トゥーム・ストーンは相変わらず昼間から賑わっていた。
リオはカウンターを背後にして、スコッチウイスキーのロックを手に、客達と他愛のない雑談をしていた。
ここに来る客達は大体反権力だが、豪快なところのあるリオは特別に歓迎されていた。
「おーおー、やってるなぁ」
そこに、カリルが香料の紙巻きを咥えながら入って来て、リオの隣の席にドカッと座った。
いかにも不機嫌そうである。
「おぅ、カリル。どうよ調子は?」
「クソッタレだな」
カリルはマスターにスウィンギング・ドアーズを注文する。
その返事に、リオは笑ってうなづいた。
「同感だわ、同志よ。乾杯といくか」
カリルはだまってグラスを軽く合わせて、一口飲んだ。
「で、カリルさん、どうよ例の件は?」
「気持ち悪い話だよ? あのユウキって人間野郎、何もない。東京での籍とか調べたんだが、それこそなんにもない。普通に暮らしてましたの代表例みたいなもんだぜ? こんな気持ち悪い奴いるかな?」
「マジかよ……なんだそれ?」
「知らないよ。あたしが調べた限りじゃ、そこまでだよ」
「くそ。得体の知れないのを二人も抱えるのかよ。嗤えるじゃねぇか」
リオは鬱陶しげに舌打ちした。
「どうする、このまま監視続ける?」
カリルはカリルでダルそうだ。
「まぁ、頼むわー」
「ただじゃないって、わかってるよね?」
「もちろんだ。ちゃんと、週一で金は振り込んでおくよ」
「なら問題は無いよ」
そう言って彼女と別れたのが二日前だった。
次に彼女を見たのは、物言わぬ死体としてだった。
「どうして情報をあげない!!」
ユウキが現場に来ると、リオが警保局の男の胸ぐらを掴んでいるところだった。
アブヤ・カリルという少女が殺害された現場は宿舎の近くで、呼ばれるまで彼は別の用事のために外出していたのだった。
警保の鑑識がひとお通り現場での仕事を終えたところである。
ユウキは外が騒がしいと思い、出てきてみれば、この騒ぎだったのでリオにも通達が来ていないであろうことは想像できた。
捜査一課の警部補らしき男に噛みついていたリオは、他の捜査員達に無理矢理引き離されていた。
「おい、そこまでにしておいてもらおうか?」
ユウキは捜査官達を睨んだ。
「うるせぇ! おまえらの出る幕じゃねぇんだよ! 坊ちゃん嬢じゃんは黙って大人しくしてろ!」
一人の捜査員が怒鳴る。
「知ったことか!! コイツはアタシのダチだよ!! 黙ってられるか!!」
「ああ? なんだってリオ? ちょっと話をきかせてもらいたいな?」
警部補は悪意を丸出しにした。
ユウキはため息を吐いて、香料の紙巻きを咥える。
「うるせぇ、誰が喋るか、ボケ!それより捜査の情報をちゃんと上げろよ!」
「……やれやれだ! おい、みんな帰るぞ。
特警様がコレを処理するとよ」
警部補は相手にしてられないと部下を引き連れて車に戻った。
やがて、取り残されたように、リオとユウキに、新聞の記者が数名というだけになってしまった。
カリルの死体は路上に倒れたまま、放置されてしまった。
「おい、そこの記者、説明しろ!」
未だリオは怒りが収まらない。
「……これは、連続殺人の犯行じゃないですかねぇ」
中年の男は、確証ありげに答えた。
「連続殺人?」
「ええ、今、巷を賑わせてる奴です」
リオはチラリとユウキを見た。
彼は、いつの間にか、カリルの死体のそばにしゃがみ込み、ポケットをまさぐったりしていた。
カリルは、胸を何回も刃物で刺されて、両目を潰されていた。
「で、連続殺人って、なんだ? ニュースにも最近そんなのがあったとは言ってなかったぞ」
ユウキが口を開いた。
「警保から箝口令がだされてましたから」
「連続殺人の情報をくれるか? もちろん礼はする」
「おやおや~、ユウキさんってば悪い趣味がでてきたのかなぁ~」
「そうかもな」
否定しないでいると、リオはあからさまに侮蔑の表情を向けてきた。
「おまえが殺ったんじゃねぇのかよ?」
「どうして、俺が?」
「普段、疑われるようなことしてるからだ」
「俺はなにもしてないが?」
「あっそうかい。とにかく、そこの記者、連続殺人のデータを早くよこすように」
リオは言って携帯通信機を取り出した。
誰かと話して終わると、間髪を入れずに救急車のサイレンが響いた。
救急車は、現場に停まり、カリルの死体をタンカにのせてリオを中に招く。
ユウキはその場において行かれた。
緊急病院に運ばれるとリオは、早速トウコに会った。
彼女はカリルを手術室に搬送させた。
「死因を調べればいいんですね?」
「あと、変換機に残ってるデータを全て移してほしい」
「わかりました」
トウコは手術用の衣服に着替え、助手達が待っている所に入っていった。
リオは、手術室の前にあるソファで待つことになった。
小一時間も経つと、ドアが開かれて、リオが呼ばれた。
中に入ると、ベッドに横たえられたカリルと、新しいイマジロイド体が何本ものチューブで繋がれていた。
「残念ながら、脳の損傷が酷く、データの移行は出来ませんでした」
リオは頭に血が上ったが、なんとか落ち着かせて、カリルを見た。
「クソが……」
つい口から漏れたが、誰も何も言わない。
「死因は、失血死です。心臓、肺が何回も刺されてます。そして、脳も破壊されてました」
「似た事件を知らないか?」
「最近、たまにありますね」
トウコは考える迄もないと答える。
「警保は犯人を把握していると思うか?」
「わかりません」
検死解剖で呼ばれるトウコは、正直に話す。
ユウキは赴任してきたばかりだ。これが連続殺人だというなら、外してもいいだろうとリオは考えた。
少し惜しい気もするが。
「カリル……」
リオは、改めて彼女の死体を見つめた。
無邪気に賞金稼ぎをしていた少女だ。それが、リオの頼みを聞いたためにこんな自体になってしまった。
リオは後悔しながら、怒りをたぎらせた。
「犯人は絶対、見つけて同じ目にあわせてやるよ。おまえの所に送ってやるから、もう一回殺してやれ」
彼女は言うと、手術室から出て行った。