する』とか『煙によって装備者の分身を複数作り出す首輪型の紫煙外装』なんてものが話題に挙がっている。

それが運営が想定している強さならば良いものの、たまにそれから外れているものや、スキルなどの兼ね合いによって変に強化されてしまっている場合もあるのだろう。

当然、私の手斧もスキルとの兼ね合いによってより強力になっている一例だ。

必ず手元に戻ってくる手斧を狙った場所に正確に投擲出来たら強いに決まっている。

何処かの鬼ごっこゲームのキラーが泣いて欲しがる能力だろう。


「うわ、こっちの方が重要じゃん。『スキルの削除とそれに伴うシステム周りの改善』だって」

「要望多かったらしいな。要らないスキルを削除したいっていうの」


要らないスキルを削除し、『スキルの欠片』という素材に変える事が出来るマイスペース用施設とそれの強化版をエデンの管理区に設置する、というもの。

マイスペース用で機能自体は事足りるものの、強化版の方は周りからどういう操作をしているか見られてしまう分、得られる『スキルの欠片』が増加するらしい。

しかしながら、


「これ管理区の方使わないよねぇ」

「使わないだろうな。生産職やらエンジョイ勢なら兎も角、PvPに軽くでも触ろうと思ってるタイプのプレイヤーは絶対マイスペース内で完結させるだろ」

「だよねぇ」


私達は絶対に使わないだろう。

どう操作しているか分かる、という事は一部ではあるがどういうスキル構成をしているか見られるという事。

現状はさっぱりだが、イベントでも、そしてこれからもPvPに触れる可能性が高い以上……周りに多くの情報を与えるような軽率な真似は避けた方が良い。

無論、必要な時には晒せるだけ晒すのだが。


「うし、点検終わったぞ」

「お、ありがとう。じゃあ……行くかな」

「今日も行くのか?……こっちとしてはありがてぇけどよ」

「そら行くよ。目指すは――」


私はメウラに預けていた装備を全て装着すると、席を立つ。

今現在、私がゲーム内で行っている事は単純だ。

それは、


「――全身『信奉者』装備。ボス装備ってのは、やっぱり強力だからね」


ボスマラソンだった。



――――――――――



そして時間は再び冒頭に戻る。

といっても、ここからはほぼ時間は掛からない。

紫のオーラの護りもなく、【過集中】の効果によって全ステータスが上昇している私の連撃に『信奉者』は反応出来ないのだから。


一歩踏み出す。――我武者羅に振るわれた金鎚に手斧を軽く沿わせるように当て、軌道を逸らす。

二歩踏み出す。――向けられた銃口に、引き金が引かれるよりも早く手斧を投擲して手から弾く。

三歩踏み出す。――狼狽したような表情の『信奉者』が目の前に来る。


「これでおしまいっと」


【『信奉者』を討伐しました】

【討伐報酬がインベントリへと贈られます】


「うーん、後どれくらい必要かな、素材。……まぁ後5回くらいやっとけばいいか」


今日も紫煙で身体が回る。


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