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第4話

 結局、ユウキとマユミは連れだって一階に降り、入り口付近でリオと鉢合わせした。

「なんだ、どういうことだよ、それ?」

 彼女は二人に不審な目を送る。 

 ユウキは首を傾げただけで無言だった。

 無駄だと思ったリオの視線がマユミに向けられる。

「あんたが人質? それともフール・レイ?」

「正直過ぎる質問だねぇ」

 マユミは苦笑いを浮かべる。

「悪かったな、こっちゃうだうだやるのは嫌いなんだよ」

 イラッとしたリオは軽く顎をあげ、目つきがキツくなる。

「ごめんよ、怒らすつもりなかったんだよ」

 手を目の前で合わせてマユミは、困ったような声をだす。

「うるさい。さっさと質問に答えろよ」

 リオは鼻を鳴らす。

 マユミは妙な唸り声をだしてから、口を開く。

「えっと、人質だったけど、このにぃやんがフール・レイを全滅させました」

「……おい、嘘つけよ」

 苦み走った顔で、ユウキは返り血らしき染みだらけのマユミを見下ろす。  

「あ、駄目か」

 さすがにマユミは苦笑いした。

「今、照合掛けたけどな、ユウキ。そいつ、臧目のどこの役所にも病院にも記録がないぞ」

 素早い作業だった。

 リオは、マユミを胡散臭い目で見つめる。

「あははははは、あー、えっと……一応、人質でした。ねぇやん、そんな怖い目でみないでよぉ」

「姉になった覚えはない」

「なんだよ、冷たいなぁ、二人とも」

 マユミは露骨に意気消沈した顔になる。

「せっかく、助けに来てくれた人がいたと思ったのに」

 声は真剣なものに変わっていた。

 突然、マユミの身体はその場に崩れ落ちる。

「なんだぁ? 今更、そんな真似したって無駄だぜ? 早く何が起こったか、吐きな」

 リオは彼女を見下ろす。        

 しかし反応はない。

「あれ?」

 リオと、ユウキは顔を見合わせる。

「どうした、おい?」

 ユウキが倒れたままのマユミに声を掛けるが、反応はなかった。




 結局、マユミは臧目市にある救急病院に搬送された。

 ユウキとリオはそれぞれの乗り物で、救急車に追走して病院の待合室で診断の結果を待っていた。

小一時間もすると、廊下を看護師が彼等の元にやってきた。

「お付きの方、担当医からお話があるので、少々お時間いただけますか?」

「何かあったのか?」

 リオが立ち上がりながら訊くが、看護師は何も言わずに先導していった。

 通されたのは、外科の診断室だ。

 担当医はまだ若く、眼鏡を掛けて堂々とした雰囲気を持つ女性だった。

 長い髪をポニーテールにして白衣にはトウコ・サチと描かれた名札のピンをしている。

「どうぞ、お座りください」

 ペーパーヴィジョンに映る文字列を脇にて、気難しげな表情で彼等を迎える。

 二人は挨拶をすると、往診患者の椅子に腰をおろした。

 搬入時に医者は彼等が特警だと伝えられてる。

「お二人はあの子をどこまでお知りですか?」

「どういうことで?」

 ユウキはいつものぼんやりとした雰囲気のまま、異様な関心を示すようにペーパービジョンとトウコを見比べていた。

 最も、そこに一体何が書かれているか読めなかったが。

「どうやら、彼女は特別らしいのです。いわゆる、新型のイマジロイドという奴です」

「新型? 今騒いでる連中と同じ?」

 リオは面倒そうに机の上に肘をのせた。

 新型イマジロイドとは、いつの間にか臧目市に現れた存在だった。

 多くはコミューンで見つかっており、オウミ・オキタも同じ新型だ。

 特徴は、より人間に近い身体の構造をしている点だ。

 故に、彼等は臧目市に愛着を感じていない。

 自己保身に走る旧型イマジロイドと違い、積極的に環境を変えようとする。

 リオやニカイドウから見れば、反抗分子と言って良い。

「外に怪我や異常は見られませんでした。どうやら、極度の疲れが原因のようです。例えるなら、緊張の糸が急に切れたとでもいうように」

 弾丸を二発喰らわせたはずだが?

 ユウキは不思議に思ったが、口には出さなかった。

「会えるか?」

 リオは落ち着かない様子で急かす。

「丁度いいところです。よろしいですよ、私も同席しまが」

「構わない」

 立ち上がりながら、リオは言った。

 では、とトウコも白衣のポケットに両手を入れて、診断室の奥から廊下に向かった。

 生体研究所の施設も兼ね、入り口の所に張り付くように建てられている緊急病院の病室は、診断施設の奥にあり、エレベーターに乗り長い廊下をあちこちと折れて、やっとマユミの部屋まできた。

「入るよ」

 トウコは個室のドアをノック直後に返事も待たず開けた。

 ベッドに入院用の服を着て座り、所在なげにしているマユミは、三人を見ると目を輝かせて満面のなった笑顔になった。

「あ、先生! にぃやんにねぇやんも!」

 至近距離だというのに、両腕を大きく振って喜ぶ。

「体調はどうかな、マユミさん」

 トウコもにこやかな表情を見せる。

「ああ、急に具合が……」

 わざとらしく、ほぼ無い胸の辺りに手を置きながら、前屈みになって苦痛の顔を作るぅ。

「やばい、死ぬかも」

 ついでに咳き込んでみせる。

「はいはい、絶好調ね」

「せんせぇ~……」

 助けてくれと言わんばかりの声だが、胡散くささに満ちていた。

「もう退院していいわよ。この二人が待っててくれたわ。後はどうにかしてくれるでしょう」

「ああ? ちょっと待てよ、なんでアタシ達が」

「駄目なの?」

 寂しそうに、マユミは首を傾げてリオに上目使いを向ける。

「……おい、ユウキ」

「まぁ、特警で保護ってところだな。その場合、どうなるんだ?」

 彼はいたって冷静にリオに訊いた。

「うへぇ……まぁ、そうなると、ウチらの宿舎にってことになるなぁ」

「良いじゃないか。連れて行こうぜ」

「わお、にぃやん優しい! 結婚して!」

「しねぇよ」

 即答して、ユウキは彼女のものである鞘に収めた刀を手渡した。

「準備出来たら下の待合室まで来てくれ」

 ユウキはそのまま個室を出て行った。

「おい、ちょっと待てよ」

 その後をリオが追う。

 廊下で横まで来たリオは、頭半分背の高いユウキに顔を向ける。

「マジなのか? あいつ新型だぞ。今忙しいのに、厄介ものを受け入れている暇なんてないぜ?」  

 ユウキは視線を無視しつつ、まっすぐ前に目をやっていた。

「何らかの関係者だろうな。もっと話を訊いてみる必要があるはずだ」

「急にやる気出しやがったしコイツ」

「駄目か?」

「……別に。へんな穴に首突っ込みたいってなら、どうぞ。あたしは知らねぇ」

「なら、決定だ」

 まったく、何を考えているのか。

 リオはユウキを理解出来ないまま、待合室まで無言で戻った。


(OGC)

 マユミは住所不明のまま特警が保護という形で、ホテル・オータニの一室に泊まらせることになった。

 ユウキとリオは翌日、昼前に彼女の部屋を訪れる。

「よう、元気そうだな。いいもん持ってきたぜ?」

 リオがドア口で一本のシャンパンを掲げた。

「あー、ねぇやん達……おはよう。どうぞ」

 パジャマ姿で眠気の取れない様子のマユミは、ぼうっとしながらも彼等を迎えいれる。

 そのまま、ベッドに座り、うつらうつらする。

「退院祝いだぞ、マユミ!」

 リオはシャンパンの栓を抜くと、瓶を掲げて、自ら瓶を煽って一口飲んだ。

 ユウキが三人分のグラスをテーブルに持ってくると、彼女は雑に注ぎ、瓶そのものをマユミに押しつけた。

 眠そうなマユミに気付けだといって、無理矢理に口を付けさせて飲ます。

「うぅー」

 ゴクリと喉を鳴らしたマユミは、瓶を離し、複雑な表情で唸った。

「……なに? ねぇやん強引すぎる」

 非難というほどでもない呟きとともに、彼女は息を吐いて目を開けた。

「で、早速聞きたいんだが……」

 ユウキが椅子に座ったてグラスを手にする。

 酒は自白剤として使わせてもらったのだ。

「おいおい、風情の欠片もねぇなぁ、おまえ。飲もうぜ? まずは、飲もう!」

 リオは違ったらしい。

 ユウキはリオのテンションについて行けず、窓の外に顔をやった。

 十三階からの景色に興味もなく、彼はただ、怪しい雰囲気はないかと視線で探る。

「やっぱ、無粋な奴だ」

 様子を見たリオがつまらなそうに言うと、すぐにマユミに身体を向けた。

「で、ホラ、飲もうぜ?」

「あー、ハイハイ」

 リオはマユミの勢いを受け流し、もう一口瓶からシャンパンを飲むと、テーブルに置いてユウキに向き直った。

「にぃやん、どう?」

「ん? ああ、怪しいものは今のところないなぁ」

「ならいいんだけどね」

「で、一昨日おまえはどうして、あの場にいたんだ?」

 一瞬、マユミの視線が泳いだが、すぐにまっすぐユウキを見つめた。

「それよりも、行きたいところがあるから、着いてきてくれる?」

「話が先だ」

「損はさせないから~、ね?」

 瓶を真ん中に挟んで、マユミは手を合わせる。

 ユウキはため息を吐いた。

「廊下で待ってる。すぐに来い」

 立ち上がって退室すると、リオとマユミだけが取り残された。

 マユミは無言で、着替え始める。

 リオは、椅子に座って関心もなさそうにそれを眺めていた。

 ハット帽にワンピースという組み合わせに、編み上げ靴。ガンベルトに似た太いベルトを右側だけ引っかけて、そこに刀の収まった鞘をぶら下げる。

「さて行こうか、ねぇやん」

 リオはグラスのシャンパンを全て一気に飲み干して、香料の紙巻きを咥えると無言で彼女に続いた。

 廊下ではユウキが壁にもたれて立っていた。

 二人が現れたことを確認すると、まっすぐにエレベーターで地下駐車場におり、私物のポルシェ911に乗り込む。

「行き先は、江香区の笹の木台」

 ユウキが車を発進させると、リオは驚いた。

「笹の木台って、マユミ、まさか?」

 後部座席に振り返ると、少女は微笑んでいた。

「そうだよ、フール・レイの出身コミューンがあるところね」




 フール・レイは単なる半グレのギャングではなく、コニューンという自治区内での独自集団の外郭団体だった。

 リオがそれを知ったのは、昨日フール・ギグの資料を調べてた時のことだった。

 笹の木台コミューンと呼ばれ、町一つを内包していた。

 ポルシェとニンジャで現地まで走る途中、マユミは携帯通信機で、誰かと話していた。ユウキがサイドウィンドウを開けて風をいれていたため聞こえなかったが、ある諦めていたユウキは気にしなかった。

 町まで来ると、マユミは居酒屋の一つの前までナビゲートした。

 天網亭という大仰な名前の看板が出ている小さな店で、窓から店内を覗いてみてもまだ客は数人しかいない。

 ユウキは近くの路肩に車を駐めた。

 マユミが先導して店に入る。

 中には一人の男が、テーブルに着いて刺身をつまみにビールを飲んでいた。

「アサトさん」

 マユミは男に声を掛けて目があうと、そのまま席に座った。

「呼ばれて来はいいんだがな。その後ろの二人、特警だろう。きいてねぇぜ?」

 アサミヤアサトは三十二年型のイマジロイドだった。

 ユウキもリオも、彼のことはそれしか知らない。

 やや眺めの髪を後ろで縛り、引き締まった長身で、Tシャツにロングカーディガンを着て、ハーフパンツに安全靴を履いている。

 彼が、笹の木台コミューンのリーダーだった。

「良いじゃん別に。何か困ることでもあるのー? 今はね保護されてるんだよ、この二人に。問題あり?」

 マユミの態度は相変わらず慣れ慣れしい。 だがアサトには不満めいた様子はない。

「へぇ。まぁ別にないがなぁ……」

 ニヤリと嗤い、二人と目を合わせる。

 よく知らないためだろうか。ユウキもリオも、アサトに少々不気味なものを持った人物と映った。

 リオは首を軽く傾げてから、マユミの隣に座る。それを見てから、ユウキはゆっくりとマユミを挟んだ反対側に着いた。

「……別にないんだがな、マユミ。おまえにはある」

「へぇー。どんなどんな? ほら、詳しく言ってごらんよ」

 少女はニコニコしていた。だが両脇で神経を張り詰めている二人には、少女がかなり緊張している様子が伝わってきた。

「言ってごらんじゃねぇよ。いつもいつもすっとぼけやがって。フール・レイの連中が殺されたのに巻き込まれたようだが、どうなった?」

「あー、あれね……。まぁ、想像通りだよ」

 マユミは曖昧に誤魔化した。

「とりあえずだな、今回の事件、おまえが人質にされたが返り討ちで皆殺しの目に遭った悲しいフール・レイ説が流れているが、気を付けろよ? おかげでウチの中でもおまえに復讐すると息巻いているのがいる」

「まぁ、だろうねぇ。大体、想像は付くよ」

「なら、何の用で来たんだ、マユミ?」

「おい、ちょっと待て」

 厳しい表情で口を挟んだのは、リオだった。

「フール・レイ皆殺しに巻き込まれたってどういうことだよ、お二人さん?」

 アサトとマユミを見比べるようにする。 

 しばらくして口を開いたのは、アサトだった。

「どうもこうも、言った通りだ」

 彼はリオに皮肉っぽい表情を浮かべる。

 そして、左手首の腕時計を軽く掲げた。

「俺のコイツは、見ることができるんだよ、相手の記憶をな」

 それは変換機だった。

 アサトの持つ高性能機械の機能だという。

 リオは舌打ちしたい気分になった。

「あんたも望むなら、覗いてやるぜ?」

 完全にからかっている。

「冗談じゃない! もしそんな素振りでも見せたら、即刻撃ち殺すからな!」

 アサトはニヤけただけだった。

 また彼がマユミに向かって、口を開こうとするのをリオは制して先に言う。

「どういうこと? あんたじゃないなら、誰が殺った?」

 リオに視線が集中すると、困惑したように、乾いた笑顔になる。

「あー、えーと、名前知らないし、いきなりだったもんでさぁ……」

「なんだよ、わからないとでも言いたいのかよ!?」

「言いたい!!」

 マユミは手を上げて、勢いよく答えた。

「ふざけるな!」

「だって、本当なんだもん!」

 リオとマユミが睨み合った。

「……で、誰なんだ?」

 ようやく、ユウキがアサトに向かって口を開いた。

「……確か、西尾警備会社の者だな。名前まではわからんが、格好はそこの奴だ」

「あたしは、あいつらと殺り合っただけだよ。五人ぐらいと。生き残ったのが一人だけみたいだけど」

 リオは舌打ちした。

 警保からフール・レイ以外の死体の話は上がって来ていない。マユミの話が本当なら、特警を嫌う警保がわざと呑気に構えているということになる。

 まったく持って苛々とさせてくれる。

「他にわかることは?」

 ユウキが質問を続ける。

「これだけだな。てか、リオの記憶がぼやけすぎでなぁ。おまえ、ボケてんのか?」

「うるさいなぁ~。ただ疲れて意識が曖昧になってただけだよー」

 マユミは不機嫌そうに答える。

「それでさあ、あたしは許してくれる?」

 勢いと雰囲気のままの調子で、マユミは尋ねた。

「おまえなぁ……」

 アサトは呆れたようだ。

「なになにー?」

「何々じゃねぇよ。まぁ、俺は良いとしても、メンバーらに復讐息巻いてる奴らがいるからな。実際やりかねない奴がいる」

「え、マジ!? 誰?! 怖い、にぃやん助けて!」

 言葉の割に軽い口調だった。

「あー、クロトって奴だけどな」

「名前だけは聞いたことある気がする」

「まぁ気をつけるんだな」

「評議会のほうは?」

 アサトは少し難しい表情をして、ビールに口を付けた。

 評議会というのは、ギャング達が代表を送り込んでお互いの利益を調整するための組織だった。

「まだ開催されてねぇな。多分、準備にいそがしいんじゃねぇか?」

「準備ねぇ……良い感じしないよー」

「そうだな。マユミはかなり不利な立場にいるからな」

 マユミはうなづいた。

「まぁ、ウチは下手なほうに持って行かないように指示しとくよ」

「やった! さすがアサト!」

「その代わり、ここの代金、よろしく」

「その程度のことなら。じゃんじゃん飲んじゃって!」

「せっかくだが、時間でなぁ。まぁ、ごっそさん。またな」

 アサトは、背中を丸めて手をポケットに入れて、店を出て行った。

 三人の元に上機嫌を隠しもせずに奥から店主が現れれた。

「あなた方が、この店を買い取ってくれるんですね? ありがとうございます」

「は?」

 三人は一瞬、頭の中が真っ白になった。

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