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第8話

 リオとユウキ達は評議会に向かうために、特警庁から、評議会会館に行く途中の道で合流した。

 リオは、会館に行ったとしても、議員がいるのか疑問だった。

 評議会会館は、あくまで会議用の建物なのだ。

 彼女が心配しているのを気にもせず、マユミを乗せたユウキのポルシェは、車道を走って行く。

 イマジロイドの新機種達で構成される評議会は、彼等を代表する議員達でなりたっている。

 到着したのは、夕方になってからだった。

「話は通してある。議員達はそろっているはずだ」

 ユウキは心配気なリオに説明した。

 さらにはリオはわざわざ議員達を呼び出さずに、何人かに尋ねて回れば良いと思っていたので、今回の会館まで出向く行為に疑問を持っていた。

「面倒だなぁ」

 はっきりと考えを口に出す代わりに、彼女はぼやいてみせる。

 ユウキには何か考えがあるようで、彼女の言葉を無視して、白亜でドーム状の屋根をした建物に入っていった。

 まず彼は、議員に充てられている個室の中で、議長室に向かって、ドアをノックした。

 猫の鳴き声が返事のように聞こえてきただけで、中からの反応は無かった。

「……おいおい、どこ行ってるんだよ」

 ユウキはつぶやいて無意識にドアを開けようと力をいれた。

 鍵はかかっていなかった。

 すんなりと目の前に雑多な物で詰め尽くされている議長室の中が見える。

 そこには、黒い猫が一匹、机の上の座布団に座っているだけで、イマジロイドの姿はなかった。

 戸口で立ったままの二人をそのままに、マユミは猫に向かって一直線に進んでいった。

 黒猫の顔を両手で乱暴に撫でてやる。

「偉い子だねぇ。ああ、猫缶かなにか持ってきてあげればよかったなぁ」

「うっせー、猫扱いするな!」

 黒猫は、いきなり人の言葉を喋った。

 一堂が驚くなか、軽く耳の後ろを掻いて、細い大きな瞳孔で睨みつける。

「いや、猫だけど、私は猫じゃない」

「……猫だろう?」

「違う!」

「どこが?」

「とにかく、違うんだ!」

 ユウキと猫のやりとりを鬱陶しそうに見ていたリオが口を開く。

「で、猫じゃなかったらなんなの?」

「私はフジイ・ナオキ。評議会の議長だ」

「……嘘こけよ」        

「本当だー!!」

 猫は、空中を前足で掻き毟った。

「私はただ、猫のイマジロイドに宿っただけだ!! いい加減、信じろ馬鹿者共!!」

「はぁ……」

 ユウキはリオと顔を見合わせて、力ない返事をした。

 マユミは、黒猫をなだめるように撫でている。

「とりあえず、会場行くか」

 ユウキは二人に提案し、先に進んだ。

「あ、待って、にぃやん、ねぇやん」

 そのあとを、フジイと名乗った黒猫を抱いたマユミが慌てて追う。

 長い絨毯敷きの廊下を行くと、扉のついていない議場への入り口があった。

 三人が入って行くと、四階席まである議員達に、四方から視線を受けた。

 総勢、百人の議員が集まっていた。

 彼等は、喋っていた口を止めず、お互い何か喋りあっている。

 当然、全員が普通に人間の姿をとった、イマジロイドである。

 外見からは新機種かどうかなどわからないが。

 やがてゆっくりと会場は静かになって行き、黒猫がマユミの手を振りほどき、席の一つに走って行った。

 そこは確かに議長席だ。

 机の上に座る黒猫に、不信がる議員はいない。

「ではこれより、特別会議を開催する」

 フジイと名乗った猫が宣言すると、会場は一気に私語一つなくなった。

「……誰か、疑問持とうよなぁ」

 リオがつぶやく。

「では、ユウキ。ここへ来た理由を述べてくれ」

 フジイは威厳の込もった声で、名指しした。

 一斉にユウキに議員達の視線が集まる。

「はい。忙しい中、皆様に集まって頂き、ありがとうございます。さて、今回私が皆様にご報告することに、偽りは無いことを先に明言させて頂こうと思います」

 ユウキはいつも通り超然として動じること無く、堂々と喋りだした。

「皆様に申し上げる。どうか、クロトへの援助をやめ、議会も解散させて頂きたい」

 解散という言葉に、議場は騒然とした。

「静粛に。ユウキ、何故そう思ったのだ?」

 フジイが皆を鎮めてから、代表して質問した。

「はい。私が派遣された時の話に遡るのですが、東京の政府は臧目自治区を吸収、消滅させるつもりです」

 どよめきが起る。

「ほほう、どのようにして?」

「名目は簡単、新機種の反乱です。オウミ・オキタを理由として、日本国内での内戦の導火線に火を点けかねない事態を警戒しているのです」

 イマジロイドは臧目市だけにいるわけでは無い。

 普通に、日本国内に人間とともに生活している。

 臧目市はその中心地として特別区になっているだけだった。

「オウミ・オキタの反乱には、我々も苦悩している。決して、評議会と関係のあるものではない」

 ユウキはかすかに口元をつり上げた。

 言質を一つとったのだ。

「ならば、今度何が起こるか想像できますか?

 あなた方はクロトに援助を与えている。彼は臧目最大のギャング組織であるリラーラヴィル・ギグを動かそうとしている。彼等が第二のオウミ・オキタになる可能性もあるのです。東京の人間は、臧目市に不穏な気配があれば、すぐにでも、特区という資格をここ臧目から取り払うでしょう。何卒、熟考願います」

 リオは呆然とした。だんだんと怒りが湧いてくる。ユウキが言ったことは、初耳だった。それも黙ってはいられない内容だ。

 だが、この場で噛みつくほどに、冷静さを失ってはいない。彼女は、早く議会の外にユウキを引っ張り出して、詳しく問いただしたかった。殴りながら。

「人間として、特警に派遣されてきた君がいうならば、それは事実だろう。我らが議員達よ、ユウキの話を是とするか、否とするか?」

 黒猫が朗々とした声で、会場中の新機種であるイマジロイド達に尋ねる。

 会議室がが一斉にざわついた。

 彼等は彼等で、ユウキの言ったことを知っている者、うっすら直感していた者など、予備知識として持たない者はいなかった。

「……ならば、君は人間でありながら、人間を裏切るというわけかね?」

 議員の一人が声を上げた。

 ユウキは、そちらに向く。

「私はただ、職務に忠実なだけです」

「これはまた、人徳者だな」

 議員は皮肉ったが、ユウキは取り合わなかった。

「では、皆の判断をうかがおう。ユウキの言うとおり、これ以上、オウミ・オキタ一派との関わりを絶つべきだと言う者は起立を、反対のものは着席したままで」

 フジイが要求すると、途端に圧倒多数の議員達が立ち上がった。

 ユウキは嗤いを堪えている。

 リオが彼を怪訝そうに見つめた。

「結果は明らかだ。では、我々は今後、一切彼等との連絡を絶ち、人間からの侵略から臧目市を守ろうと思う。これにて、今回の会議は閉廷する」

 余りにあっさりと決まってしまった。

 ユウキは満足そうだったが、リオには不満や疑問が残ったままだ。

 議員達が会場を後にする中、黒猫のフジイと三人は残り、とうとう彼等だけになる。

「さっきの話はどういうことだ?」

 早速、リオがユウキに鋭い目を向けてきた。

「なに、東京の事情を話したまでだ」

「今まであたしは知らなかったぞ?」

「別に言わなくても良かっただろう。変に勘ぐられてたら、おまえがどう暴走するかわかったものじゃない」

「うるせぇな、そんなに信用ねぇのかよ!?」

「……これは、俺の仕事だ。おまえが手を貸すかどうかまで考えていない。気にいらないなら、好きにすればいい」

 ユウキは正面からリオを見つめ、冷たい口調で言う。    

 リオは睨み返した。

 彼女が口を開く前に、ユウキは続けた。

「また監視するか? それとも過去を探って逮捕するなり失脚させるなりするか?」

 リオは思わず絶句した。

 全てバレている。

 ならば、カリルは……?

「ユウキ、一つ訊きたい。カリルを殺ったのは、おまえだな?」

 絞り出すように、リオが訊いた。

 ユウキは相変わらず、感情のない目で彼女を見つめているだけだった。

「……先に行かせて貰う」

 リオはユウキを避けるようにして、会議室からさっさと姿を消した。

「いいの、にぃやん?」

「知ったことか」

 心配げなマユミに、ユウキは淡々と答えた。


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