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ヒューズ・ディ
谷樹理
SF宇宙
2024年08月21日
公開日
31,531文字
完結
 東京は人間と違う機械の素体がアヴァターを着て闊歩する都市だった。
 高度AIを搭載した軍事衛星が気象衛星を捕縛し、落下を始める。
 二基とも古いタイプで、AIはVRで装飾された東京で、黒華と燈亜として、最後の時間を過ごそうとしていた。

第1話

 五月二十三日。

 写真を二枚、スクラップやメモでいっぱいの壁に追加する。

 AVA(アヴァター)姿の一枚は、陽の光に輝いた黒の長い髪に大きな目が瓜実型の顔によく似合っていた。空色のワンピースを細い身体に着て、微笑んでいる。

 二枚目は、血まみれになった少女が、両足を放り投げて座っているもので、裸の身体は機械のモノでできている。

 少女の胸部から腹部がえぐられ、中の機構がぐちゃぐちゃになっている。

 水島薫みずしま かおる、十三歳。

 足立区在住だった子だ。

 中学の成績は優秀。友達も多く、誰にでも好かれていた。

 趣味は小物作りで、将来はイベントにも参加し個展を開くのが夢。

 化嶋悠哉かしま ゆうやはこの子かと思った。

 二ヶ月に渡り、接触を持たないように観察して身元を調べ上げた。

 だが、違った。

 悠哉は狭い部屋を出て、リビングにもどった。

 煙草が吸いたくなったのだ。

 フローリングの上にカーペットを敷き、暖炉のそばには四人用ソファー。テーブルを挟んで、ディスプレイがおいてある。

 つまらないニュースがいつの間にか流れていた。

 ソファには、見慣れた少女の姿があり、悠哉は舌打ちしたくなった。

 近所の娘で、最近なぜか、彼にベタベタしてくる。

 氷野明衣香ひの あいかは十六歳型、ショートボブに右側の一房を縛り、細い身体はタンクトップにハーフパンツ姿のAVAで、ソファーの上でポテトチップスを食べていた。

「あれ……。ゆーやいたの? なにその不機嫌そうな顔。コレ?」

 明衣香は、ポテトチップスの一枚をひらひらと、彼に向けて振った。

「ごめんて。小腹が減ったところにあったから、つい、ね」

 言葉とは裏腹にニタニタとしている。

「誰がそんな事で……違う。誰が入って良いと言った?」

 悠哉はそれでもソファの端っこに座った。

 そこしか腰掛ける場所がなかったのだ。

「あー、違うのー? じゃあ、どれ?」

 元から聞いて無いのか、明衣香はポテトチップスを口に放り込む」

「何時だよ、今?」

「んー、午前三時半」

「ふざけんな。おまえの家のに疑われたらどうするんだ」

 テーブルに置いてる煙草の箱から一本抜き取り、灰皿を手前に寄せて、火を点ける。

「そんな訳、ナイナイ。何をきにしているん、おっさんは?」

 今度はいやらしい笑みを浮かべながら、ハーフパンツをスリあげて、太ももをチラリと見せてくる。

「クソガキに興味は無いんだよ。さっさとしまえ、その丸太」

「丸太とか……。へーへー。まぁノってきたらキモいから蹴るつもりだったけど」

 紫煙が立ち上る中、明衣香はハーフパンツの裾を元に戻す。その先は安全靴である。

 三十三歳型の悠哉は、この娘が鬱陶しくてたまらない。

 しかし、彼の作業を効率よくするの得がたい存在でもあった。

 鶯谷にあるVR街の郊外の一軒家とはいえ、近所の噂が気になる。

 悠哉は人の目を異常に気にする。

 仕方が無いことだが。

 家から二三百メートルの範囲内に住居はない。

 おかげで逆に目立つ家とも言えるが。

「で、薫ちゃんはどうだったの?」

 面倒な事を訊いてくる。

「それよりも、なんでおまえはウチに入り浸るんだよ?」

 悠哉は決して、一般的に言われる汚い親父ではない。

 整った容貌に髭もちゃんと剃り、灰色に染めた髪を後ろになでつけている。身体も引き締まった痩身で体操選手を思わせ、服のセンスも悪くない。

 元々よい素体ではないと、AVAもここまで容姿端麗なものにはならないのだ。

「なによー、何度聞くきなのソレ?」

 明衣香はつまらんという様子で、目を半眼にする。

「ああ、訊いたともさ。両親とおまえと共依存関係になって、地獄見たから、祖父母の家に逃げたんだろう? で、どうしてウチが関係ある? 同い年や学校の友達とかいるだろう」

「ハイハイ何度でも言いますよ。あいつらは余りにガキっぽくて付き合ってられないんですよー。面倒くさいんですよー。大体、なれ合いとかキモいし」

 明衣香と悠哉の出会いは、約一年近く前になる。

 二人目の少女と彼が目星を付けたのだ。

 いつもの解体場に、彼女はいた。

 目的を終えて処理された少女は死んだ目をしていた。

 確実に目的の娘ではなく、かといって彼がライフワークとして、別に行っている狩りの対象としても魅力の欠けた存在だった。

 結局、彼は素体の写真を記念に撮り、無かったことにしようとした。

 だが、次の日、同じAVAで、どこからか新たな素体を手に入れた彼女が家に訪れたのだった。

 生き証人をどうすることもできず、かといって、素体ならいくらでも手に入ると豪語する彼女を、結局悠哉は口止めとともに好きにさせることにした。

 念のため作業の手伝いをさせているが。

 悠哉は一つ息を煙とともに吐き出す。

 ディスプレイの番組は、政治討論らしく、識者という存在が、専門外の事で好きな事を論争する無益な事をしていた。

「面白いか、コレ?」

「アニメの一期を通しで見てたんだけど、二期行く前にちょっと息抜きで。どうでも良いのをね」

 明衣香は寝転んだ姿勢を座り直し、ソファの背もたれに身体を沈める。

「ホントにどうでもいい番組だな」

「そう? 意識高い系の少女って感じで、かっこ良くない?」

「全然」

「あ、そう」

 指を空中パネルに踊らせて、明衣香はアニメの画面に変えた。  

 始まったのは、日常系と言われるもので、特に事件も起こらず、日々の生活をDフォルメしたギャグアニメだった。

「あーあ、どうしてこう、毎日がこんな感じにならないかねぇ」

 明衣香の口調は、わざと年寄りを真似ていた。

「何とぼけたこと言ってるんだよ。俺の手伝いを喜んでやってる癖に」

「それぐらいだなぁ、非日常」

「おまえ、不登校だろうが。それだけで十分、非日常だろう」

「はっはっはー。テストの日は行ってるよ。聞けよ、全校で三番目の点数だぞ、コレで!」

「しらね」

 煙草を咥えたまま、悠哉は素っ気なく即答した。

「聞けや! すごーいとか、頭良いーとか、関心するところだろうが、今のは!」

「俺、おまえの保護者じゃないしな」

 明衣香は舌打ちした。

 ディスプレイの上辺で、いつものニュースが流れた。

 軍事衛星が、落下中とのことだった。

 無駄に装甲を厚く作られたプラットホームは、大気圏突入後に燃えて消滅せずに、地表のどこかに激突する恐れがあるという。

「あー、いいねぇ、こういうの」

 少女はニュースを見て、かすかに喜色を浮かべた。

「趣味悪いな、おまえ」

「誰が誰に言っている!?」

 ぺしゃりと明衣香が即、反応する。

「あたしは、あんたみたいな変態じゃないんですよー、わかってますかー?」

「うるさいわ」

 言われなくとも、悠哉には自覚は十分ある。

 そして、それは苦悩の存在理由だった。

 特に少女へ向けられた破壊衝動が止められない。

 彼はひたすら沸き起こる殺人欲求が、どこから来るのか、理解していなかった。

 こんな隠居めいた生活も本来の彼にしてみれば、不本意極まりないものだ。

 何故、このような業を背負わなければならないのか。

 捕まればどうなるか、わかりきっているのに。

 細心の注意を払って作業をしているが、何時捕まるかわからない重圧は、むしろ捕まえて欲しいという捻れた感覚にまで変わりつつあった。

 同時に捕まるわけにはいかない使命感のようなものまであり、彼の頭の中は混沌としている。

 一気に不機嫌になった悠哉は、煙草を灰皿でもみ消し、キッチンからウォッカをもってくる。

 グラスは手にしてなかった。

 ソファの元の位置に戻ると、瓶から直接ラッパ飲みする。

 彼はタッチパネルで勝手にディスプレイの番組を変えた。

「あー、何するの酔っ払いめ! 人がほのぼのとする特別な時間だというのに!」

「うっせーよ。後で見ろ」

 明衣香の抗議を一蹴し、悠哉は連続殺人関連のニュースをまとめた記録を映しだす。

 南青山で、水野薫が死体で見つかった報にくわえ、サイバー・リッパーという酷いネーミング・センスの犯人像が紹介されている。

 S・リッパーは一年前からVRに出現し、今までに四人の少女を同じ手口で殺害していた。

 プロファイラーは、S・リッパーが二十代から三十代の男性で、極めてIQの高いシリアル・キラーであると、分析していた。

 警察の存在しないVR界では、代わりに探偵が数名、この件を捜査中だ。

 そのうちの一人が、テレビ画面に映る。

 緋色の髪の毛をAボブにして、つなぎの袖を腰に巻いてパーカーを着た細身で小柄な、十九歳の女性である。

 深羽璃霧しんは るきという。

「犯人はすでに把握しています。事件が拡大すればするほど、彼は自らの身を絞める結果になるでしょう」

 悠哉は興味深く、ディスプレイに映された彼女を食い入るように眺めた。

 そうだ、自分はこの女に会うために、犯行を重ねているのだと、彼は内心興奮して思った。

「何、探偵に向かってギラついてるのさ。あり得ないよ、もう。ゆーやに普通あるその手の出会いなんか、とっくに不可能になっているんだからね」

 明衣香が一瞥を送っただけで、ディスプレイに目をやったまま淡々とポテトチップスを食べつつ言った。

「……うるさいな。わかってる、そんなの」

 ウォッカをラッパのみして熱い息を吐くと、口を拭いつつ、悔しげに言葉を返す。

 明衣香は驚いた表情で、改めて悠哉の横顔に首を向けた。

「うわ、なに? マジ? マジなの、この人!? IQどうたらって報道されてたけど、嘘だわ。あり得ないわ」

「いい加減にしろよ、おまえ?」

「今度はキレたー。不都合なこと言われてキレたー。これだから、大人はなぁ」

「さっき、ガキに付き合えないとか自分で言ってんじゃないのか?」

「おこなの? ねぇ、確信突かれて、おこなのー、ゆーやー?」

 意地の悪い目になり、明衣香はわざと手をひらひらとさせて挑発する。

「うるさい。黙ってろ」

 不機嫌に応じて、再びウォッカを口にする。

 ふーんと鼻を鳴らし、明衣香はディスプレイに顔を戻す。

「……わかってるんでしょ。無理だよ」

「……わからないぞ?」

 悠哉はぽつりと言って、後は二人とも無言になった。




 夕日が山脈の峰に落ちだした。

 VRの山の中にある小屋の脇には、巨木があり、高い枝からロープがつるされてブランコを作っている。

 黒華は、そこに座って、唯一の参道の向こうを眺めていた。

 黒い半袖のミニワンピースに、黒いスパッツ、サンダルという格好だ。

 髪は黒く短いアンシンメトリーで、十四歳の素体が活発で生意気そうな少女をAVAが造っている。

 影が長くなり、山の中にあるこの辺りが燃えるように紅く染まる。

 なんとなく小さくブランコを揺らしていた黒華の視線に、参道から向かってくる人影が見えた。

 燈亜だ。

 長いウェーブのかかった麻色の髪を垂らし、サマーセーターにロングスカートと言ったAVAで、素体の歳は十九歳だ。

 すぐに黒華の目の前に、空中に映し出されるフリー・ディスプレイが開いて、柔和で無邪気そうな笑みの顔が映し出される。

『ごめん黒華、遅くなっちゃったー』

「ああ、良いよ良いよ。それより、収穫はどうだった?」

 黒華に言われて、燈亜は満面の笑みで、パンパンに膨れ上がったリュックサックの脇腹を叩く。

『大量だよ』

「いいねぇ。早くおいで。ご飯作って待ってたから」

『やったー、今日はなにー?』

「マトンのバジルとトマトのとチーズ焼きと、サラダ」

『やったー、美味しそう』

 軽く燈亜は数度跳ねる。

 山道の向こうから来る人影が若干歩調を速めた。

 意外と距離があり、燈亜が到着する頃には、すっかり陽も落ちて、暗い森の中になっていた。

 明かりは二人用に建てられた小屋からのも

のだけである。

 薄汚れた窓から、あらかじめ黒華が点けておいたスポットライトの光が温かそうに漏れているのだ。

 VRだというのに、小屋はトタンや廃材で作られた、お世辞にも綺麗といえないものだった。

 それでもカーバード・ポーチ付きである。

 二人は小さい階段を上り、中に入る。

 一階は、一つのテーブルの上にだけ、照明が三角錐上に照らし、後は薄闇に隠れていた。

「ちょっと待ってて。夕食温めてくるから」

 黒華は言ってキッチンに向かった。

 燈亜はリュックをテーブルの脚の一本に立てかけると、そのまま黒華を追う。

 レンジ前の少女の脇を抜けると冷蔵庫から、ウォッカを取り出して来た。

 戻ってくると、一人テーブルの椅子に座り、体育座りのように脚を座面に立てて、コップについだウォッカを一口飲んだ。

 キッチンから良い匂いが漂ってくる。

 黒華が、マトンの料理とサラダの皿を手際よくテーブルに並べてゆく。

「美味しそうだねぇ!」

 眺めた燈亜は満面の笑みだった。 

「頂きます」

 黒華だけが言うと、二人は食べ出した。

 しばらく、料理の味を堪能しつつ無言で食べていたが、黒華がふと思い出したように、手を置いた。

「で、収穫はどんなのさ?」

 ムフフと笑い、燈亜はリュックを膝上まで持ち上げた。

 中から、次々と破損した機械類が、テーブルに並べられる。

「お宝お宝!」

 燈亜は幸せそうな笑みで言う。

 しかし、再びマトンを口に入れだした黒華にとって、どう見てもそれらはガラクタだった。

「……へぇ、よかったじゃん」

 口にしたのは思った事とは裏腹な言葉だった。

「でしょー?」

 嬉しげな燈亜だ。

「写真もあるよ?」

 彼女はポケットから携帯カメラを取り出して、向かいの黒華に渡した。

 受け取って、デジタルの映像を見てみると、全部が全部、半壊した建物のモノだった。

「……まぁ、良いんだけど、なんで全部に燈亜が写り込んでるの?」

 写真には廃墟を後ろに破顔してピースサインをする燈華がアップで隅などに写っていた「まー、記念? 的な」

 マトンを食べ終わってのこりのサラダに取りかかった燈亜は、当然のように答えた。

「さて、食べたなら、脱いで」

 最後の一口でサラダを食べ終わった燈亜に黒華は椅子から立ち上がって言う。

「ハイハイ。このスケベ娘め」

 燈亜はサマーセータを脱ぎ、スカートを下ろすと、下着姿になった。

 その身体を足元からゆっくりと、目を近づけて、時には撫でながら細かく頭の先まで見つけてゆく。

 時折くすぐったそうに笑いつつ、燈亜は黒華の気の済むまで、黙って立っていた。

「ふむ……」

 黒華は、彼女のサマーセーターを奪い取り、テーブルからはなれて、ディスプレイの横にあるデッキのところまで小走りした。

「ちょっと、セーターもってかないでよ」

 ウォッカを煽りながら、わざとらしく非難がましい声を出す。

「嫌だよ、寒いもん」

 黒華はセーターを着て、立てた脚も中に入れた。

 デッキを立ち上げて、空中パネルに指を踊らせ始める。

 ニュースが、衛星の落下を伝えている。

 醒めた目で、燈亜はウォッカを飲みながら、それを眺める。

 横では黒華が忙しそうにしていた。

 四月二十日

  :黒華 損傷率 三十二パーセント

  :燈亜 損傷率 六十八パーセント

 入力を終え、黒華はテーブルに戻っていった。

「燈亜、お風呂入りなよ」

 黒華は、彼女のコップを手にして、一口つけた。

「そうね。明日も忙しいしね」

 うなづいた燈亜は、上半身がブラだけの姿で、キッチンの奥のバスルームに向かった。

 彼女の姿が見えなくなると、黒華は息を吐いた。




 最上階の飲食店のみがやっている時間のデパート屋上だった。

 黄色いテープが、空中に幾重にも張られて、その場を封印していた。

 VRの野次馬を背後に、砂良涼さら すずはデパートの屋上に捨てられた、AVAと素体の少女の脇にしゃがんでいた。

 十八歳型。スポーツブランドの帽子に、ワッペンが大量に付いたパーカー、ホットパンツでアーミーブーツというAVAで、長い髪は下のほうで左右に結んでいた。

 浮かない顔で、犠牲者を眺める。

 大体、どうして自分がこんな事件を扱わねばならないのかという、不満と諦めが遠慮すること無く浮かんでいた。

 VRの特区特別探偵は、国から毎月補助金が出る、いわば公務員のようなものだった。

 涼は遠慮すること無く、その金をもらって、家に引きこもっていたい。

 事件を担当すれば当然、最後までの責任が生じる。

 彼女にとってはこの仕事が面倒くさいことこの上なかった。

 かといって他に仕事があるのかと問われれば、無いのである。

 探す気すら無いのである。

 犠牲者には同情するが、それが涼の本心だった。

 素体の腹部を切り開かれて、内部の機械が引きずり出され、無くなっている少女は、今話題の、S・リッパーの手口そのものだった。

 最もやっかいな仕事を振り分けられたのだ。

 涼はため息を吐いた。

「おお、ちゃんといたじゃねぇか」

 背後から声が掛けられた。

 振り向くと、さらさらとした髪で、三白眼の少年が、ネクタイを外した高級スーツを着て、立っていた。

 嶺岸露不ねぎし ろずだ。

 十七歳型の少年は、涼の事務所で働く助手だ。

 やる気の無い事務所長で探偵の涼を見事に補佐する、年の割にやり手の少年だ。

「ハイハイ、皆さん! ここは砂良事務所が全てを解決させますのでご安心ください。どうか捜査の邪魔にならないよう、静かにお引き取りくさださい!」

 露不は胸を張って、野次馬達に呼びかける。

 それでも動こうとしない一部の者には、「さっさと帰れ、邪魔くさいんだよ!」と遠慮無く罵倒する。

 最後に残った報道陣も追い立てて、ビルの管理人も引っ込ませ、とうとう最上階から人の気配を消してしまった。

「あーあ。ニュースとか新聞とかで何て描かれるか……」

 大見得を切った少年に、涼は恨めしそうな視線をやる。

 露不はやたらと、目立ちたがりやで、態度もわざとらしく重々しい。

 一人でやってくれるならいいのだが、逆に静かに暮らしたい涼にとっては、迷惑奈事甚だしい。

 正直、相手をするのも面倒くさい助手だった。

「で、害者の身元は?」

 必要も無いのに、白い手袋をはめる。

「全くわかってない。てか、君が追い返した中に目撃者や関係者がいたのかもしれないんだけどさぁ」

 涼は柔らかく抗議するが、露不は鼻を鳴らした。

「そんなもん、後でいくらでも拾えるだろうが」

「手間がかかるでしょ?」

「かけろよ、仕事だろうが」

 全く相手にならない。

 殺人事件としては、初動の不備が多々あるために、探偵としての手法で行くしかない。

 それでも、どうにかできるつては涼にはある。

「あー、これは相変わらず、派手だなぁ。しっかし、犯人はなんで臓機の部分を抜き取るんだかなぁ」

「知らないよ、そんなこと」

「ちったぁ、考えろよ、探偵!」

 間も置かずに叱責される。

「なんだよ、何度も……」 

 涼は非難されるのが場違いだとばかりに、しゃがんだまま、コンクリートの上に指で絵を描くまねをする。

「へーへー、悪かったよ。拗ねるんじゃねぇよなぁ」

「反省してる?」

 まだ不満そうに涼が露不を上目遣いで見てくる。

「してるよ、してますー」

「じゃあ、この事件は任せた」

「待てコラ!」

 涼は立ち上がり、悪い笑みを浮かべた。

「それじゃあ、任せたから」

 そのまま、早足で現場を去ろうとする  「報告するぞ?」

 短い言葉に、思わず涼の足が止まる。

「特別探偵管理局に、おまえのこと報告するぞ?」

「待って。それは、待って!」

 特別探偵の管轄省庁の名を出され、涼は慌てる。

 彼女は、露不が探偵として独立したい希望を持っているのを知っていた。

 ヘタな報告をされて、権利を剥奪されると、自動的に助手の露不が砂良探偵事務所の事務所長となり、晴れて特別探偵になれる事も承知だった。             

 涼は覚悟を決めた。

 自らの生活のために、事件を解決しなければならない。S・リッパーの事件をだ。   とりあえず、犠牲者の身元がわかる物を、死体から物色する。

 肩から上に残った少女のAVAに変わったところはない。

 児童服の有名ブランド、アキロン社製のものだ。

 切り刻まれた服以外、遺留品はない。

 両親がつれてきたのではないらしい。

 それならば、野次馬の中にいただろう。

 どこか違うところで殺されて運ばれたか、誘拐されたかしたと涼は考えた。

 露不が最上階のカメラを管理している警備員を連れて来る。

 涼は立ち上がって、中年のAVA姿の男を迎える。

「映ってましたか?」

 彼女が到着したときに、飲食街の映像をチェックするように頼んでおいたのだ。

 警備員は、頭を掻きながら、苦い顔をする。

「いやぁ、それが全くそれらしい人物もこの子の姿も無かったですねぇ」

 答えに涼は思わず渋面を作った。

 ならば、運ばれた線が強い。

「本当だろうなぁ、おっさん。犯人とグルだったとかの話が後で出てきたら、捕まるだけじゃ済まねぇぞ?」

 露不が警備員を脅す。  

 だが、相手はおびえる風も無く、また頭を掻き、ただ首を振るだけだった。

 露不は露骨に舌打ちする。

 この子の両親がVRにいればいいのだがと、涼は思った。

 ストリート・チルドレン等だと、証拠の量が断然と少なくなる。

 とりあえず、涼は携帯通信機を取り出して番号を入力した。

『涼か……なにか入荷したのか?』 

 探偵管理局付属の死体解剖施設に勤務する、古井ふろいが暗い声で通信にでた。

「うん。頼むわ。場所は青山のアリアって言う百貨店、屋上。例のS・リッパーの犯行らしい」

 明言を避けたのは、コピー・キャットの可能性を考慮に入れたからだった。    

『おぉ、リッパーのか。それは興味深い。すぐに迎えを寄越す』

 声のトーンを一気に高揚させると、古井は住所をもう一度確認して通信を切った。

 次に通信を入れたのは、管理局共同情報センターだった。

『はい、何のご用でしょう?』

 オペレーターの作った声が反応した。

 涼は状況を説明て少女の写真を送り、行方不明者として、似た子がいないか調べるように頼んだ。ついでに、画像も数枚送った。

 マスクをして、ダッフルコートを着込んだ、地味な少女が屋上に現れる。

「……それか」

 古井だった。

「早いね」

 呆れたように、涼は言う。

「そんなに、その仕事好きなの、あんた?」

 古井は黙ってうなづく。

 迷い無いその態度に、涼はまた呆れた。

 まぁ人にはそれぞれ趣味というものがあるものだと、自分を納得させる。

古井は、犠牲者のそばに座って、しばらく眺める。

 その目には、慈愛にも似た光が灯っている。

「運ぶの手伝って……」 

 振り返って、二人に視線をやる。

「運ぶのだけでいいのならね」

 涼は念を押すように言う。

「趣味に付き合わせようなんて思ってない。むしろ、楽しみを邪魔するな」

 当然のように古井は表情の見えない顔で答えた。

 ならば、文句も出す口もない。

 涼と露不は、少女の肩と足を互いにもって、古井とともにエレベーターに乗り込んだ。




 真っ白な部屋で余計な物のない空間だった。

 古井は涼と露不に運ばせた犠牲者を、検視解剖用のベッドに乗せさせる。

 少し離れた場所で、道具を用意していた古井は、マスクも付けず着替えもせずに、いきなりメスとクリップを両手にもって、ベッドのそばにやってきた。

「相変わらず、そんな格好でやるのかよ……」

 露不は呆れ多様に言う。

「まだ、準備は整ってない……」

 古井は機器を置いた台のそばに、もう一つ実体とは違うVRの棚のようなものを出現させる。

 一番上に、ミュージックプレイヤーを置き、下の空間にディスクを大量に詰まらせたものだ。

 彼女の操作で、いきなりプレイヤーから轟音が鳴り響く。

 思わず、露不が顔をしかめて、少しのけぞった。

 ハードメタルの音楽が大音量でかけられたのだ。

「……テンション上げていこう」

 言った本人が一番態度が低い。

 半ば呆れている露不にたいして、涼は腰に手をあてて、ベッドのよこに立ち、作業をまっていた。

 古井はいきなり無表情でシャウトしたかとおもうと、驚いて若干怖がらせた露不を無視して、被害者に対しての作業をはじめた。

 まず、服を脱がせて、脇に寄せ、腹部が開いた素体の全身をあらわにさせる。

 全身をくまなく見つめて、他に傷がないか調べる。

 その間、涼は少女が来ていたワンピースを拾って、眺めてチェックを始める。

 素体の傷の部位をコンソールで入力していた古井は、ようやく解剖に取りかかったようだった。

 ワンピースをいじっていた涼は、興味深げに古井の作業を眺め出す。

 役一時間半かけて検視解剖を終わり、すべてをコンソールに入力し終えた古井は、息を一つ吐いた。

 それは疲労からのものではない。

 遺体を思う存分いじり倒した古井の快感によるものだった。

「終わったよ……」

 ハードメタルを止める様子もなく、結果を映し出したディスプレイを涼に向けた。

「どれどれ?」

 涼を押しのけて露不が顔をディスプレイに近づける。

 かまいもせずに、古井は説明を初めて、涼も黙って聞き始める。

「……被害者の素体年齢は、八歳。傷は、倒れた時の物と思われる後頭部の打撲と、肘の擦傷がある。そして肝心の腹部だが、おそらく使ったのは、工業用の小型電動のこぎりと見られる。そこから、犯人はかなり倒錯しているのか、面倒になっているのか、ものすごく雑にここから機器を引きずり出している。強引に引きちぎって、取り出している……」

 ディスプレイに指をさしつつ説明し終える。

「なるほど。以前送った被害者のものと、ほぼ同じって訳ね」

 涼の声は納得しつつも重かった。

 彼女としてはたやすい事件で終わって欲しかった。

 確実にS・リッパーのものだ。

 涼は探偵などをやっている癖に、殺人事件などは、性に合わなかった。

 ただ、興味はあるのだ。だが、直接自分が関わるとなると、嫌悪の念を抱かずにはいらえない。

 彼女の素体にはそういった殺人事件のデータが、大量に盛り込まれているのだ。

 だが、AVAは反発するかのように、残虐な記録を嫌悪していた。

 おかげで、やる気というものが、置いて行かれているのだった。

 彼女を動かしているのは、ただの義務感でしかない。

 もっとも、その義務感は強烈に強く、全ての欲求の元になっているのだが。

「あー、じゃあS・リッパーに間違いないんだな?」

 露不が目を輝かせながら確信と質問を混合させる。

 古井は黙ってうなづいた。

「じゃあ、次はこの子の身元だな。素体の製造番号は?」

「F・1984773だ」

 露不は頭に叩き込む。

「なに~、いつものごとく、凄いやる気じゃん。製造番号から調べるの、任せたよ露不」


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