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第3話

 繁華街の外れにある現場は遊戯施設が屋内に多数入った建物だった。

 ラ・ミーラという、意味不明な店舗の名前をしているが、とっくに潰れて今は工事待ちの廃ビルだった。

 リオがバイクで到着すると、パトカーが十台以上辺りに停まり、特殊部隊の姿も影に見える。

「状況は?」

 誰も指定しないで声だけ掛けたリオは、彼等に無視された。

 雰囲気はまるで活気がなく、時折、意味不明な嗤いがリオに向けられるだけだった。

 特別広域警察のリオは区長にも顔パスで面会出来るほどに立場が特殊だった。

 臧目市には警保局がある。特別広域警察はそれとはまた別の組織で、独立して行動する区長直属の存在なのだ。

 巡査長と階級は低いが、権力は警保局の局長並に強い。

 警保官達は余計なのが来たと、皆、鬱陶しがっている。

「これは、特警のリオさん。ご苦労さまです」

 南署の警保官が一人、ニンジャにもたれた彼女の元に、のんびりとやって来る。

 三十年型後半とみられる男だ。

「ご苦労さん」

 リオは気安い挨拶をする。

「しかし、遅かったですねぇ。とりあえず状況を説明しますとフール・レイの連中が、昨夜に侵入して建物を占拠したということですよ」

 他人事だという口調だった。

 実際にコミューンを作るイマジロイドは、世間から隔離した生活を送っているので、何事も自己完結する場合が多い。生き残るのは、大体がオウミ・オキタの息のかかっている連中だった。

「それにしても、派手じゃないか」

「一応ですね。どうやら、区民の何人かが中にいるらしい情報があったので」

 おざなりの対処に、リオは内心の不快さを隠しもしなかった。特警と呼ばれる組織と彼女が共に嫌われる訳である。

「で、遅かったというのは?」

 リオは香料の紙巻きを箱から一本取り出して咥えながら、引っかかった言葉の意味を尋ねた。

 警保官は、息を一つ吐く。

「すでに新任の特警の方が現れて、勝手に中に入って行かれたんですよ。我々は、その結果待ちというところですかね」

 聞いたリオの細い眉は、一瞬で釣り上がった。 

 ユウキが勝手に行動したのだ。

「あのクソ野郎!」

 リオは怒りでニンジャのタンクを握り拳で叩いた。  

 警保官はその様子を見てかすかに嗤いをみせたが、すぐに引っ込める。

「アタシも行く。警保局のはここで待っていろ」

 言うが早いか、歩きだしたリオに、警保官は小さくつぶやく。

「どうせなら、二人とも殺されてくれよな。やりやすくなるから」




 ユウキは到着早々に、警保官達を無視して、そのまま廃ビルの中に入っていった。

 そうすれば、事件は特警のものと既成事実ができる。

 リオも来るだろう。怒り心頭で。

 彼女が怒ろうが笑おうが、彼はこの事件化したもの自体を特警の物にしたかった。

 臧目市の組織犯罪は、ほとんどの場合、コミューンがフロントとなって、マフィアが裏で動いている。

 ユウキは特警の活動には興味が無いが、最低でも臧目にいる以上、マフィアは抑えておきたい。

 それで彼の望む静かな生活というものが叶えられるのだ。

 あとは東京の警視庁の話になるだろう。

 フール・レイ相手にしても、ユウキは手を出すつもりはなかった。

 正直に言えば、彼等に挨拶に来たようなものだ。

 ラ・ミーラの室内は薄暗く、廃ビルと言われたが意外にゲーム機や遊戯施設がそのまま綺麗に残っていた。

 彼は二階に行こうとして、足を止めた。

 視線の先にはエスカレーターがあり、特徴もない服装の男が、血だまりの中に倒れていた。

 ユウキは腰から改造したS&WのM19を抜いた。

 シリンダーの中の弾丸を確かめて、右手に構えると、ゆっくり足音を忍ばせて二階に上る。

 独特の腐臭が鼻を刺激する。

 クレーンゲームとビデオゲームが並んだフロアがまず目にはいる。奥には、ボーリング施設に続く自動販売機が並んだ廊下があった。

 気付くと、小さな人影そこに立っていた。

 だらりとして動かない姿は、人の気配が消えた中で、ひときわ目立つ。

 リヴォルバーを構えて近づいて行くと、影は少女のものだとわかった。

 セミロングでブラウスに、ショルダーベルト付きのスカートをはき、手に刀をぶら下げるようにして持っていた。

「……動くなよ?」

 ユウキは彼女に拳銃の狙いを付けて命令する。

 少女はゆっくりと顔を上げて、こちらへ暗い中、瞳だけを輝かせた。

 一瞬だった。

 距離があるというのに、跳ぶように間合いを詰めて刀を振り上げてきたのは。

 ユウキは、彼女の顔面と腰のすれすれ部分に弾丸を二発撃ち込んだ。

 爆音を鳴らしながら跳ぶ弾丸は、衝撃波を放って少女に叩き付けられる。小さな身体は、後ろに吹き飛ばされる。

 だが、意識を失うことも倒れることも無く、しゃがみながらも床に両足を付け、ユウキを睨みつける。

「警察だ。フール・レイのメンバーか? ここでなにをしている?」

 ユウキは、その目に銃口を向けて、問いただす。

 少女は口だけの笑みを浮かべた。 

「なーんだ、警察か。おそーーーーーい! あいつらなら皆、とっくにぶった斬ったあとだもんねーーー!」

 殺伐とした雰囲気が一気にかき消える。声は脳天気な口調だった。

 ユウキは一時、呆然となりかけて、すぐに我に返る。

 少女の刀が鞘に収まり、左手にぶら下げられた。

 よく見れば、少女は血糊に染まっていた。

 辺りに男女が、点々と倒れており、動く気配すらない。

「おまえがやったのか?」

「駄目だった? ヤバい、ひょっとして?」

 今度は恐る恐ると言う真似をわざわざやってくる。

 一筋の殺気を放ちながら。

 コイツはヤバい。

 ユウキは気配で察すると、拳銃を降ろした。

「おまえは? 人質かい?」

「そうなってるみたいだねぇ」

「名前は?」

「カタハシ・マユミ。十五歳だよ?」

「型は? 人間か?」

「型……はい、十五年型ですね、ハイ」

 ユウキの頭の中は、データを照合しようとフル回転していた。

 だが、マユミに合致する物は出てこない。

 ユウキは息を吐いた。

「面倒くせぇ……」

 彼はフール・レイに用があったのだ。

 それなのに、人質が全滅させてしまった等とは、考えの外だ。

 もっと楽をしたかった。

 せっかく臧目市に送られてきたのだ。

 せいぜい、ふんぞり返って、最低限の仕事で最大限の報酬を頂きたかった。

「え、にぃやんは十四年が良かった?」

 マユミは少し媚びるような上目の視線を送ってきた。

「兄になったつもりはない。製造年数も何もどうでも良い」

 ユウキは相手にしてないかのように即答した。

「なんだよーーー、つまんないじゃないかよーーー!」

「つまる、つまらないの話じゃない」

「なんだよーーー、冷たいぞーーー!?」

「うっせぇなぁ」

 ユウキが鬱陶しそうに辺りを見回した。

 軽く建物全体をパッシブ・スキャンしてみる。

 本当にフール・レイの生き残り反応は、全くなかった。

 面倒なことは嫌いなのだ。

 だというのにこれからのことを考えると、ユウキはゲンナリとなる。

 軽く絶望した。

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