「あぁもう面倒臭い!いいよ相手にするよもう!」
更に数分。走り続けた上で、諦めない影の馬に対して痺れを切らしたのは私だった。
というのも、このまま昇華煙によってSTを消費しながら走っていても仕方がないという考えもあるのだ。
それに、この影の馬は何かしらのギミック持ちである事は確定的でもある。
「行くよ」
狼の性質を得ている為か、影の馬の動きが分かりやすい。
影であるからか、半透明ではあるが【観察】によって筋肉の動きを確認し。
影の馬から発せられる音、そして匂いを――、
「――あれ?」
ここで、私は匂いに違和感を感じた。
だがそんな私を見て影の馬は止まってくれない。
轢く為かそれとも体当たりか、そのままこちらへと突っ込んできた為に、無理やりにその場で跳躍する事で回避する。
……今の違和感、っていうか。あの馬、匂いがあんまりしない?
以前戦った時はあんまり気にならなかった、というよりも。
【投擲】を駆使する遠距離から一方的に攻撃したからか、匂いを感じ取れるほど近くに居なかった、というのが正しいのだろうか。
それにしたって、匂いが薄い……というか。
匂いの
「馬ってよりは、馬の足元……」
感じる匂いを頼りに、【観察】を意識的に使いながらこちらへと向き直る影の馬の足元を注視する。
すると、だ。
『――ッ!?』
「へぇ、成程。君そういう感じか」
正しく、そこに
黒く、それでいて紫のオーラを纏う動物らしきもの。――鼠だ。
決定的だったのは、それを私が見つけた瞬間にそれの頭上にHPバーが出現した事だろう。
私がその存在に気が付いたからか、それとも元よりそういう能力なのか。
鼠は自身の上に出現させていた影の馬の姿を変えていく。
頭部はそのまま馬に。しかしながら胴体部分には人の身体が付き、何やら手には鉈のようなものを持っている2メートル近い影の化け物へと変貌させた。
鼠はといえば、その化け物の心臓部分へと収まっており……何やらこちらを見て笑っているような雰囲気さえある。
しかし、
「……そっちの方が、私的にはありがたいんだけど?」
『ヂュッ?』
弱点が分かりやすい位置に存在しているならば、狙うだけだ。
瞬間的に紫煙駆動を発動させ、昇華煙のステータス強化を全力で乗せた上で。
上段から手斧を投げる。
当然、狙いは心臓部の鼠であり……影の化け物が慌てて動き出そうとした瞬間に、煙の斧と共に命中した。
【メノレンを討伐しました】
【ドロップ:影の欠片×1】
【スキルの熟練度上限が解放されました:【投擲】】
【スキル:【投擲】の新たな能力が解放されました】
「弱点が分かりやすいんだったら、そりゃ狙うよ。狙う為のスキルは持ってるしね」
やけにあっさりした終わりではあるが、道中の1体。中ボスでもないのだ。こんなものなのだろう。
そんな後味の話よりも、使い続けてきた【投擲】に何か新しい能力が追加された方が重要だ。
「えーっと、どれどれ……?」
――――――――――
【投擲】
種別:戦闘
熟練度:101/200
効果:投擲の
投擲時与ダメージ
――――――――――
「補助線投影……あぁ成程。そういう感じね」
一瞬言葉の意味が理解出来なかった為、手斧を使って試してみると。
投擲した時にどういう軌道を描いて飛んでいくのかという線が私の視界上に表示されていた。
込める力によって放物線状から直線に近くなっていく。
但し、これは自身の身体で投げるものにしか適用されないようで……紫煙駆動によって生じた煙の斧の方には何も表示されていない。
……まぁ、変に沢山表示されちゃったら……今後困るだろうし、良いかな。
そして地味に嬉しいのは、精度の上昇だ。
幾ら【斧の心得】のおかげで前以上に命中するようになったと言っても、それは
あくまで【斧の心得】は命中補助の役割を担っているだけで、今回強化された『狙った所に当てる能力』には関わってこないのだから。
「いやぁ、これでもしかしたら本当に【狙撃】とかラーニング出来ちゃうかもしれないな。楽しくなりそうだ」
薄暗い峡谷の中、私は鼻歌を歌いながら歩いていく。
湿気の所為で髪が張り付くような感覚を忘れる為に、少しでも前へ進みここから出る為に。