彩紗は元々、明るいタイプではなかった。
区の最低レベルの高校に上がった時には、破滅的な家にいることができず、学校で友達もいなかった。
彼女は自然と夜の街を一人ふらつくようになっていた。
世の中に不満を持つものが集まるような場所は刺激的で、たちまちのうちに彼女は虜になった。
今までの不満をぶちまけるようにしても、受け止めてくれ共感されて、彩紗は初めて仲間ができた。
祥や等衣などはその頃からの関係である。
それからの生活の荒れほどは酷かった。
うっぷんを晴らすように、毎夜暴れ回った。
知り合った一人に遼もいた。
彼は高校にいながら不思議と気が合った。
それから蜂起である。
彩紗らは戸惑うことなく参加した。
「ホント、相変らずだな」
遼は廊下で、彼女に言った。
「いいじゃん、楽しければ」
彩紗はこともなげに様子だ。
羽香が気分悪そうにあたりを見ると、ガラス窓のシャッターは全て閉まっていた。
廊下は蛍光灯だけの明かりになっている。
無性な虚無感がある。
「おやおや、不平そうなのが一人いるなぁ?」
見ると、眩しいばかりの香澄の笑みがあった。
無性に魅かれた。
横顔に痛いほどの視線を感じる。
遼だ。
羽香は咳払いをして、外面だけでも取り繕った。
「あーこの間オイタしてた奴、良いもの見せてやる」
脚を組んだまま香澄がニヤニヤしつつ細い指を鳴らす。
羽音が響く。
天井から幾匹もの蝙蝠の群れが飛び出し、廊下中に広がってきた。
異臭が漂う。
と思った瞬間に床に、金属と異臭がする肉塊がぶつかるように落ちてきた。
焼けた鎖に身体を縛られた男だ。
異臭は半分腐ったようなただれた身体枯らしていた。
「……祥!?」
すぐに気付いた彩紗は驚きと怒りに満ちた声を上げた。
香澄は意味ありげな表情のまま彼女を見つめている。
怒りの勢いで迷わず彩紗はタイコールの弾丸を全弾撃ち込んだ。
香澄の黒い服に小さな穴が開くが本人は平気な様子のまま、まったく動じなかった。
「てぇめえええぇえええええぇえぇぇぇ!!」
撃鉄が虚しく鳴り響くかとおもうと、彩紗は両手の銃を投げ捨てて蝙蝠がはためく中を香澄に向かって走り出した。
あっという間に蝙蝠が彼女に集まり、黒い塊のと化した。
「……おやまぁ、残念」
余裕たっぷりな香澄は、遼と羽香に挑発的な目を向けてきた。
羽香は珍しく見た目にも明らかに戸惑っていた。
逆に冷めているのは遼だ。
リボルヴァーのシリンダーに弾を一発づつ、無言で込めていく。
「空間封鎖はしないのか?」
落ち着いた顔を上げて、ソファから優雅なまでな立ち振る舞いで立ち上がる香澄を見る。
「必要ないねぇ」
ちいさな蝙蝠たちが辺りに羽ばたく中、ゆっくりと遼たちに近づいてくる。
その笑みから除く歯には明らかに牙があった。
目が異様な光を灯す。
「……遼、あの子は悪くない」
急に羽香が彼のコートの袖をつかんできた。
左手の裏拳で彼女の横っ面を思い切り殴る。
羽香はのけぞって倒れた。
動かなくなったので、気絶したのだろう。
「……吸血鬼ってのは夜に暴れるもんだろうが。真昼間にこんなところに籠ってるんじゃねぇよ」
「どこで何したって自由だろう?」
「迷惑だっつってんだ、ボケ」
「知らないな」
香澄は鼻を鳴らす。
手を軽く上げると蝙蝠たちが集まってきて長い棒状になるかと思うと、金属製の輝く大鎌に変化した。
「裏切者は処分しろって言われててねぇ」
香澄が大鎌を片手で振り上げた。
後ろに跳び退きながら、リボルヴァーを構える遼。
腕が振りあがって丸出しの胴体に、引き金を引く。
だが香澄の全面に壁のように集まった蝙蝠たちが弾丸を吸収する。
蝙蝠の何匹かが炎をまとって床におちた。
「ほぉ、銀弾か」
香澄は面白いと言いたげだった。
遼の頭部に蝙蝠たちが密集しだした。
腕で払いのけながら、遼はふらふらと位置を変えた。
満足げに笑み、香澄は鎌を振り下ろす。
遼は偶然かその一撃を避けて、またよろよろし始める。
「……祥はどこだ?」
「祥ねぇ」
香澄は死体の傍まで来て、 その首筋に牙をたてた。
祥の身体がピクリと痙攣する。
「祥、空間を封鎖しろ!」
遼が叫ぶと、焼けただれた姿の祥は眼球を動かし香澄にやる。
二人が入った空間内で、床は剥がれ壁は錆びていった。
香澄も身体のいたるところが小さく壊死を始める。
「これは……」
彼女は絶句したあと、憎々し気に祥を睨んだ。
祥自身も腐りだす。
「彩紗……先に行く。路上とかで騒いでいた頃が懐かしいな」
呟いた祥は、封鎖している空間を拡大した。
遼は腐りかけた香澄に銀弾を数発撃ち込んだ。
そしてもう見向きもせず、羽香と彩紗の手を引っ張りなんとかエレベーターに乗る。
一階まで下る中、羽香の意識は戻り、彩紗は茫然と床に座り込んでいた。
そびえ立つ区庁ビルの一か所が崩壊し、炎が上がった
人々は一斉にビルから逃げ出てきた。
「どういうことだ?」
怒り心頭という貴市だった。
「どうしました? 丹治産業からでも抗議来ましたか?」
多田津は冷静だ。
一瞬、口雲った貴市だったが、机の上に開いた手を乗せて多田津を睨む。
「君も私と丹治産業の話を真に受けているのか」
「真に受ける? 将来の下り先といえば、今一番力を入れている第二区の企業かと」
「あんなモノは今回の騒乱と関係ない。それよりも区庁ビルで事件が起こった」
「処理済みです」
「負け戦のか?」
「表に出てくれば良いじゃないですか。都築戯晶に代わり第二区の象徴となれば」
多田津は基本、貴市の愚痴聞き相手をしているために軽口を遠慮なく放る。
「これを見ろ」
貴市は区庁ビルの映像を多田津に見せた。
霞がかった巨大ディスプレイには、解放戦線の長である
後ろに仮面を被った少女のような人物がいる。
「気になるのは、コイツが言った『聖化する』という点だ。スティグマータと何か関係があるんじゃないのか?」
「それの関心はあなたの管轄外では?」
「根にあるだろう!? 大体この騒乱下での殺人事件が増えている」
「殺人事件も管轄外ですな」
「蜂起と同時に増えている。これも関係がある」
「根拠は?」
「警察庁からの報告だよ。死体はいずれも半ば腐っているから星は何年も前から活動しているに違いない。しかもだ、衣類などは新しいが死体が古い。三年から四年経ったモノばかりだ。唯一わかっているのは、奴がリリスとかいう名前を使っている点だ。」
貴市のは多少の勢いを上げた口調だった。。
そして、つまらなそうに多田津を見る。
「あとな、記樹遼という人物を公安に洗わせた。あいつらの仲間だろう?」
「元、ですよ」
「彼らによれば記樹が二十三区動乱の火付け役らしいが?」
「何かあったら羽香が彼を処理します」
貴市は疑い深い顔をする。
多田津は、そろそろ聞き役も十分だろうと思い、部屋をでた。
大体、リリスは別件と言い出した本人は貴市だ。
「宮使いって辛いもんだなぁ」
しみじみと嘆息した。