ユウキが臧目市に飛ばされたのは、彼が純粋な人間では無く、脳に電脳部分があるからだった。
おかげで警察庁に入ったは良いが、白眼視されて潜在的犯罪者と影で言われていた。
彼は軽いノイローゼになり、退職願いを出した。だが、危険人物をノに放つよりはと、臧目市に出向命令がでた。
まるでゴミでも捨てるかのように。
やっと面倒くさい環境から離れられるとおもったが、来たら来たで嫌われ者の立場は変わらないままだ。
彼は従来の趣味から一人の少女に目星を付けていた。
彼の望み。願いは、彼女にかかっていた。
意識を取り戻したリオは、あからさまに不機嫌だった。
事情を話すと、さらに不快さが増したようだった。
「ユウキがいながら、なにやってるんだよ! やっぱてめーは、役立たずだな!!」
ユウキは弁明もせず反省らしさも見せず、ただ、超然に淡々としていた。
リオは続ける。
「特警に手を出すだけでなく、民間人を殺したとなると、黙ってる訳にはいかねぇなぁ、西尾の警備会社には。速攻で復讐にいくぞ!」
「待てよ。一応、ウェウに上げとかないと、単なるテロになるだろう」
ユウキはリオの力強い瞳に睨まれた。
リオはまだ納得していないのだった。
カリル殺害の件である。
「わかった。そっちは任す。あたしはちょっと用事ができたみたいだから、行くぜ」
立ち上がろうとしてよろけたところに、ユウキが手を伸ばしたが、リオはよけるようにして逃れた。
さっさと部屋から出て行った彼女の背に、ユウキは相変わらずの濁ったような目を向けていた。
リオは臧目市の中央区にある臧目警保局に現れていた。
局内では彼女の顔を知らない者はいなといっていい。
カウンターを過ぎ、廊下を歩く彼女に不信と憎悪に似た視線が浴びせられる。
彼女は全く気にした風もなく捜査一課課長の部屋に入る。
中では、十八年型のすらりとした男が、机に突っ伏していた。
「……おい、課長、何やってんだその格好は?」
返事もせずに顔を上げたカキザキ・ロジは、ヨダレをたらしたまま不思議そうな顔でリオに目をやった。
「あー……リオかよ。ここどこだと思ってるんだ? よくバラされないで来れたな……ああ、これからか、やられるの」
眠たげな目に嫌みったらしい笑みを浮かべてヨダレを拭く。
「ウザってぇこと言ってんじゃねぇ。寝てて良いのかよ、一課長が。仕事たっぷりあんだろう? 働けよ馬車馬のごとく。そしてさっさと死ね」
「冗談。過労死がヤだから、仕事してねぇんだよ、文句あるか、市民が」
「誰が市民だ、こっちゃ特警だよ」
「警保はそんな組織みとめてねぇ。文句あるなら、逮捕するぞ不良め」
「ざけんな、逮捕どころかこっちゃ、そのままに殺っていいんだぞ?それより、怠けてんならちょっと話きけや?」
「ただじゃねぇだろうなぁ? コニャックぐらいもってきたんだろうなぁ、あ?」
「うっせー、持ってくるかよ、そんなもん」
カキザキはようやく椅子にもたれて、大きく息を吐いた。
「あー、だりぃ」
「で、話なんだがな……」
相手の気分などどうでも良い様子で腰にい手をやったリオが続けようとするのを、カキザキは制した。
「テトリアブとかいう奴の連続殺人の件か」
「いや、その前に確認したいことがある」
リオは、机に手をつけて腰掛けた。
「先日殺された、カリル・ミキとキドウ・ユウキの線だ。繋がるものはあるか?」
「一切ないな。ってか、おまえカリルをつかってユウキを監視させてただろう? 理由はそれか?」
カキザキはつまらなそうに、首を軽く傾げる。
「なら、ユウキ・キドウの素性は?」
無視してリオは再び質問する。
「随分とご執心だな」
「いいから、答えろよ、おまえと違って、こっちは忙しいんだよ」
「俺の方が忙しいわ!」
「机で寝るのにか?」
カキザキは、やれやれといった風で、内線のボタンを押した。
「特警のキドウ・ユウキのファイルを送ってくれ」
立ち上がっていたデッキのディスプレイをペーパーヴィジョンに切り替えると、早速、部下がメールを入れてきていた。
「ほれ、調べたければ、ごゆっくり」
カキザキが席を譲り、一課長の椅子にリオを座らせ、自分は机の前にあるソファに座った。
リオはファイル内のデータを自分の電脳に書き移す。
ユウキの警察庁時代の評価、噂話はかんばしい物が無く、ただひたすら、邪魔者扱いされていたとしか書かれてはいなかった。
ユウキのテトリアブだという噂との接点は微塵も無い。
無言で厳しい顔を崩さないリオに、カキザキは呆れ気味の顔を向けた。
「おまえのユウキ評は、こっちでも噂になってるぞ。一体、何にそんなにこだわっているんだ?」
リオは答えなかった。
代わりに別の話題を出す。
「カリルを殺した連続殺人のことも知りたい。テトリアブだろう?」
「捜査中だ。今のところ手がかりといって、コレという物が無いのが正直なところでね。
いやぁ、マジな話な」
「役立たずだな」
「うるせぇな。正直、あれは俺の管轄でもねぇよ。管理官の一人に任せてる。俺はあんなのよりも、オウミ・オキタの件で手一杯だからな」
「あんな奴ら、さっさとぶち殺しちまえばいいじゃねぇか」
「こちらにも事情ってもんがあるんだよ」
「知らねぇよ、てめぇらの事情なんて」
リオの携帯通信機が鳴った。
着信通知を見ると、ユウキからだった。
「リオか?ウェウに聞いたが、会社潰しまでは許可されなかった。理由はわかるだろう?」
西尾警備会社は、事実上、臧目自治区唯一の軍事機関でもあるのだ。
そのため、ウェウは逡巡することも無く、却下したという。
「どいつもこいつも……」
リオは一時間後に合流することを確認して、通話を切った。
「で、事情ってなんだ?」
改めて興味本位で訊いてみる。
カキザキは、ソファに寝転がっていた。
「あー……、まぁ、評議会関係だなぁ」
「あいつらか……」
イマジロイドの新機種で構成される評議会は、政府に対しすさまじい発言力を持っていた。
「で、尻尾巻いて退散したって訳かい、一課長殿?」
「何とでも言えよ。そんなに粋がるなら、おまえにくれてやろうか?」
「は? 警保が何ほざいてんだよ」
「まぁ、遠慮するなよ」
カキザキは、悪い笑みを浮かべた。
「てめぇ、警保の仕事を特警に渡すとか、矜持の一つや二つないのかよ、立場上の」
「ねぇなぁ。まぁ、せっかく来てくれた俺からのプレゼントだ。受け取れよ」
立ち飲み屋で三人は合流したが、約一名を除いて不機嫌そのものだった。
「親父ー、ねぎま二本追加ー」
ビールを飲みながら、マユミが焼き鳥のハツを頬張っていた。
「どうして仕事増やしたんだよ?」
「しょうがねぇだろうが。向こうが、ぽんと書類に判子押して部下に通達しちまったんだから」
「ただ眺めていたのかよ。お人好しにもほどがある」
「うっせーな。あたしだって、納得いってねぇよ」
「当たり前だ」
「おまえこそ、ウェウの戯れ言にハイハイいって引き下がって来じゃねぇか」
「好きで言わせた訳じゃない」
「そりゃそうだ、当然だよ」
ユウキとリオはスコッチウィスキーを飲みながら、悪態をつき合っている。
マユミは二人を見比べて、ニヤニヤした。
「仲いいねぇ、にぃやんとねぇやんって」
「あ?」
二人が同時に怒りの目でマユミを見た。
彼女は、笑って気にもした様子がない。
「大体、どうしておまえがユウキにくっついて歩いてるんだよ。どっかに狙われてるんじゃねぇのか? リラーラヴィル・ギグは何してるんだよ?」
リオは次にマユミに噛みつく。
「フール・レイの残党でしょ? クロトとかいう」
「ああ、それで情報があった」
ユウキは思い出したらしく、飲もうとしていたスコッチの入ったグラスの手を止めた。
「西尾警備を動かしたのは、クロトらしい」
「クロト?」
リオは意外だという顔をした。
たかがコミューンのいちメンバーでしかない男が、臧目にある要の一つといっていい西尾警備会社に反逆とも言える動きをさせたとは、信じがたかったのだ。
何よりも、フール・レイを虐殺したのは、西尾警備会社だ。
事情を知っている可能性があるとすれば、アサトだろうか。
「行ってみるか」
リオは、再びフール・レイのコミューンに出向こうと提案した。
アサトと会うことになったのは、以前と同じ居酒屋だ。
以前の店買い取りというのは冗談だったようで、アサトの人を食った性格の悪さが出ていた。
またも依然と同じく、アサトは先にきてビールを飲んでおり、今度のつまみは店に似合わない、サーモンのカルパッチョだった。
「アサトさん、一人でずるいー」
マユミは席を見るなり、うらやましそうな声を上げた。
「なんだよ、じゃあ、好きなものたのめよ」
ニヤニヤしてアサトは答える。
彼の様子は依然と変わりなかった。
マユミは正面の席に着くと同時に、メニューを見た。
ユウキとリオは彼女を挟んで座った。
「で、まずクロトの消息を知りたいんだがな」 ユウキが口を開く。
「クロトがどうしたって?」
逆にアサトが訊いてきた。
「あいつは、西尾警備会社と通じている。この前も俺たちは襲われた。それで、あいつがどこにいるか、ついでに動機も知りたい」
「俺はクロトの親じゃねぇぞ?」
アサトは笑う。
「親みたいなものじゃねぇのかよ?」
リオはアサトの呑気さが鬱陶しそうだった。
「大将、ねぎまとビール!」
店の奥から威勢の良い返事が聞こえてきた。
「あんた、ねぎま好きねぇ」
「リオは何か頼まないの?」
「あたしはいいよ」
「で、知ってるのか? 知らないのか?」 ユウキがアサトを急かす。
「その前に、クロトが西尾警備と通じてるって、どこから持ってきた話だ?」
「ウチで捜査した」
アサトは目を細めた。
「ほう、どんな捜査だ?」
ユウキは一瞬黙った。
彼は古今の犯罪・犯罪者の例をつかって、点と点を線で結んでいき、クロトの件を結論づけたのだと言った。
アサトは、ユウキの思考を読むようにして嗤った。あるいは、本当に読んだのかも知れない。
「……まぁ、正解だ。よくわかったじゃねぇか」
もったいつけるだけもったいつけたアサトは、ようやくうなづく。
「事情を聞きたいね」
真顔のユウキに、マユミがねぎまを口元に近づけてくる。
横目で彼女を見たユウキは少し迷ってから、一口食べた。
マユミは上機嫌で、残った物をリオの顔に同じようにする。
リオは身もしないで無言のままに口に入れると、マユミのビールジョッキを取って飲んだ。
「……何やってんだ、おまえら」
「あ、アサトさんも?」
呆れたような彼に、満足そうに残りを囓りつこうとしたマユミは、首を傾げて、目の前に串を差し出す。
「いらねぇよ。それよりクロトだがな、単におまえらへの復讐心だろうよ。ただ、バックに、評議会がついている」
「なるほど……」
ユウキはつぶやく。
「で、評議会はどういうつもりなんだ?」
「どうとは?」
「特警を潰したいのか、単に今回だけクロトの言い分を聞いただけか」
「しらねぇよ」
アサトはゲラゲラと嗤いだした。
「あいつらはあいつらで考えがあるんじゃねぇのか? 人を便利屋みたいに思わないでもらいたいねぇ」
アサトの声は関係無いとばかりに響いた。
「あんたらが保護してたフール・レイの生き残りだろう? 情の一つも無ねぇのかよ?」 リオが、再びジョッキをあおぐと、挑発的な目を向ける。
すると、アサトは思わせぶりな表情で、余裕のある笑みを浮かべる。
いかにも、何か企んでそうであった。
リオは不満だ。
ユウキはというと、もう用事は終わったとばかりに、マユミと一緒に焼き鳥を食べるのに集中していた。
「親父ー、ハツにビール」
注文を始め、すっかりくつろいでいる。
リオもそろそろ潮時かと思った。
どうも、これ以上アサトから情報を得るのは難しそうだった。
「ほら、あんたらもう行くよ?」
彼女は二人を促して、席から立ち上がった。
「えー、まだ食べきってないよー?」
マユミが不満の声を上げる。
「あとで幾らでも食わしてやるよ」
うんざりしたような調子で、リオは先に店を出る。
ユウキと顔を見合わせたマユミは、急いで焼き鳥を食べてビールを飲み込み、あとを追った。
「しっかし、どういうつもりだ、おまえ?」
アサトは残ったユウキに訊いた。
「どうも何もないよ。俺はただ、フール・レイの虐殺事件を解決しようとしてるだけだ」
「へぇ……まぁいいがな」
意味ありげに嗤ったアサトは手を振った。
西区の鷲尾にある評議会用の建物の会議室は、イマジロイド達がそれぞれの席に着いていた。
その中心に、青年が一人立っている。
左目に眼帯をした、中背で引き締まった身体をしている。袖と裾の広い上衣を着て、ハーフパンツ姿だ。
二十一年型。鋭い眼光を議員達に向けた、オウミ・オキタだった。
「準備は出来たときいたが、オキタ?」
議員の一人が声を出す。
オキタは、うなづいた。
「新機種の権利を守るために蜂起しましたが、いよいよ、次の段階に入る予定です」
「何をする気だね?」
「それは、見てのお楽しみということで」
「あくまで言わないのか……まぁ、いいだろう。おまえに任せる。新機種の存在を臧目市に見せつけてやってくれ」
オキタはニヤリと笑った。
「ご期待に添えるようにしますよ」
3
ようやくと言って良い。
朝、警保局から特警に、テトリアブの情報が上がってきた。
特別警察庁の建物は、区長官邸の横にある、普通の二階建ての民家そのものだった。
マユミも合わせて三人が集まると、テトリアブの話をそれぞれに電脳に移して解析していった。
それは、彼等にとって興味深いものだった。
犠牲者は皆、臧目の有力名士イマジロイドばかりでで全員が新機種だった。
加えて、テトリアブは一人ではない可能性がある。
ペーパーヴィジョンのニュースでは、伝えられてないことである。
伝えられていない以前に、テトリアブは無差別に殺害を繰り返す、殺人鬼として報じられていた。
三人が見ていると、オウミ・オキタの姿が映り、特集されていた。
新機種を差別から擁護、おのれ達の権利を求める主張を取り上げて、司会者やコメンテーターが非難の言葉を続けていた。
「どう思う?」
ユウキにしては珍しく、ニュースの話題について、リオに尋ねてきた。
「ん? 興味無いけど、普通に真っ当なこと言ってるんじゃね? やってることは過激だけどな」
ユウキは考えた風で、うなづいた。
「評議会に行かなきゃな」
彼は話題を変えた。
「何しに? クロトと関係あるからか?」
「いや、呼ばれてるんだよ。アサトのところに行った帰りに」
「早く言えや、タコなすが!」
「まぁ、何事かはわかってるんだがな」
「それでもいい、行くべきじゃねぇかよ」
リオは早速出発する気でいた。
リオの携帯通信機が鳴った。
彼女は、私室にはいると、通話にでる。
『カキザキだ。やっと発見した情報がある』
「どうしたの? テトリアブの手がかり?」
『違う。おまえらんところの、タカハシ・マユミの件だ』
「……ほう。気になるな」
『通話は面倒だから、ちょっと局まで来い』
リオは、壁に視線をやった。その向こうには、ユウキとマユミがいる。
「ああ、わかった。今からいく」
通話を切り、リビングの二人のところに戻って来た。
「評議会のところに行くのは、あたしが戻るまで待ってて欲しいんだけど?」
「よいよい、好きにしなされ」
ソファにすわっているマユミが大仰に手を振った。
「用事は何だ?」
ユウキに、リオが面倒くさそうな顔を見せる。
「あー、警保に出頭命令? 気に食わねぇ話があるらしい」
「そうか。一人でいいのか? 俺は?」
「ああ、大丈夫だよ。あたしだけでどうにかしてくるから」
適当に誤魔化し、彼女はニンジャで警保局に向かった。
捜査一課長室に入ると、呼び出した男は、ソファに身体を伸ばし、寝息を立てていた。
「……おい、ふざけんな」
「あ……?」
カキザキは眠そうな目をわずかに開けて、首だけを起こした。
その顔にペンが思い切りぶち当たる。
カキザキは顔を押さえ、無言でソファーのうえを転がると、うつ伏せになった。
たかがペンだが、相当痛かったようだ。
「人様呼び出して置いて寝てるとは、良い身分じゃねぇかよ」
リオは、上身をあげて、片腕をソファーにかけたカキザキを見ながら、課長席に座った。
「で、マユミの話が、どうしたって?」
「ああ、あのガキな。色々調べてみたらリrーラヴィル・ギグのメンバーだ」
「なんだと!?」
臧目最大のギャング、リラーラヴィル・ギグから、誘拐でもしてきたというのか?
だとしたなら、フール・レイの立てこもりの動機が別物になる。
「外に情報は?」
「それだけだな」
カキザキは寝ぼけているかのような様子で、ソファにもたれている。
「ただ、フール・レイは、リラーラヴィル・ギグから人質をとって立てこもった。二つの組織に何かあったんだろうな」
「なら何故、西尾警備がフール・レイを襲撃した?」
「さてな。ここからは、自分で調べな。俺の方はテトリアブで手一杯だからな」
「嘘つけよ、管理官に丸投げしたんだろう?」
「それが、事件が大量に増えていって捜査が困難になったってんで俺が自ら指揮を執ることになった。全く、面倒な限りだよ」
リオは呑気そうな彼に鋭い視線を向ける。
「今、犠牲者は何人?」
「二十九人。多すぎると思わないか?」
「テトリアブの捜査をするなら、カリル・ミキという奴のことも調べて欲しい」
「誰だ、それ?」
「ざけんな、指揮を執るんだろう? どうしてこの前話した犠牲者の名前を知らねぇんだよ」
リオは怒りを抑えた調子だった。
「ああ、そういえば、そんな奴もいたな。わかったよ。何か進展があれば、そちらに流す」
「OKだ。頼んだぜ? あと今回のことは礼を言う」
「そうかい。そりゃ良かった」
どうでも良さそうに、カキザキは答えたる。
リオはまだ、テトリアブがカリルである可能性について、喋る気は無かった。