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第2話

『由々しき事態だ』

『連続殺人の件だな』

『電脳世界が震撼している』

『計画はどうなっている?』

『支障はない』

『ならば、多少急がねばならない』

『指示はすでに出している』

『ならば良い。失敗は許されないぞ』

『わかっている失敗は我々の死に繋がるのだだら』



 四月六日。

 VR界に緊急非常事態宣言が出されていた。

 琉琥るくは目覚める。

 十九歳型の見た目だ。緋色の髪を肩のところで跳ねさせ、大きな瞳に小さい唇をして、小柄で華奢な身体は裸だった。

 素体が収納されていたポットから押し出されるようにでるまでに、黒いブラウスに茶色のサスペンダースカートの上からコート、軍靴が姿に付加される。

 彼女はVR管理機構の非常任務執行者だった。

 頭の中に、今までの犯行情報が一気に流れ込んできていた。

 現在、特別探偵管理局の砂良涼が担当している事もである。

 どこか身体がおかしい。

 琉琥は混乱していた。

 不具合の警告が脳内で響いている。

 だが、琉琥はそんなモノに構っている性格ではなかった。   

任務が与えられれば実行するだけだ。

 一仕事終えた彼女は、建物をでた。

 停めてあったディアブロの中には、記憶検索に合致する少女が、助手席で正体不明のモコモコとした四肢のあるぬいぐるみをいじっていた。

 幼児を相手するかのように何かを喋り掛けては笑ったり怒ったりと、独り夢中になっている。

 明るく柔和な相貌で野球帽を被り広い額を出している。灰色の髪が帽子から垂れていた。華奢で小柄な体軀には、ダボシャツと七丈のサルエルパンツをはいていた。靴はバスケットシューズである。

 ぱっと見、十二歳型だ。

 瑠琥は、ディアブロのフロントカバーを手の平で何度か叩いた。

 助手席に七緒鳴喩なお なゆに対してである。

 気づいた咲鳴枝は、誰が見ても不満だという表情を瑠琥に向ける。

「……ちょっとー、人を猫みたいに扱わないでくれる?」

 鳴喩はそっとぬいぐるみを脇に置くと、瑠琥に視線をあげる。

「うっせぇクソガキ。人の車に勝手に乗るな、汚してたらバラすぞ。なんだその人形は」

 瑠琥は罵声を浴びせながら、運転席に乗り込んだ。

「ユーニだよ。偉い子だから、汚すことなんてしないよ。ユーニも言ってるしね」

 両手で、ぬいぐるみを差し出してくる鳴喩。

 瑠琥は思わずたたき落としてやろうかという、衝動を抑えて、なんとか軽く押し返すだけにとどめた。 

「おまえよー、もういい年なんだから、そのお人形さんとか、何にでも話しかける癖やめたらどうだ?」

「瑠琥にも?」

 彼女は、考えを変えてユーニを叩き落とした。  

「ああ、ユーニ!?」

「失礼なことこの上ねぇぞ、クソガキ」

「なんだよー、みんなここじゃ似たようなもんじゃないかー」

 鳴喩はわざといじける風に、ブツブツとユーニを労りながら、無い埃を拭いとっている。

「しっかし、おまえ、本当に趣味悪いな」

「今度はなにさー?」

 シートベルトも絞めずにエンジンを掛けると、非難がましい鳴喩も見ずに言う。

「俺が出てくるたびにくっついてくるだろうが。いつも、いつの間にか」

「酷い言い方するなぁ。あたしはこれでも、瑠琥を心配してるんだよ?」

「なにこれっぽっちも思ってないこと言い出してる。お母さんかよ」

「やだなぁ、瑠琥が出るってことはVRが酷い事態になったときじゃん」

「で、おまえみたいなクソガキに何ができるってんだよ」

 ディアブロは郊外の地域から公道に乗った。

「んー、楽しむ?」

 瑠琥はまた、ユーニを叩いた。

「やめてよ、冗談だよ、ユーニも痛がってるよ」

「ぬいぐるみは喋らん」

「みんな喋るよ。瑠琥達はそれが聞こえないだけ」

「おまえは、俺なんかといないでお花畑で遊んでろ」

「あー、人を信じられなくなったら終わりだよー、死んだおじいちゃんが言ってた」

 瑠琥は舌打ちする。

「余計なお世話だ。なんでおまえの死んだ爺さんにまで口だされなきゃならねぇんだよ」「みんなに心配されて、よかったねぇ」

「よかねぇよ。俺は黙って生きて、黙って死ぬのが仕事なんだよ」

「そういう言い方は、駄目だよ、瑠琥」

 思わず言ったが、瑠琥は苦々しく口を閉じた。

 彼女の役割は、VRの崩壊を未然に防ぐような事態に対処することである。

 ただ、それだけの存在なのだ。

 瑠琥自身はなんとも思わず、任務を遂行するだけだと思っている。

 ただ、鳴喩といると調子が微妙に狂うのだ。

 瑠琥への指令は、自動的に送られてくる。それに答えるように、普段眠っている素体がが目覚める。

 あとは、自力である。

 放り出されると鳴喩等は表現するが、瑠琥にすれば、余計な情報は邪魔になるから必要ない。

 青山にまで来ると、国道から狭い奥の道に入る。

 小高い丘の上にある、まるで西部劇にでも出てきそうな、サルーンタイプで二階建ての家が一戸建っていた。

 瑠琥はその前にディアブロを駐める。

 砂良事務所と、表札に描かれていた。

 裏手があり、そこからは二階の自宅に繋がっているようだ。

 瑠琥はインターフォンを鳴らす。後ろには、鳴喩がユーニを抱きながら立っていた。

 中から、重い足取りが床板をならす音が聞こえる。

 五秒ほど待つと、鋼鉄のドアの向こうから、低く重々しい声がした。

「ハイ、こちら砂良事務所ですが、ご依頼ですか?」

「瑠琥だ。わざわざ格好つけてんじゃねぇよ、めんどうくせぇな、露不」

「なんだ、瑠琥かい」

 トタンに少年の声がして、扉が開いた。

 小柄だがスーツ姿の少年、露不がにこやかに姿を現す。

「涼はいま寝てるから、起こしてくるよ」

 午後九時半だった。

「ああ、たたき起こせ」

 言って、露不の脇を通って事務所に入る。

 中は、暖炉の前に執務机が置かれ、テーブルを置かれて向かい合ったソファがあり、壁紙はレンガ風。天井には、シーリングファンがゆっくりと回っていた。

 露不は二階に続く階段を上っていった。

「良い雰囲気の部屋だねぇ」

 鳴喩は気に入ったらしい。

「へぇ、こんなのが好みか」

「かっこいいじゃん」

 鳴喩は勝手に執務机につき、両肘を立てて指を顎のしたで組むと、真面目な表情を作った。

「それで、今回の依頼はなんでしょう?」

 できるだけ威厳の有る声を作るが、わざとらしさはいなめない。

「とりあえず、夜食食べたいんですが、何か無いですかね、探偵さん」

 階段口から声がして、二人の視線が集まった。

 そこには、ワンピースの上にジャージという、パジャマ兼部屋着のAVA姿をした涼が立っていた。

 鳴喩はしまったという様子で慌てて席を立ち、瑠琥の後ろに隠れる。

「別に、そこにいても良いよ」

 涼は鷹揚に笑いつつ、あくびをした。

「……いえ、良いです、ごめんなさい」

 申し訳なさそうなうに、鳴喩は小さい身体を震わせる。

「なら、私が」

 脇から出てきた露不が言って机に向かおうとすると、涼はその襟首を掴んだ。

「あんたは駄目」

「え? なんで?」

「なんでじゃない、お茶もってきてよ」

「着替えろよ、その前に」

「いいじゃん、瑠琥だし」

「そういう問題じゃないだろう」

 この辺、全力といっていいほどに見栄を張るタイプの露不と、全く気にしない涼の意見は相成れない。

「さっさと、飲み物もってこいよ、露不」

 瑠琥が口を出す。

 はいはいと、露不は二階に上がっていった。

「じゃ、どうぞ二人とも」

 涼は自ら先にソファに腰掛けると、二人も向かいに座った。

 涼と瑠琥は所属は違うが、お互い必要な情報や技術を持っているので、協力しあうことが多い。

 ぼやきつつも何だかんだできちんと仕事を始末する涼であった。

「で、問題は?」

 涼の問い掛けたとき、二階から露不がトレイをもって降りてきた。

 その上にはカクテルグラスで、緑色に輝く液体が注がれていた。

「お待ちどう」

「……なんだそれ」

 涼は無感動な目で彼を見た。

「ギムレットだけど? みんな好きでしょう?」

「そこに、子供もいるんだぞ?」

 AVAが若いからといって、素体がそうとは限らず、さらにはそれに宿っている意思情報が見た目通りとは限らない。

 だが、自ら作る外見は要求でもあるので、涼は注意を促したのだった。

「どうかわらないけど、探偵いったらギムレットでしょ。飲めるなら、どうぞお嬢さん」「飲めない……です」

 鳴喩は遠慮がちにな小声になっていた。

「いけないなぁ、飲めるようにならないと」

 諭しているのか、むしろ得意げに露不は言い出す。

 テーブルにグラスを並べると、トレイをソファの脇に置いて、涼の横に座る。

 面倒くさいので涼も瑠琥もあえて彼を無視して、話を進めようとしていた。  

「その問題なんだかな」

 瑠琥は話の続きをはじめた。

「VR管理機構のお偉いさんだろたちが、行方不明で機能が別物として動いている」

「それって、今のVR界が不正稼働しているってこと?」

 涼に瑠琥はうなづく。

 VRに満ちている日本の仮想東京は、VR管理機構が管理していた。現実権力の手の及ばない空間である   

「どうして、また。東京VRは変化無く動いているよ」

 涼が疑問をていする。

「それがよくわからねぇ」

 瑠琥が言うと、鳴喩がその横顔を見上げた」

「なら、調べましょうか」

 にこやかに露不が軽く顎をあげる。

 すでに彼のカクテルグラスの中身は、半分ほど無くなっていた。         

 琥瑠はうなづく。

「そうしてくれると、ありがたい」

「瑠琥はどうするの?」    

「俺には別にやることがあんだよ、涼」

「ああ、そう」

 こだわったところを見せず、あっさりと涼は納得した。

 正直、関わると沼にはまりそうなので、あまり瑠琥自身の仕事とかいうものには関わりたくは無かった。

 彼女は単純に頼まれたことをやればいいだけだ。

 よけいなことは考えずに済む、「単なるお仕事」というものは、涼の性に合っていた。




 五月二十九日。

「えっと、F・1984773だけどなn、涼……」

 露不は渋い表情で頭を掻きながら、事務所に戻ってきた。

「素体の製造元まで行ってみたんだがな。そのレーンは無いとのことだわ。無いんだって、存在しないんだって」

 不満そうだった。

 彼としては、颯爽と身元を洗い出すまでいって、解決の階段を二段飛ばしぐらいはしたかったのだ。

 だが最初の段階で詰まってしまった。

「あーまぁ、しょうがないんでない?」

 関心が無いかのように、自分にも他人にも甘い涼は、とがめる様子も無く、自分の仕事に掛かりきりだ。

 彼女は、連絡網でプログラムに詳しい者を五人ほどピックアップして、それぞれにVR管理機構に侵入し、現状を把握するように頼んでいた。

 登録製造番号なしの違法素体の存在はありふれたものだ。

 涼はS・リッパーの仕事は義務としてでしかなかった。

 だから、今はほぼ露不に丸投げしている状態だ。

 だが彼が、壁にぶち当たったというのなら、仕方が無い。

 コンソールを操作して、データを直接露不の電脳に送る。

「そいつなら、何か知ってるかもね」

 露不が確認してみると、風俗店のオーナーというデータファイルである。      「こんなもので、一体、どんな……」

 不満を漏らしそうになった露不はデータ内の店が会員制の店舗チェーンはいいとして、その細かい点を見つけると、項目で口を閉じた。

「十代前後素体専門の変態店オーナーだよ。事情には詳しいだろうね」

「……なるほど……」

 露不は露骨に嫌悪感を出しながら、納得した。

「ほらポチ、棒は投げてやったんだら、さっさと取ってこい」

 涼は意地の悪い顔を一瞬、彼に向ける。

 いまいち乗らない様子だが仕方が無いと首を振って、露不は青山の事務所を出ると、テスラに乗り込んだ。

 場所は新宿である。

 店は地味な雑居ビルを一棟まるごと使っていた。

 派手である。

 何でもありのVRの世界では、闇と言いながら、違法ではないのだ。         正面から入ると、にこやかな青年が赤い清潔そうで綺麗な内装の奥から現れた。

「いらっしゃいませ。当店は初めてですか?」

「……客じゃない、こういう者だ。オーナーに会いたい」

 露不は重々しい態度で、砂良事務所の名刺を渡した。

 相手の男はそれを見ると、こちらで少々お待ちくださいと、待合室ではない、別室に通された。

 コレと言った特徴の無い薄暗い部屋で、なぜかベッドがあり、その向かいにソファが置いてある。

 露不がソファに腰掛けると、ノックされたドアから、薄い生地のタンクトップにオーバーオールスカートとニーソックスを穿いた十歳型の少女が、現れた。

「お兄ちゃん、待ってる間、綾と遊ぼう?」

 満面の笑みで、駆け寄ってくる。

 露不は冷たい目を向けて、空中のタッチパネルを操作する。

 綾と名乗った少女は、あっという間にAVAを露不に剥奪されて、簡素で飾り気の無い素体の姿になった。

「あれ? あれ?」

 綾はいきなりのことに混乱したように、自分の身体を見る。

「調子が悪いようだね。良いから帰りな。俺はオーナーを待っているから」

 冷静な声で露不が、ドアを開けて外に促す。

 綾は幾分しょんぼりとした様子で、部屋から出て行った。

 改めて露不が待っていると、十分もしないうちに、戸口に男が現れた。

 三十代型。整えた髭に、灰色の髪は後ろでなでつけている。口には、火の点けていない煙草を咥えていた。

 とても幼児風俗のオーナーとは思えないほど、ダンディズムという言葉が似合う相手だ。

「よぉ、坂貴さかきだ。涼のところから来たらしいな。せっかくサービスで一人くれてやろうとしたのに、突っ返すとはねぇ」

 ニヤニヤと、露不を眺めて、向かいの別途に足を組んで座る。

「あれだろう、S・リッパーのことだろう?」

 坂貴は饒舌だった。黙っている露不を無視して、一人で喋る。

「アレには俺も参っていてな。何しろ商売が商売だ。扱ってる子達も、怯えてな。中には客すら取らなくなった奴もいる。ガキはナイーブだよなぁ」

「犠牲者の一人を解剖したところ、製造番号が登録されていない子と判明しまして、ここに来た訳です」

 露不は割り込むように言った。

「そんな奴なら、ごまんとあふれてるよ。まぁ、行ってみな?」

 坂貴はリラックスした様子で驚きもしない。

「F・1984773です」

 失笑が返ってくる。

「未登録とはいえ、番号の適当さが酷いわ。よくそんなランダムな数字覚えてるな」

「記憶野にペーストしてますので……」

 坂貴は空中のコンソールに、命令を入力する。

 答えのデータは全て彼の電脳の中に出てくるらしく、ディスプレイは出現しない。

「あー、Fの19と……」

 しばらく彼は空中に視線を踊らせていた。

「ああ、名前は水嶋薫。十三歳型で、足立区在住だそうだ。珍しく、まともな生活送ってるぜ? 中学にも通ってる」

 露不は納得いった様子では無く、顔をしかめつつ首をかしげる。

「被害者はいままで、孤児ばかりでしたが……」

「知らないよ」

 坂貴は一蹴する。

 現在の犠牲者は五名。薫という子を抜かせば、皆孤児である。

「念のために、以前の被害者も調べてくれますか?」

「どうぞ」

 坂貴は鷹揚にうなづいた。

 露不が名前と歳、製造番号を列挙し出すと、坂貴はコンソールにいちいち入力してゆく。

「あー、ウチじゃ取らないやつらばかりだな。

みんな、いろんなコミュニティ出身者ばかりだ。まぁいろんなって言っても、ヘブンズ・コミュニティというのは、一致しているが」

 ヘブンズ・コミュニティについては、職業柄、当然、露不は知っている。

 一言で表現すれば、ドラック愛好者で反社会的人間の集まりだ。

「そのコミュニティを全部教えてくれますか?」

 坂貴が無言で、露不の電脳にデータを送ってくる。

「ありがとうございます」

「何か臭いところばかりだ。調べるってなら、気を付けた方が良いぞ」

「はい」

 露不は礼を言って、坂貴のビルを辞した。




 深夜、悠哉は上野の住宅街にある公園に一人、立っていた。

 すでに辺りの様子をしばらく念入りに伺って、時間も五分と決めてのことだ。

 ベンチには、手足を投げ出した状態で小さな少女が座っていた。

 可愛い銀の長髪だが、頭部以外のAVAは剥がされている。

 露出している素体はいつも通り、腹部を裂かれていた。

 悠哉は、熱心に写真を撮る。

 少女の名前は綾萌遙あやめ はるか。十歳型。

 水嶋薫の例外を除いて、孤児だ。

 VR東京には、孤児が溢れている。

 悠哉が見るところ、ここ一年で急増していた。

 彼はひと作業終えて、一端帰り、久遠が本物かどうか調べねば無かった。

 少々遠く、歩いて十五分のところに停めたクーペに戻り荷物を助手席に放り投げると、エンジンを掛ける。  

 ここから、まっすぐ鶯谷の家に帰る。

 家の窓にはカーテンが閉められて、明かりが隙間から漏れていた。

 出た時、まだ夕刻だったのでカーテンは開けっぱなしだったはずだ。

 ファーストフードと立ち飲み屋に寄り、現場へとむかったのだ。

 明衣香だろうか?

 家から離れたところで車から降りずに、悠哉は彼女に電話してみる。

『やぁ、悠哉。待ってたぞー、ご飯は食べた?』

「……おまえか。勝手に入るなよ。腹はまだ減ってない」

 悠哉は言葉の割に、答えに期待していない。

『そっか。ならいいや。早く帰ってきな』

 どこか納得いないが、悠哉は車を車庫にいれて、荷物の大型バックをもって自宅のリビングに現れた。

 明衣香はソファに座って、テレビを眺めていた。

「ハイお帰り。どうだったさ?」

「まぁまぁかな。ちょっと作業するから、おまえは好きにしてろ」

「見たい!」

「駄目だね」

「なに? もう悠哉の私室は探索済みだし今更何を隠すのかなー?」

 明衣香はヘラヘラと笑う。     

 悠哉は表情が凍り付いた。

 思考が一瞬停止して稼働を始めると、一気に明衣香に殺意が湧き始める。

「そんな怖い顔したって無駄ー。もう見ちゃったもの。ちなみに、隠してあったエロコレクションもね」

「……あの部屋に勝手に入ったのか……?」

 悠哉は鍵を掛けている私室のことを、冷たい態度で、確認するように訊いた。

「そんな怖い顔しなーい。今更って感じだよ。大体、アレ見てもっと悠哉が気に入っちゃったんだから」

 悠哉は、荷物をもったままリビングに立ち、どうしようか迷っている様子だった。

「で、今回の『お仕事』はどうだったの? 凄く興味ある!」

 無邪気に笑う明衣香に、悠哉は結局、落ち着いた。

「……あれが気に入るなんて、とんでもないド変態だぜ、おまえ?」

「うわっ! 何この人、自分のこと棚に上げて言い出したよ!」

「うわ、礼儀知らずの詮索好きが何か、自分だけ良い子でいようとしてるよ、このガキは!」

「うっさいな!」

 結局、悠哉は不問にして、荷物を私室に持って行こうとする。

 ニコニコとその背を明衣香はついてきた。

「ついて来んなよ」

「えー、なんでさー? いまさらじゃない」

 悠哉としては、最低限安全は確保したかった。

 明衣香は信用できるのか。

 今更にその点にこだわりができる。

「大体、元々何してるかなんて知ってるし、手伝ってたし。じらしですか? これは新たなじらし?」

 悠哉はため息を吐いた。

 私室のドアを開けて、中に入る。

 その乱雑な机の近くと、壁一面に張られたメモや写真、そして、棚に置かれた素体の一部の羅列。

「ひっどい部屋だなぁ」 

 明衣香は改めて、醒めたような目で部屋を見渡す。

 彼女の感想はそれだけだった。

 他にあるだろうと、悠哉が思ってしまったが、最初から何をやっているかわかっている娘だ。そんなものかもしれない。

「さっきから自分で言っては自分で勝手に引いてないか?」

 悠哉は、荷物を台の上に置いて、中からカメラなどを取り出しながら、チラリと彼女を見る。

「引いてるんじゃなくて、呆れてるんだよ」「何を今更……」

 彼は鼻を鳴らす。

「で、ニュースずっと見てたけど、新しい事件はまだやってなかったよ。今回は、どんなのなの?」

「あれがニュースになるのは、今晩辺りだろうな」

 悠哉は手袋をはめる。

 カメラに撮った映像が入ったチップを機械に入れて、自動で現像する。

 他に取り出したのは、腹部内の臓器に当たる機器の部分だった。

「うぉぅ、それ。さすがに生々しいなぁ」

 明衣香は悠哉の持つ手の中を、その腕を掴んでまじまじと見つめる。

「……まぁ、見たいならどうぞ」

 悠哉が渡そうとすると、彼女は一歩引いて、ブルブルと首を横に振った。

「いやいや、見るだけでいい、見るだけで」

 結局、二人は同類なのだ。

 現像された写真を、メモの一群が固まった壁に、丁寧に両面テープで貼ってゆく。

「ほー、可愛い子だねぇ」

「そうだな。名前は綾萌遙、十歳型だ。孤児なんだが……」

 悠哉は言葉を一端止めた。

「ふむ。またコミューンの構成員だねぇ」

 少し驚いたが、悠哉は表には出さなかった。

「まぁな。その方が、家庭持ちよりも足がつきにくいからな」

「でも今回はあたしが調べなかった子だね」

 言い方に少々の不満が現れていた。

「偶然、見つけたんだよ。明衣香の手伝いをしてもらう暇がなかった」

「偶然? そういうの危なくない? もし罠だったりしたら……」

「……だが、我慢できなかったんだ……」

 悠哉の強烈なる衝動。

 偶然が訪れた時、一応辺りを警戒しつつ次回を待つようにと自制を試みたのだが、結局は誘惑に負けた。

 何しろ、一ヶ月近く追っていた少女なのだ。

 このチャンスを逃せというほうが、悠哉には難しかった。

「んもー……今回はもうやっちゃったことだし良いけど、今度同じことしたら黙ってないからね」

 仕方ないといった風で、喋りながら部屋を出る明衣香だった。




「ほら、こんなに!」

 黒華は、小屋の裏の菜園で、赤いトマトをもぎ取り、燈亜に見せた。

「いいねぇ、美味しそう」

 燈亜は、長靴で、菜園の中に入って、見渡していた。

 桃の木を四本と、トマトを十本、イチゴを十苗植えていた。

 どれもVRでは無く、本物のだ。

 桃の木はまだまだ小さいが、イチゴは実を付け締めている。

 夕刻ちょうど、トマトが大量に熟れてきたので、二人は収穫にでたのだ。

「ん、美味しい」

 その場で黒華はトマトに囓りつく。

「これはしばらく、ご飯はトマト料理だねぇ」

 燈亜は、嬉しそうに黒華を眺める。

「任せて。レシピなら大量にある」

 満面の笑みで黒華は拳を振り上げる。

「おおー、たのもしい」

 燈亜も笑顔になる。

 陽も暮れかかってきたとき、二十個以上のトマトを籠に入れて二人は小屋にもどった。

 燈亜は早速、冷蔵庫からウォッカの瓶をテーブルにもってくる。

 ほお肘を突きながら満面の笑みで酒瓶をる。

 テレビでニュースを流す。

『十二年前、極秘裏に作られた軍事衛星、陽炎は、その耐火性の重装甲から、大気圏での消滅が危ぶまれています。陽炎は、廃棄された気象衛星とされていた監視衛星、朝霧を巻き込み、ゆっくりと降下中。政府は二基に介入を試みていますが、当時としては高度な経験習得型AIを積みこんでいるため、難しい作業になっていると報じました』

「あー、楽しいわー」

 燈亜はニュースに笑んでいた。

 明かりの影にいる黒華は、駄目だこの酔っ払いは、と思っていた。

 破滅の確定。

 根拠も無く少しだけ希望を持っていたが、どうやら無理なようだ。

 最初から諦めていたからこそだったが、さすがに落胆はあった。

 とはいえ、ただで身を滅ぼす気は彼女にはない。

「あー、なんか黒華悪いこと企んでるでるなぁー?」

 ニヤニヤしながら燈華は彼女に視線をやった。

「いやぁ、このトマトどう料理してやろうかとね。ああ、カプレーゼが作れるよ?」

「お、いいねぇ」

「鶏肉もあるしなぁ。今作るから、ちょっと待っててね」

 黒華がキッチンで言うと、その後ろ姿を眺めながら、燈亜はウォッカをあおる。

 良くできた子だ。

 全く、こんな娘を見捨てるとは、何を考えているのか。

 燈亜は不満に思ったが、思考をそこで止めた。

 悪酔いしたくないのだ。

 やがて、鶏とトマトをオリーブオイルで炒めてバジルを添えたものと、カプレーゼがテーブルに運ばれてきた。

「いただきまーす」

 燈亜は鶏肉のほうから手を出す。

「ん、美味しー」

 彼女は、酔ったそぶりも見せずに、ちびちびと酒を飲みつつ、夕飯を食べる。

「でさぁ、燈亜。外に出るの楽しい?」

 黒華は、さりげなく訊いた。

「楽しくてたまらない」

 無邪気な返答が返ってくる。

「そっかぁ……」

 ならばしかたがないかと黒華は思う。

 最後まで一緒にいて、最後まで彼女を見届けようと。


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