昼間だというのに、薄どんよりとした雲が空に広がっていた。
リオは冬から秋に変わりかけた不安定な天気のなか、時折、白い息を吐いていた。
共同墓地は、同じ個性のない墓石が並んでいる。
その一つの前で、彼女は口に咥えていた香料の紙巻きを目の前の墓に添えた。
「また新しい人間がこっちに来るってよ」
イザマ・コバヤシと書かれた石に向かって、リオは語り書けた。
「いつまで持つかな? なぁ、イザマ」
声は淡々としている。
しばらく、そのまま立っていたリオは、呼ばれている区長の元へ、ノーヘルでニンジャにまたがった。
ユウキは宿舎に荷物を運び入れ終わっているはずなのに、ほとんどの梱包をそのままにしていた。
リビングとキッチン、それに部屋が一つという空間である。
ソファをリビングに置き、テーブルをその前に置いただけで、彼はフローリングの部屋に閉じこもっていた。
カーテンを閉め切り、暗い中を間接照明で照らしあげた証拠やメモをいつものように見つめて、指を這わせている。
「悪趣味までも極まってんのね、あんた」
ユウキの指が一つのメモの上で止る。
部屋のドアの所にリオが腕組みをしながら立っていたのだ。
首だけゆっくり向けたユウキは驚いた風もない。ただ、不思議そうな表情をしただけだ。
「鍵、掛けてたはずだけどな」
「あんなもん、アタシにかかれば、無いも同然」
香料の紙巻きを咥えたリオは妙な自慢をする。
「ふーん、まぁいいけど」
一方のユウキにはまったく危機感がない。
むしろ、異様なほどに関心そのものがない。
「説明してもらいましょうか? あんたがテトリアブを名乗る連続殺人鬼の疑いがあるんだから」
「俺が? 何を根拠に」
ユウキが首を傾げる。
壁には殺人事件や人のプライベートのデータでいっぱいという、不自然極まりないものだった。
「どういう根拠がなくてよ? 大体、なにこの部屋? もう怪しさで溢れかえって大洪水だよ」
リオは敢えて訊く。
「説明とか面倒い事をする義理はないね」
やんわりとだが断言したユウキは、部屋から出ようとした。
「動かないでもらおうか」
リオは懐中時計のような小さな機械を手のひらの上に乗せているのを突きつけた。
変換機だった。
臧目市は電子ネットワークと、個体としてのイマジロイドが労働して作る物によって運営させている。
変換機はネットワークに介入して、物質の電子的変形を行わせるものだ。
今、彼女は廊下の上を地雷原に変えて敷き詰めていた。
変換には性格や感情がでる。
一歩の所に地雷を置けば事足りるのに、廊下まるごと敷き詰めてしまうとは。
変換機はそれぞれ独自の暗号を使うために、奪っても意味が無い。今のところ、暗号解析機はないとされていた。
「おまえ、アホだろう?」
ユウキは呆れたようだった。
これでは、リオ自身も出られないではないか。
ただ、その変換能力だけは評価できた。机の椅子にもたれて、一つ息を吐くと改めてリオに視線をやる。
「訊きたいことは、これのことだけか? なら仕事に必要な資料だといって、納得するかい?」
「ふーん。資料ね。そんな物、事務所に行けば幾らでもあるぜ?」
「個人でまとめたほうが、理解しやすい」
「まとめた物がこのざまかよ」
「ああ」
「気味が悪い。ほんとサイテーな趣味だよ、あんたのは」
「何とでも言えばいい」
ユウキは相変わらず、まるっきりリオに興味にも持っていない様子だ。
その時、二人の携帯通信機が同時に鳴った。
それぞれが耳に当てる。
警保局からの通達だった。
南町の繁華街で、立てこもり事件が発生したとのことだった。
犯人はフール・レイという、ギャングとコミューンの面を持つ集団だ。
「知ってるか、こいつら?」
ユウキは、やっとリオに向き直った。
「知ってるもなにも、半グレで有名な連中だよ。今までちまい事件ばかり犯してたけど、立てこもりとはね」
リオは意外そうだった。
軽く壁を指さす。
「そこには、資料とやらは無いのか?」
「無い」
小馬鹿にするように、リオは嗤った。
「クソみたいな趣味の上に、クソ役立たずか」
「何とでも言ってろよ」
もう面倒くさいとばかりに、ユウキは椅子から立ち上がった。
「早く、廊下のゴミを元に戻してもらおうか。おまえと心中なん最後は、絶対に気に食わない」
ようやく一瞬だけ、ユウキに感情らしさが現れた。
嘲笑だったが。
「こっちだってご免だね」
リオが変換機を握って軽く力を入れると、廊下の地雷は元のフローリングに一瞬にして変わった。
そのまま、彼女は背を向けて玄関に進んだ。
一緒に行く気が毛頭無いのだ。
ユウキも気にした風も無く、出動の準備を始めた。