--紫煙駆動都市エデン・娯楽区
「――と、言うわけでね」
「……おいおい、それが呼び出した理由か?」
「うん。君なら何か知ってるかなぁって。生産系なら他プレイヤーとの繋がりくらいはあるだろう?」
娯楽区の一角。
大通りからは少し離れた、静かな路地に店を構える喫茶店の中で、私はメウラを呼び出し話を聞いていた。
私以上に情報を持っていて、尚且つ必要とあれば他の知り合いに掛け合える相手など彼以外には居ないだろう。というか、私の知り合いが彼以外いないと言うのもある。
「フィルターやら魔煙術やらは分からんが……確かに、魔結晶は知ってるな」
「じゃあそれの類似品も?」
「勿論知ってる。これだろう?」
そう言って彼が虚空から出現させたのは、緑色をした小さな結晶だった。
確かにこれは類似品としか言いようがないだろう。違うのは色くらいだ。
「『縁結晶』。みどりって書いて
「うんうん、それだね多分。何処にあったの?」
「そうだなぁ……普通ならタダで教えねぇが……まぁ情報量的にはかなり貰ってるか。これは【四道化の地下室】で手に入ったもんだよ」
【四道化の地下室】。
緑の門から行けるダンジョンがその名前だったはずだ。
「……門の名前と同じ色、かぁ」
「あぁ。これ手に入れた時は同じようなもんが他でも出るのかと思ってたんだけどな」
「そうじゃないみたいだねぇ」
私がこれまで探索したダンジョンは2つ。
【墓荒らしの愛した都市】は家具系の敵性モブが現れ、それに準拠したドロップ品が。
【峡谷の追跡者】は動物系の敵性モブが現れ、何故か魔結晶を低確率で落としてくれた。
「んー、メウラくんは【霧燃ゆる夜塔】を探索した事は?」
「ねぇな。俺の生産スキル的に、使うのは動物系だし、【四道化】も1回行ったきりだ」
「成る程ねぇ」
現時点で予想出来るのは3つ。
1つは、【霧燃ゆる夜塔】には【墓荒らしの愛した都市】のように、結晶を落とす敵性モブは居ないかもしれない、ということ。
もう1つは、【墓荒らし】だけが結晶が落ちないダンジョンの可能性。
そして最後が、私のドロップ運が壊滅的だった可能性だ。
出来れば最後の予想だけは外れて欲しいが、まぁそれはそれとして、次の探索予定地が決定した。
「行くかぁ、【四道化】」
「何が出るかってのは要るか?」
「んーん、要らない。初見の楽しみは大事だからね」
「了解。じゃあ楽しんでくれ。すまねぇが防具はもうちょい待ってくれ。多分明日にゃ出来るからよ」
その後、細かい情報交換やサンプルとして『具現 - 狼皮の煙草』を渡した後解散した。
魔煙術について知っておくことで、彼の生産技術などに少しでも影響を与えることが出来たら幸いだ。
--【四道化の地下室】1層
【ダンジョンへと侵入しました:プレイヤー数1】
【PvEモードが起動中です】
【どうやらここはセーフティエリアのようだ……】
「よし……行きますか」
少しの準備、というか。
『具現 - 薬草の煙草』を出来る限り製作した後、私は早速ダンジョンへと潜っていた。
昇華煙について早く詳細が知りたいというのもあるし、具現煙の利便性も実地で確かめておきたかったというのもある。
「あー、1番それっぽいのが来たねぇ」
石造の薄暗いセーフティエリアから出てみると。
そこには凡そ迷宮といったらこう!と言わんばかりの光景が目の前に広がっていた。
石レンガによって作られた床や壁。
薄暗い中に淡い光を放つ松明。
【墓荒らし】に居たランタンのように、敵性モブではなく、単純に明かりとして存在しているそれは、通路の奥までは照らしてくれない。
「まるで一昔前のローグライクみたいだ」
いつ、何が出てきても良いように『硝子の煙草』を吸って防御力を上げながら、私は恐る恐る先へと進み始めた。
私の歩く、カツンカツンという音だけが響いていくのは、少しばかり恐怖を感じさせる。
「……?」
そんな風に、時折十字路などで曲がりつつも進んでいくと。
私はある違和感を覚えた。
変にゲーム感が強いのだ。
ゲーム内でゲーム感が強いと何を言っているのかと思われるかもしれないが、そうじゃない。
VRMMOだというのに、ひと昔前のレトロゲーム感が強い、とでも言えばいいだろうか。
よくよく見てみれば、松明の炎は一定の動きを繰り返しているように見える。
光の表現の仕方も、何故かドット調。
気を付けて見なければ分からない程度の違和感。しかし私には今、
……これ、
敵性モブの攻撃か、それともこのダンジョンの仕様か。
それによって対応が変わるのは間違いない。