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第3話

 涼はディスプレイの前で、両肘を付いたまま、ため息を漏らしていた。

「どうしたどうしたー」

 リビングで、彼女の背後に露不が立つ。

「いやさぁ、コミュニティの数がね……。これ全部調べるのかいと思ったら」

「面倒か、また面倒が出てきたか」

「管理機構のお偉いさんのこともあるしさぁ」

 涼はぶーたれるように口をとがらせている。

 すでに考えは決まっている。

 だからこそ、面倒くさいとおもっているのだ。

「まぁ、今朝のニュースになった綾萌遙のコミュニティを探ってみる気で入るんだけどねぇ」

「なら行けよ、ついてくから。大体、なんで面倒くさいんだよ」

 露不は単純だった。

「事件が性に合ってないからよ!」

 涼は本音をぶちまけた。

「自分の仕事全否定かよ!?」

「凄くやりがいが有るという意識はあるの! でも無意識で嫌悪する部分もあるの!」

「具体的には?」

「鬼ごっこが嫌」

「なんだよそれ……」

 露不は呆れた。

 彼はすでにジャケット姿のAVAで、準備万端だった。

 一方の涼はジャージにワンピースである。

「ほら、AVA変えて出かけるぞ」

「うー、うーうーうー……」

 涼はうなり声で抵抗する。

「はいはい、行くよ行くんだよ行かねばならないんだよ」

 背後に仁王立ちで、露不は圧迫を与える。

「わかったよー、わかりましたー。着替えてくるわ」

 涼は立ち上がって私室に向かった。

「寝るなよ?」

「寝ないわ!」

 バタンと力を込めて、涼はドアを閉めた。

 彼女が戻ってきたときには、いつもの帽子にパーカー、ホットパンツ姿だった。

「もっとさぁ、政府の役人なんだから、それらしい格好しなよ?」

 露不は彼女を眺めて、息を吐く。

「うっさいなぁ、そんなカタにはめられるのなんか、冗談じゃないね」

「カタとかじゃなくて、威厳だよ。相手に舐められちゃだめでしょう」

 見栄っ張りの露不は、それが最も大事だと言いたげだった。            「君はそれでいいんじゃない? あたしはあたしの主義で行くけどね」

 フンと鼻を鳴らして、彼女は玄関に向かった。

 二人はテスラに乗り込む。

 青山から、目的のヘブンズ・コミュニティがある奥多摩まで、一気に走らせる。

 VRの風景は、雑多で混乱を極め、ヘタをすれば、どこがどこだかわからなくなってしまうほどだった。

 よくみれば、地域性それなりにそれぞれ出ているが。

 今はどこを走っているかクイズで、二人は車内で盛り上がった。

 見事に二人とも、ナビで確認しなくては、正解がわからず、連続でハスレれる。

 それでも多摩に入り、コミュニティのそばで、テスラを停める。

 そこは、柵で囲まれた古びた集合住宅だった。外の掲示板は、居住者向けの注意でいっぱいになり、閉鎖性が浮き上がっている。

 人々の影は無く、ただ風が吹いている様子は、暗く不気味な雰囲気がある。

 涼は事前にコミューンの指導者が、四号棟の三階に住んでいると調べていた。

 コンクリート造りで無味乾燥な階段を足音を響かせながら上ると、名札のないドアの前まで行く。

 インターフォンを鳴らすと、しばらくして筋肉の引き締まったスキンヘッドの青年が、ジーンズだけの姿で、現れた。

「どちら様でしょう?」

 鵜塚禰樹うづか ねじゆは、物腰柔らかく尋ねた。

 この男が指導者かと言うぐらいに、カリスマ性を感じさせない。

 蕩けているような目と、薄笑いを浮かべているただの青年だ。

 涼は一瞬、露不と視線を合わせる。

「はじめまして、探偵局の者です」

 言ってデータを入れた名刺を渡したのは、露不だった。

「へぇ。それで、俺に何のようで?」

 フランクな口調の禰樹は全く警戒心を抱いた様子もない。  

「綾萌遙さんのことで、少々伺いたいことが」

「ああ、遙かぁ」

 禰樹は悲痛な顔をみせてから、すぐに真顔に戻った。       

 彼には部屋に入れようという様子がない。

 立ち話だが、喋ってくれるのならば、涼には文句はなかった。

「あの子は凄かったよ。天才と言って良い。なにしろ、簡単に管理局に侵入しちまうんだからな」

「侵入って、何のために?」

 主に露不が対応する。涼は一歩下がって様子をうかがっているだけである。

「それは、言えないなぁ」

 当然だろう。探偵局の人間は実質警察である。露不も涼もホイホイと喋る訳がないと思っている。

「次に訊きたかったのですが、遙さんは新宿で発見されてます。彼女は良くあそこに言っていたのですか?」

「誰だかに会うって言ってたけども、はっきり言うと、あの子、あの歳で男取ってたからなぁ」

 取らせていたのは誰だと、涼は内心で怒りに火をつけたが、禰樹を睨むだけで抑えた。

 禰樹の答えは、のらりくらりと一向に要領を得ない。   

 男の目が焦点も合わずに、瞳孔も開いているのに、二人は気づいていた。

 露不は、禰樹の首を腕に巻くと、強引に部屋に入っていった。    

 中はまるでゴミ屋敷だ。

 食べかけたカップラーメン、散らばった酒瓶、すでに変色した何かがのった皿、変色した電子家具たち、脱ぎっぱなしの服。

 露不は、力の入らない相手を洗面台に連れて行き、何度か顔面を角に叩き付けて、乱暴に開いた蛇口から流れる水を頭から浴びせた。

「おら、目を覚ませ!!」

 禰樹は低く呻くだけで、さした抵抗もしない。

「……無駄だよ、露不」

 洗面所の入り口に立った涼が声をかけてきた。

「無駄? だってこいつ、クスリを……」

「違うなぁ。そいつの脳は今、電子コミュニティに接続して、この場には意識がない状態だよ」

 露不が思わず涼を見る。

 戸惑いの色が見えるのは、どうしたら良いかわからないからだろう。

 涼は腰にぶら下げたポーチバックのなかから、浸透圧注射器を取り出した。

 露不に投げて寄越す。

 受け取ると、彼は全てを了解し、禰樹の首筋に当てて、ポンプを押しす。

 中身は電脳ネットワーク遮断剤だ。   

 禰樹はすぐに目が覚め、少年型の露不の腕を払い、何度かぶつけられた顔面を手で押さえた。

「なんだ、てめぇら……遮断剤はやり過ぎじゃねぇのかよ」

 静かな口調だったが、目は怒りに燃えていた。     

「俺たちが訊きたいのは、綾萌遙のことだ」

 一歩下がったが、露不はむしろ威圧的に訊く。

「彼女が管理局に侵入していたのは、事実なのか?」

 禰樹は首筋を撫でる。

「ああ、本当だよ。それがどうした?もう死んだ奴のことだ」

「おまえは関わってないと言いたいんだな」

「もちろんだ」

 二人の背後で、涼がコンソールを操作して、管理局にアクセスする。

 今月の侵入事件だけを調べても、百件以上はいる。

「ガバガバなシステムだなぁ」

 彼女は呆れた。

「いや、侵入しやすくなったのは、ここ最近だぜ、お嬢さん」

 調子を取り戻したか、禰樹がニヤニヤと笑んでいた。

 ハッキングから身元を割り出す作業には、数日かかる。

 正直、そんな手間をかけたくは無かった。

 だが一見して見てみると、侵入される日が、特にまとまっているパターンをみつけた。

 コニュニティが管理局に侵入する理由は一つだ。ネットワークを切って管理下から脱するのだ。

「で、綾萌遙にハッキングさせて何してたんだおまえら?」

 露不が追求する。

「……知らねぇよ」

「子供に押しつける気かよ!? 言いように利用して、死んだら好都合だ尻尾切りってやつかおい!? 最低だな、おまえ!!」

「……大体、遙はウチのコミュニティにいたっていっても、ほとんど誰も相手してなかったんだよ」

「無責任にも程がある」

「うるせぇよ、クソガキがさっきからよー!」

「もういい、露不」

 涼は少年が激高する前に止めると、その袖を一度軽く引いてから、部屋を出る。

 こんな汚物の家には、用はないのだった。




 涼は露不とともに事務所に戻った。

 執務机についた彼女は携帯通信機をポケットから取り出して番号を入力する。

 相手からすぐに反応があった。

『どうした?』      

「調べたのですが、犠牲者のほとんどは管理局にハッキングしているか中継点として利用されている素体かですね」

『なるほど』

「まぁ、これだけで絞れるとは思いませんが、これからも調査を続けます」

『わかった。ありがとう』

 涼は通話をきると、ディスプレイを消した。

 椅子にもたれ、両手を挙げて伸びをする。

「これで、しばらく怠けられるぅー」

「おいコラ」

 露不はソファから、叱るように睨んでくる。

「適当に調べたとかいったあげくに怠けるとか、おまえ大概だろう、それ」

「だって、犠牲者の共通項がそうとしか考えられないんだもの」

「勘で調査報告するな、信用問題になる」

「当たってるから、大丈夫よ」

 涼は妙に強気な確信を込めて主張を続ける。

「おいおい、これから裏取りの確認作業しなきゃならないぞ」

「えー、露不だってぶち上げるときはぶち上げろみたいなこと言ってるじゃないかー」

「俺は虚偽の見栄は張ったことねーよ」

 さすがに露不は涼の適当さに、機嫌を悪くしているようだ。

「ハイハイ、裏取りのデータを調べるから、手伝ってよね」

 軽くかわす涼は、面倒くさげに、再びディスプレイを空中に開く。

 犠牲者の少女達がネット内に残した足跡を一個一個だどるという、地味な作業を、追跡プログラムで一気に処理してしまおうとする。

 露不に文句は無かった。

 やがてできた複雑に線の交錯する立体の図に、二人は見入る。

 涼の想像通り、その真ん中に管理局のデータベースがあった。

「よっしゃー、当たりだ。はい、露不罰ゲームね」

「マジかよ、おい……」

 涼はいやらしい笑みを浮かべて、露不を見る。

「女装してみようか、露不」

「女装!?」

 涼は楽しげな表情をしながらうなづいた。




 借りたのは南青山にある、隣接するワンルーム二つだった。

 露不用の部屋には見えないよう、玄関から、室内まで十個ほど監視カメラと盗聴機をつける。

「本気とは思わなかった……」

 露不は、十二歳のAVAを被らされる。

 だが、何事にも派手にこなそうとする彼は、部屋をまっピンクの家具に統一して、これ以上無い女の子の部屋を作った。

「あのねぇ、露不、十二歳といったら、もうそろそろ、そんな時期は……」

「個性!!」

 遠慮がちに口をだした涼に、露不は堂々と主張する。

 その日から、涼が露不を中継に使い、管理局へのハッキングにいそしむことになった。

 露不はそのまま、涼に電脳を使われながら、買い物や、一人で近所の繁華街で遊んだりする。

 数日後、気がつくと露不はどこからか常に人の視線を受けていると感じた。

 一つではない。複数だ。

 管理局からのものも有るだろう。

 逆探知は涼に任せるとして、露不は平和な日常を装って、日々を送った。

 露不は上野にある公園で、ベンチに座りコンビニでかったパンを食べていた。

 急に眼前に人影が現れる。

 八十代のAVA。

 杖をついた、いかにも好々爺といった雰囲気だ。

「こんなところで珍しい。お嬢ちゃんは、私と同じ趣味をもっているね」

「同じ趣味?」

 露不は女児に化けていることを忘れてはいない。

 首をかしげ、わからないと言った笑みを浮かべる。

「私も管理局への侵入を趣味にしているのさ」

「……へぇ」

 こいつか、と露不は思った。

 すぐにネット内で、涼に信号を出す。

 だが、涼はもう少し様子を見ろと返事してきた。

「おや、警戒させちゃったかな。じゃあ、私は去ろう」

「……待って。もう少し、お話を聞かせて?」

 露不に引き留められた老人は、ニッコリとして、失礼すると呟いて同じベンチに座ってきた。

「で、さっきの話なんだが、私を手伝ってもらえると嬉しいんだよ」

「どうやって手伝うの?」

「『ピッカーズ』というハッカー集団がいるんだが、お嬢ちゃんも参加してほしい」

「おじいちゃんはそこにいるの?」

「そうだね」

「わかったよ。アクセスしてみるね」

 少女の露不に老人はアクセスキーと個人認識キーを電脳で渡した。

「よっこらしょ。じゃあ、そこで待っているよ」

 老人は、ゆっくりと公園から消えていった。

「どうよ、涼。糸口掴んだぜ?」

「早く家に帰りな。部屋はこっちに来てね、調べるから」

 得意げな露不だが、逆に涼は冷静だった。

 南青山の家に戻ると、隣の涼の部屋に入る。

「なんで、涼のほうなんだだよ?」

 綺麗に、ベッドとテーブルしかない部屋だ。

「あんたの部屋に侵入者がいたんだよ。本物の」

 露不は不適に微笑んだ。

「で、その侵入者ってのは?」

「大体、十五六の少女で、家の中をカメラで撮って、帰って行ったわ。おそらく以前から目を付けられていたのかも」

「『ピッカーズ』の爺さんと関係なしにかよ」

「わかんないなぁ。以外と同時かもしれないし、別物かもしれないし」

「まぁ、まずは『ピッカーズ』からだな」

 涼は露不の代わりに、電脳で『ピッカーズ』にアクセスした。

 青紫の空間が広がり、幾つもの顔の無い影のようなAVAの姿がある。

「おや新人かね?」

 影が一つ、彼女に話しかけてきた。

「招待を受けてきたのですが」

 涼は直接相手に個人認識キーを送信する。

「なるほど。あなたもですか。歓迎いたします」

 何を言っているかわからず、へたなことをしゃべれない涼は沈黙した。

「まぁ、初めていらっしゃったのですから、緊張するのはわかりますが」

「ええ、公園で老人に招待されまして。本当に何もわからないのです」

「老人。ほぅ……なら、正式なものと言えますね。では説明いたしましょう」

 空間から、彼以外の影が急に消えた。

「我々『ピッカーズ』は、地球にいる人間から、VR界を分離するのを目的とした集団です」

「VRを分離? 調べたのですが、それと少女を中継点にしている者ばかりを集めるのに理由が?」

「それは、彼女らは人間達の関係者なのですよ。たとえば、愛玩用、例えば子の無い家庭の慰め用などです。そして、それら違法な利用法を追求するために、彼女らをつかっているのですよ」

「ということは、管理局を狙ってますが、相手は関係者ということになりますね」

「察しがいい」

 影は笑ったようで、続ける。

「その通りですよ。ウチ、いくらかは管理局と無縁な子らですが、中核は関係者です」

「S・リッパーが狙っているのは、そういう子らでしょうか」

 影はうなづく。

「S・リッパーについては、言うことはありません」

 拒絶が肯定の意味になっている。

 再び、空間が雑多な影が往来する場所に戻った。

「ご協力、願いますな?」

 涼はうなづくしかなかった。




 瑠琥は涼からの報告をディアブロを運転中に受け終わった。

 助手席にはユーニを抱えた、鳴喩が体育座りしている。

「『ピッカーズ』ねぇ……」

「あー、またヘンなこと考えてるー」

「別にそんなんじゃねぇよ。ただ、やりやすくなったなって思っただけだ」

「ねぇ瑠琥?」

 鳴喩は改めるように、彼女を帽子のしたから真っ直ぐに見上げる。

「あのね、無理しなくていいんだよ?」

「何の無理だよ?」

 瑠琥は鼻を鳴らした。

「管理局の仕事ばかりじゃ無いの、知ってる」

「これも仕事だ」

「それが無理だよ。だって、S・リッパー自身を殺せばいいだけじゃない」

 瑠琥はチラリと少女に目をやる。

「可愛い顔して、随分と物騒なこと言うじゃねぇか」

 彼女はケラケラと笑う。

「もう、冗談で言っているわけじゃ無いんだからね」

 鳴喩は怒った風な声をだす。

「まぁ、おまえもどうにかしてやらなきゃだよなぁ」

 人形を抱いて、鳴喩は正面を見つめたままだ。

 瑠琥は霞ヶ関に向かっていた。

 官庁街の近くにある、官僚用の集合住宅の一つのまで、ディアブロを停めた。

 夜の八時半だが、帰ってきているか少し心配だ。

 それでも瑠琥は鳴喩をつれて、オートロックに電流を流して壊し、中のエレベーターに乗り込む。

 今の時代だというのに、表札には丁寧に名前が書かれていた。

 安岐來須あき くるす。国土交通省の、若いキャリア官僚だ。

 瑠琥は早速インターフォンを押す。

 來須らしき男が、すぐに出てきた。

「……どちら様で?」

 三十一歳か。瑠琥達とは違い、まだまだ若い人間だ。

「はじめまして。管理局からきました、瑠琥と言います。S・リッパーについておたずねしたく伺いました」

 來須は廊下をみわたしてから、入るように言った。

 と言っても玄関だけだった。

 奥まで入れる気など、さらさら無いようだ。

「あまり物騒な話で家まで来られるのは正直迷惑だなぁ。周りの目もある」

 彼は本音をいきなりぶつけてきた。

「確か安岐さんは、愛玩用にVR用のアンドロイドをご使用でしたよね」

 瑠琥の言葉に、來須は顔を赤らめて睨んできた。

「それがどうかしたか?」

「忠告に来たのです。狙われていると」

「何故、あの子が!?」

「それは、あなたも知っているはずですが?」

「私は、衛星の担当じゃないぞ、アレはウチの上が独自にやっていたことだ! 大体、年代が違うだろう!」

 二十年前のことだ。

 アメリカの宇宙軍を皮切りに、諸国はこぞって宇宙に衛星を飛ばし、今やコロニーもある。

 日本も宇宙移住者をまもる為に宇宙防衛隊を組織していた。

 現在、地球に落下中で騒ぎを起こしているのは、その中の一つだった。

「アレを落とそうとしたのは、あなた方の世代ですが?」

 瑠琥の口調は普段に比べて常識的に丁寧だ。内容は辛辣だが。

「貴様、管理局から来たといったな。どこまで知っている?」

 來須は瑠琥を睨む。不気味なほど冷静な口調だった。     

「今度落ちる衛星は、軍事衛星という表の顔と、VR中継地という、顔がありますね。あれが落ちると、一部のコミュニティしか残らず、しかも完全に人間界から孤立した空間になります」

「何が言いたい!? 脅す気か!?」

「いえ。未来があるというのは良いことですね」

 瑠琥の放つ皮肉に、來須は何の反応も示さなかった。

「ただし、世の中そうそうに思うと売りには行かないんですよ」

「何だ、貴様は!?」

 ポケットから瑠琥は握った拳銃を取り出して、來須の顔面にむけた。

「VR界を人間の天国になんか、させません」

 引き金を二回絞った。

 來須の頭は爆発したかのように、吹き飛ばされて、そのまま身体が倒れる。

 瑠琥は鳴喩を連れて、室内に入る。

 おそらくVRの世界を主に活動していたのであろう、室内は最低限の家具しかない、シンプルな者だった。     

 ソファに一人、少女が座っている。

 不思議そうな顔で、十歳程の髪を団子型に結び、ワンピースを着た無邪気そうな雰囲気をしている。

 VRに接続していないのだろう、ただの素体の人形で、琥瑠らに反応する様子はない。

 型番を調べると、やはり登録されていないものだった。

 瑠琥は思わず笑んだ。

「よし、鳴喩いつものだ、ちょっと来い」

 言われた鳴喩は気乗りしないように、ユーニを抱く腕に力を入れて、一歩一歩近づいていった。




安岐莉愛りあ……」

 悠哉はつぶやきつつ、細かいメモの切り抜きの上に、数枚の写真を壁に貼っていった。

 考え込んでいた。

 今回のは、探していた本物に近いのかもしれない。

 だが、壁のメモを再び見返してみると、どの子も関係がある気がしてきた。

 今までのは、ハズレではなく、繋がっていた?

「おい変態、ご飯はまだ?」

 戸口に明衣香が立っていた。

 安岐莉愛の写真はいつものように、臓器を摘出されていた。

 霞ヶ関にある平将門の首塚をバックにしている。

「飯なぁ。ちょっと待ってくれ」

 何者だ?

 悠哉はS・リッパーの噂が持ちきりな掲示板にアクセスする。

 そこには、S・リッパーが起こした事件や勝手な目撃情報、人相の予想など、適当で無責任この上ない書き込みでいっぱいだった。

 悠哉は、S・リッパーを見つけたとして、今までの事件のデータを小出しに貼り付けていった。

 そして、次に狙われるのは、古伊家深麻こいけ みま、十ニ年型だと追加した。

 掲示板を閉じ、悠哉はキッチンに向かった。

「まー、簡単にラーメンで良いだろう?」

 すっかり普通の青年に戻った悠哉は、明衣香に声を投げた。

「いいよー、豚骨でビールが一緒ね」

「飲む気かよ」

 悠哉は軽く呆れて、鍋の水を煮始めた。

「まぁ、できるまでポテチ食べてるね」

「飯食う気あるのよ!?」

 思わず、悠哉は訊く。

「お腹空いてたまらないんだよ。いいじゃん、これぐらい」

 悠哉は勝手にしろと言って、煮立った湯に麺を投入する。

「後で外出するから、食ったらどっか行ってろよ」

「んー、ここにいるー」

 半ば予想された言葉だったので、悠哉はあえて何も言わなかった。

 市販の豚骨スープをどんぶりにいれて、具はチャーシューとネギだけだった。

 テーブルに置いて、冷蔵庫から缶ビールを二本取り出す。

「できたぞー」

「はいなー!」

 早速、明衣香は椅子に座って食べ始める。

 合間合間に、上手そうに喉をならしながらビールを飲み込んでゆく。

「……それにしても、日に二件ってのは多いね。珍しい」

 彼女はただ話題が無かったので、言ってみたという印象だった。

 麺をすすって、ビールの合間に、くだらない世間話をしていると、あっという間にラーメンはなくなった。

「洗い物は頼んだ」

「任せとけ、見守ってるから!」

「それだけかい!」

「当然。洗い物は作った人がやるんだよ」

 指を一本伸ばして、まるで教えるかのように言う明衣香だった。

「へーへー、わかりましたよ」

 悠哉は明衣香の目を見ないで返事をすると、リビングを通って私室に向かった。

「あー、それ聞いて無い態度だー!」

 遠くから聞こえたが無視して、椅子に座るとディスプレイを開く。

 掲示板の書き込みがこの短時間で大量に増えている。       

 適当な文字は無視して読み流していったが、古伊家深麻はすでに住所も家族ごと経歴も特定されていた。

 自称S・リッパーの犯行予告文もある。

 悠哉が調べた以上の深麻に対する情報はんかったが、犯行が行われたと知れれば、安岐莉愛が本物だったかわかる。

 長年探していた少女だと。

 荷物をもって、彼は深麻の家の監視に向かった。




 掲示板は露不もチェックしているところ、今回の書き込みに驚き、涼を呼んだ。

「へぇ、この子かぁ。これ、信用できるの? ヘタにここまでバラしちゃったら、手出しなんてできなくならない?」

 涼は冷静だった。

「この状況下でやってこそ、S・リッパーだと思わない?」

 露不はどこからか確信を得ているようだった。

「それさぁ、完全に露不の思考だよね」

 涼の声は冷たい。

「なんだなんだー? やる気が感じられないぞー」

「んー」

 露不の言葉に、涼は本気で悩み出した。

「おい、マジでかよ」

 彼は涼の様子を見て、驚き呆れた。

 涼の興味はすでに『ピッカーズ』にあった。

 S・リッパーが捕まりかけているというのなら、すぐにそっちで動きたいのだ。

 正直に話すと、露不は考え込むような様子で、もたれていたソファの上に人差し指を叩き出した。

「まぁ、わからんでもないけどな……順番を考えようぜ?」

「まぁ、そうねぇ」

 テレビでは、再び衛星の落下が近いと報じられ続けている。

 なんでも煽るマスコミは、洗脳するかのようにここのところ同じニュースばかり、流していた。

 S・リッパーの犯行には規則性がある。

 今度狙われるという、古伊家深麻を調べれば、その糸口がわかるだろう。

 情報は全て掲示板に晒されている。

 父親は国土交通省に勤める。     

 母親は科学技術庁の人間だ。

 深麻の小学校での評判は、あまたの回転が速く、明るい性格でクラスの中心。

 住所は霞ヶ関の官僚住宅。

 よく行く街は竹下通りで、年の割におしゃれ。

 涼が引っかかったのは、国土交通省と化学技術庁という官僚機構だった。

 ディスプレイに、今までの犠牲者のデータ一覧を映しだす。

 全員が元、国土交通省か科学技術庁と関わりがあった。

 一時期、人間に娘扱いされていたが、捨てられた子や、現在もその世話をされている子達だ。

 ニュースで出ないのは、報道管制か箝口令でもしかれていたのだろう。

 そして、彼女らはコミュニティに身を置いた。

 『ピッカーズ』と繋がる。

 狙われているのは彼等だ。

 涼はすぐに、『ピッカーズ』のアクセスキーをタッチパネルに入力する。

 前回と同じ、紫色をした空間が視界に広がった。

「おや、お嬢さん、またお会いしましたね」

 影が一人やってきて、挨拶する。

「あなた方、知っていたでしょう? S・リッパーの目的を」

 涼はいきなり単刀直入に訊いた。

 影は答えない。

 だが、雰囲気からニヤついて肯定しているのがわかる。

「そのくせに、放置していたのね? あなた方がVRを人間から取り上げるとかいう理由の為に」

 影は軽く両手を挙げた。

「脅しには最適な人物ですからねぇ。しかも数をこなして無言の圧力もかけてくれる」

 涼は相手を睨みつけた。

「そんなことのために、子供型の素体を殺しまくるなんて、随分、良い趣味してますね」

 影は首を振る。

「どうやらあなたは少々、勘違いをしているようだ」

「思想とか理想とかいうものだったら、いらないわよ、そんな理由の説明」

「違いますね。S・リッパーについてですよ」

「……私があの殺人鬼の何を勘違いしていると?」

「はじめからですね。もっと知りたいのなら、自分でお確かめください」

 涼は強制的に『ピッカーズ』の部屋から放りだされ、元のリビングに意識がもどった。

 思わず舌打ちするかわり、罵声は我慢した。

 純粋な行為だと信じていた。

 だが、全て利用されているだけだった。

 涼は歯がゆさでいっぱいになり、激しく頭を掻いた。




 特に慎重さの必要は感じなかった。

 今のところS・リッパーの正体も身元も全て誰一人として掴んではいない。

 事態を予告されたも同然の古伊家の家族は、様々な嫌がらせがくるので新宿のホテルに生活の場を移していた。

 瑠琥は部屋番号を確かめると、フロントで奪ったスペアのカードキーを差し込んだ。

 ゆっくりとドアの隙間から噴出性麻酔催眠剤のボトルを置いてボタンを押し、ドアを閉める。

 約十分ほど待ち、彼女は今度は堂々と部屋に入り込んだ。

 部屋では、深麻が呆然として椅子に座り、人間の両親二人は、ソファから崩れるようにして、意識を失っていた。

 瑠琥は、五百万ボルトの先が鋭利にとがったスタンガンをとりだして、深麻の鼻の奥に差し込んだ。

 迷うこと無く電流を流す。

 深麻はビクリと身体を震わせただけで、すぐに動かなくなった。

 次に小型の電動ノコギリを手にした瑠琥は、深麻のAVAが消えた素体の腹部を切り裂いた。

 あとはあの変態がどうにかするだろう。

 任務を終えた瑠琥は、もう部屋を一顧だにせずに出て行った。




 悠哉の家に、一枚の紙切れがポストに入っていた。

 ノートの切れ端で、文字もプリントアウトされて手書きのものではない。

 短く、日時ホテルの名前と部屋番号、日時が書かれていただけだった。 

 悠哉はすぐに察して一読すると灰皿の上で燃やした。

 時間が来ると、ゲームに夢中の明衣香を置いて一言も発さずに家からディアブロに乗り込む。

 ホテルの部屋に、ガスマスクをして入ると、いつもの通りに、腹部を切開された半分素体になった少女が椅子にもたれて死んでいた。

 悠哉は手袋をはめて、彼女の腹部から、臓器になっている機械部品を引きずり出す。

 カメラを用意して、深麻を何枚も写真に撮る。

 呼ばれたものの、内心、また違うという失望があった。

 急に物音がして、悠哉は思わずそちらに振り向く。

 バスルームのなかから、帽子を被りだぼシャツとサルエルパンツの少女がよろけながら出てきた。

 ぼんやりとした目で悠哉を見つめながら、足下もおぼつかないで壁に手をやって身体を支えている。

 見られた。

 悠哉は一瞬、逃げようかと思った。

 だが、すでに彼は見られている。

 彼は覚悟を決めた。

 放電ナイフを腰から抜き、動きの鈍い少女に迫ると、迷い無くその腹部に突き刺してえぐる。

 彼女は呻き声を上げた。

 床に真っ赤な鮮血が溜まって行く。

 血だと……!?

 悠哉は驚いた。

 脈動がナイフから手に伝わってくる。

 彼は恐慌状態になって、少女に馬乗りになり、滅多刺しにする。

 だが、少女からは血が流れるが、その姿に変化は無い。

 AVAだ。

 人間がAVAを着ている。

 悠哉はその事実に我に返った。

 この子が探していた少女なのか!?

 とっくに本体は死んでいるはずなのに、AVAの姿は、不思議そうに悠哉を見つめていた。

「どうして、こんなことをするの?」

 彼女のAVAは立ち上がり、悠哉を見下ろすと、ホテルの部屋から駆け足で逃げていった。

 いたのだ。

 人間からAVAになった者が。

 探していた、全ての糸口。

 悠哉は歓喜に震えつつ、その場で意識を失った。




 山の中の小屋では、酒の入ったコップとジュースのカップがテーブルに置かれていた。

 黒華と燈亜が向かい合って椅子に座っている。

 テレビのニュースでは、二つの衛星が大気圏に突入したとライブで映されていた。

 原因の究明も、すでにされている。

 一部官僚による人間の完全宇宙移住計画があったが、古いものである落下している軍事衛星が、それを領域侵入者と認識して攻撃されかねないので、廃棄・破壊のために地球に落としたとのことだった。

「で、どうだった、化嶋悠哉は」

 黒華が訊いた。

「んー、楽しかったよ。それなりにね。黒華こそ、砂良涼は?」

「良かったよ。原因も暴かれたしね」

 燈亜は笑んでうなづいた。

「そろそろだね……」

「うん。燈亜は大気圏も耐えられるかとおもったら、無理だったみたいだね」

「何しろ、ポンコツだから」

 二人は笑った。

「じゃあ、二人の冒険に」

 黒華がカップを掲げると、燈亜もグラスをもった。

「出会いと別れに」

 二人は乾杯した。

 ちょうど、テレビに映っている落下中の二つの衛星が真っ赤に染まった時だった。

 最後に彼女らの姿が消えると、二基の衛星は爆発した。


               了

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