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第9話

 リロドレ教団の独立が宣言された。

 翌日、ロミィは何事もなかったかのように、またソファにうつ伏せになってペーパービジョンを眺めていた。

 ディクショも余計な言葉を一切発しない。

 ウィスキーの瓶とグラスをテーブルに置き、朝から飲み始める。

「なー、ディクショ?」

「なんだ?」

「護民官って何すればいいの?」

 意外なところから来た質問だったが、ディクショは冷静だった。

「困ってるやつを助けりゃ良いんだよ。ただそれだけだ」

「へぇー」

 その時、ロミィの携帯通信機がなった。

 誰だろうかと発信番号に目をやるが、初めて見る番号だった。

『何している?』

 通話に出ると、不機嫌そうな少女の声がスピーカー越しに聞こえた。

「どちらさん?」

『あたしはキキミリだよ、護民官どの。任命されてから一度も顔を見せないとか、やる気あるのか?』

 意外過ぎる相手に、ロミィはぽかんとした表情になった。

 聞いていたディクショは、グラスに残った中身を飲み干し、椅子から立ち上がる。

 一時間後、二人は市長室にいた。

 キキミリは椅子に胡坐をかいて頬杖をついている。

 半眼でぼんやりとして、最もやる気がなさそうである。

「あー、だっるいわー」

 二人を迎えた第一声が、これだった。

 背後に、顔色の悪いが整った容姿をした長身の男が立っている。 

 まるで自分だけはそこにいないかのような超然とした雰囲気を持っていた。

 イマジロタである。

 呼び出しておいていきなりのだるい発言に、ロミィもディクショも軽く困惑した。

「ああ、楽にしていいよ。適当なところに座ってくれ」

 やっとまともなことを言う。

 ディクショはソファに腰を落としたが、ロミィは執務机に向かったまま動かなかった。

「何か御用でしょうか、市長」

 ロミィはできるだけ丁寧な態度をとった。

「あー、問題が山積みでね。か弱い私の胃に穴が開きそう」

 ため息のようなものを吐き、机に突っ伏すと、指だけでイマジロタに指示を出す。

 彼はそのままの位置で、ロミィとディクショに目をやった。

「今、市が最も問題視しているのは、リロドレ教団の独立宣言です。仮にも帝国を支える役職についておられるキキミリは、市内で独立など認めるわけにはいきません」

 ここで言葉を切ったが、いつまで待っても続きがなかった。

 静寂が訪れた市長室に、誰かの寝息が聞こえてくる。

「・・・・・・で、どうしたのですか?」

 やっとロミィが聞いた。

「それだけです。護民官どのは、どう思われますか?」

「え・・・・・・? いや・・・・・・」

 ロミィは口ごもる。

 正直、どうでもいいのだ。

「市長としては、独立を認めるわけにはいきませんが、そこまでです。戦力を持っているわけでもありませんしね。この手の仕事は護民官どのなら手慣れてるとお見受けしますが?」

 要するに、リロドレ教団を潰せということかと、ロミィはやっと納得した。

「関心がありません」

 ロミィは本心を隠さなかった。

 ウィセートの話では、イマジロタという男はかなりの策士らしい。

 こういう場合は真向から相手にしないのが正解なのだ。

 イマジロタはにっこりと楽しそうに笑んだ。

「護民官どのが手に入れたグリスカ・データですが、本物は教団の後ろ盾になっているルネスカ社が持っています。つまり、グリスカを殺したのは無駄でした。もしまだ同じ考えならば、教団の聖化を止めていただきたい」

 グリスカ・データが偽物なのは、ロミィが身をもって知っていた。

 だが、本物があるとは。    

 しかも独立宣言をした組織のバックが持っている。

 ロミィは今更、帝国をかき乱すようなことはしたくなかった。

 逡巡するロミィに、イマジロタが強い視線で刺す。

「あなたには、その義務があるはずです。もちろん、護民官としてではなく、バージーとグリスカを殺してこの国を乱したのは、あなたが原因なのですから」

 ロミィは痛いところを突かれた。

「・・・・・・わかりました」

 彼女はそうとしか答えようがなかった。




「さすがに鋭かったな、あいつ」

 帰り道、ディクショは忌々し気にイマジロタの感想を述べた。

「しかもだ、おまえがこの調子であいつらの言うことを聞いてると、護民官があいつらの後ろ盾になる形になる。まったくもって、忌々しい」

「もう良いよ。リロドレ潰したら、護民官も降りる。違う街に行く」

 ロミィは疲れているのを隠しもしなかった。

「ありゃあ、ちょっと手に負えないタイプだしなぁ」

 ディクショにも疲労の色が見える。

 退出際、データの入ったチップを受け取っていた。

 イマジロタがまとめた、リロドレ教団の内部情報である。

 飲み物を買って自室にもどると、さっそくペーパービジョンでデータの中身を見る。

「・・・・・・なんだこれ?」

「すげぇ・・・・・・」

 ディクショとロミィは、それぞれに違った印象を受けたようだった。

 まとめられていたデータには、魂の創造や大神などの単語が並んでいた。

 二人とも、初めて知らされた話だ。

 おかげでリロドレ教団を襲った時に天使が現れた辻褄は合った。

「こうなると、リロドレを潰さないわけにはいかないなぁ」

 ディクショは、独立国家となり領土内に張り巡らせたネットワークに唯一の存在とし て存在するアルーマを、明確に敵と認識した。

 ただ、大神の存在が謎なのだ。

 ネットワーク内に消えた聖化された皇帝とはまた別に存在するという。    

「良いじゃん良いじゃん。起点はアルーマだよ。あいつを殺れば、全部リセットでしょ?」

 ロミィは気楽そうだった。

「ルネスカ社という会社も潰さなきゃならんよ? 黒幕らしいから」

 ディクショが単純化しようとするロミィの言葉に、注意を促す。

「ウィセートを使えばいい。あたしたちはあたしたちで、護民官の力をイマジロタに見せつけてやるんだよ」

「まぁ、確かにリロドレを潰せば、今の市長が何を言おうが拒否れるぐらいの効果はあるかもしれない」

 言ってからディクショはこのデータがイマジロタから与えられたことを思い出した。

 あの男がただでなにかアクションを起こすとは思えない。。

 ロミィら護民官がリロドレを潰すと市長側に得るものがあるという証拠が、このデータだ。    

 ただ今回は、ロミィのけじめとして行動を起こす。

 後のことなどしったことではないのだ。

「いつやる?」

「いつでも」

 ディクショの問いに、ロミィは即答した。




 ヒデリトはアルーマに呼ばれて、リロドレ教団の本拠にいた。

 いや、正確にはヒデリトが情報を得て、打診してきたのだ。

 アルーマには断る理由などなかった。

 むしろ歓迎だ。

 彼が来た時、数分遅れて何故か、パニソーも現れた。

 ホールで三人は会った。

「魂ができたということは、当然人の復活もできるということですね?」

 ヒデリトは、軽い興奮気味だった。

 パニソーは機嫌が悪そうだ。

 アルーマは仮面をつけて二人を迎えていた。

「容器が必要だがね」

「容器?」

「例えば、ウチの電脳化されていない信者たちとかね」

「何故、電脳化されていたら、ダメなのです?」

「魂がかち合うからな」

 嘘だった。

 本当は、大神の求める魂が電脳者ではない方が良いという望みからだった。

 理由はわからない。 

「そういや、あんたら二人は旧種ローテツクだったな」

「一応、反帝国だからですよ」

「古いぜ、その考え」

「そうですかね?」

 ヒデリトは反対するわけでもなく言っていた。

「お揃いだなぁ」

 少女の声が、入口から響いた。

 三人が目を向けると、パーカーにハーフパンツをはいた小柄な少女と、山高帽にコートを着た大柄な男の二人組だ。

 ロミィとディクショだった。   

「おや、護民官どのらがやってきたか」

 アルーマは驚くこともなく、冷静だった。

「おまえらか・・・・・・」

 パニソーは含んだ口調だった。

「なんか、丁度いいなあ。殺したい奴がこうも集まってくれてるとなぁ」

 ディクショはスキットルを片手にニヤニヤとした笑みを浮かべていた。

「残念だけどなぁ、こっちゃ今忙しいんだよ。用があるなら後にしてくれないか」

「すっとぼけたこと言って笑わせたいの?」

 ロミィはヒップバックから拳銃を両手に抜いていた。

「真剣なんだがな」

 アルーマは鬱陶しそうだった。

 片腕を力なく彼女らに伸ばすと、タトゥーで入っていた龍が実態を持って浮き上がり、膨張して巨大化するとともに向かって来た。

 ロミィは電脳スペースから龍を破壊しようと接触する。

 ディクショは片手にもった日本刀の柄にもう一方の手を添えた。

 スペースで構築物をひとつひとつ分解してゆくと、龍の表面の鱗が砕けるように落ちて行った。

 牙が並んだ巨大な顎が、ロミィを狙って開かれる。

 ディクショが義足で跳んだ。

 刀を横薙ぎにしたところを龍は刃に噛みつき、宙を進んでいた身体をねじって止めた。

 胴体がディクショに振りかかるところを、ためらわず刀から手を離したディクショは、その背に飛び乗る。

 龍が刀を吐き捨てると素早く広い、身体を回転させてロミィの正面で構えた。

 ロミィは無表情だったが、わずかに眉間に力が入っていた。

 龍を形作る構築物をいくら破壊しても、次から次へと新しいものが出てきて、キリがないのだ。

 これは、アルーマが常に龍を造りながら動かしているという証拠だ。

 龍は二人の前までくると、鎌首を上げて咆哮した。

 ロミィは常に龍を破壊する作業をつづけながら、拳銃をもってアルーマに駆け出した。

 射線に入った瞬間に連続で引き金を絞る。

 だが、弾丸は即座に反応した龍の尻尾で防がれた。

 ロミィはそこも脇から通り抜ける。

 龍の顎を狙ってディクショが刀で突きを繰り出す。

 舌打ちしたのは、アルーマだった。

 刀は龍の下あごを貫いた。

 ひと吠えすると、龍は首を振るいながら高い天井まで浮かび上がる。

 二人相手に龍を使うのは、アルーマの処理能力では集中しなければ対処不能なのだ。

 この二人を相手にするよりも、魂を造るのが先決なのだが。

 鬱陶しいにもほどがある。

「天使よ!」

 アルーマは呼びかけた。

 だが、反応した感覚がない。

 どうした!?

 アルーマは一瞬混乱する。

 懐にロミィが入ってきて、拳銃を首に突きつけた。

「さあ、望みの天国とやらに行きなよ」

 引き金を絞ると、龍の仮面の後ろが爆発した。

 アルーマはそのまま床に倒れた。




 次の瞬間、アルーマの体から幾多の煙のような塊が泡が沸くかのように現れた。

「これは・・・・・・魂?」

 ヒデリトがロミィたちを無視して、声を上げた。

 ホールの天井から光が幾条も差してきた。

 現れたのは、長い髪で白いワンピースドレスのような服で、翼を持った存在だった。

「天使・・・・・・!」

 ロミィが驚く。

「天使、ですと?」

 茫然としかけたのは、ヒデリトだった。

 パニソーも驚愕の表情を浮かべている。

「天使!? どうしたんですか、ミーケレ! その姿は一体!?」

 ヒデリトは叫んだ。

 ミーケレと呼ばれた天使の恰好をした女性は、ヒデリトに優し気に微笑んだ。

「主よ。よくぞ来られました・・・・・・」

「主?」

「あなたを迎える準備はすでにできています。さあ、一緒に参りましょう」

 ミーケレは、ヒデリトに片手を差し伸べてくる。

 銃声がした。

 全員の視線が集まった先に、パニソーがいた。

「なにが天使だ、ミーケレじゃないか! またヒデリトを襲うつもりか!?」

「・・・・・・この方は我らが主です。気付かないのですか?」

 ミーケレは、羽根で弾丸を弾き、落ち着いた声を出した。

「アルーマが言っていた大神というのは・・・・・・?」

 ヒデリトが恐る恐る疑問を口にする。

「どうしたのですか、主よ」 

 ミーケレは慈愛に満ちた笑みを浮かべる。

 ロミィはことの展開についていけずに、拳銃を向けたまま様子をうかがっていた。

 密かにヒデリトとパニソーの脳に侵入して、事情を探りつつ。

 ディクショは、中央付近で龍を警戒している。

「大神なんか、すべてミーケレの妄想だ! これを作ったのは、ヒデリトなんだよ! ヒデリト、目を覚ませ!」

 パニソーが叫ぶ。

「ミーケレ・・・・・・」

 だが、聞こえてないかのように、ヒデリトは目に涙を浮かべていた。

「行こう、ミーケレ。一緒に。俺と一緒に・・・・・・」

 車椅子の男は彼女に両手を伸ばす。

「ロミィ!」

 叫んだのは、ディクショだった。

 察したパニソーの銃口がロミィに向けられる。

「ヒデリトは殺させないぞ、殺人鬼の小娘め!」

 憎々し気にパニソーが叫ぶ。

「事情はわかったよ、パニソー。疲れたでしょ。あとは任せてよ」

 瞬間、ロミィはパニソーとヒデリトの脳を焼いた。

 二人が倒れると、耳をつんざくような悲鳴が響き渡った。

 ミーケレだった。

 その形相が醜悪で恐ろし気な別人に変わっていた。

「残念だったね、堕天使。あんたみたいな悪魔が、アルーマを生み出して、自分の世界を造ろうとしたんだろう。リロドレ教団の電子世界を使ってね」

 辺りには煙の塊状の魂たちがクラゲのように舞っていた。

 堕天使と呼ばれた化け物は、ロミィに向き直って襲い掛かってきた。

 その翼が近づけば近づくほどに砕けてゆく。

「なにごと・・・・・・!?」

 堕天使は崩れてゆく自分の体に、驚く。

「グリスカ・データだよ。電子構造のデリート機能だ。これは強力だよ?」

 ロミィはニヤりとした。

 半ば身体を崩壊させた堕天使に、ロミィは拳銃を向けた。

「おつかれさん」

 弾丸は額を撃ちぬき、堕天使は粉々に散った。




「これどうするんだよ?」

 ディクショが天井の龍と、魂の群れを見渡した。

 ロミィはうなづき、龍に介入する。

 もはや抵抗もなくなり、あっさりと電子構造物が乗っ取れる。

 ロミィは龍が辺りの魂を集めるかのように、ホールを渦巻く形で漂わせた。

 一か所にまとめると、龍を魂とともに天にめがけて昇らせる。

 魂たちは引っ張られるようにして、ホールの天井から空に抜けて行った。

「ジュロ、リリグ」

 ロミィが呼ぶと、男女の子供が現れる。

 倒れているヒデリトと、パニソーの頭の上には、龍と一緒ではなかった煙状の塊があった。

 ロミィは電脳スペースから魂を誘導し、それぞれ、ヒデリトのをジュロに、パニソーのをリリグの身体に入れた。

 二人に目立った変化はなかったが、宙を飛ぶことをやめて、床に足をついていた。

「二人とも、好きなところに行きなさい」

 ロミィが言うと、彼らは手をつないで喜んでホールから駆けて出て行った。




 ウィセートからの報告では、ルネスカ社の本社を襲い、役員会議中だった一同を殺し、会社のデータもすべて破壊したという。

 さっそく次の作業にも移ってもらった。

 二人は、疲れていたがまっすぐキキミリのところに来ていた。

「全て終わったよ」

 ロミィは簡潔に事の顛末を説明した。

 話の途中で寝てしまったキキミリはしょうがないとして、イマジロタは興味深々で聞いていた。

「ウェット・ブレインというものに興味がありますね」

「残念だけど、もうウィセートが破壊したよ」

「・・・・・・それは残念。ソカル・コミュニティの技師は?」

「それも悪いがウィセートに始末してもらった」

 イマジロタは表面変わらなかったが、明らかに気分を害した様子だった。

「・・・・・・ああ、話終わった?」

 口元のよだれを拭いて、キキミリが机から頭を上げた。  

「終わったよ。てか、まだ話はあるけど」

「はやくして」

 面倒くさそうな態度を隠しもしない。

「うん。ルネスカ社とリロドレ教団の資産を即刻、市で買い上げてほしい。放っておいたら、また誰かが利用するでしょ?」

 ロミィはまっすぐイマジロタを見つめた。     

「どうだかわかりませんが、賛成です」

「良かった」

 ロミィはやっとソファに腰かけた。

 隣では、ディクショがスキットルを傾けている。

「はあ、疲れた」

「で、グリスカ・データですが・・・・・・」

「渡さないよ?」

 イマジロタが言いかけたところで、ロミィはぴしゃりと反応した。

「・・・・・・そうですか。まぁ、今となってはアレはどうでもいいかもしれませんね」

「頼みがあるんだけど?」

「なんでしょう?」

 急だなと思ったが、イマジロタは聞いた。

「ウィセートたちを、元の市直轄の特殊部隊に復帰させてほしい」

「ほう。彼らはあなた方のところに行ったのではないのですか?」

「そうだけど、ほら。あたし護民官、辞めるし」

「辞める?」

 さすがに、イマジロタも驚きを隠さなかった。

「辞める」

 短く、彼女は繰り返す。

「・・・・・・そうですか。まぁ、ご本人が言うなら、もったいないと思いますが、仕方がないでしょうね」

「給料でないしね、護民官」

 ロミィは軽く笑った。

「では、うちで働きませんか? 席ならお好きなところを用意しますよ?」

「いや、遠慮しとくよ。じゃあね」

 ロミィはソファから立ち上がり、ディクショをつれて部屋から出て行った。




「さあ、自由だぜ!!!」

 ロミィは夏が始まったばかりの路上で、叫んだ。

「うっせぇなぁ」

 ディクショは耳に手を当てて、文句を言う。

「どこ行こうか、ディクショ?」

「んー、どこでも良いんじゃね?」

「適当だなぁ」

「そう、適当にぶらぶらとな」

「そうだね。気の向くままで行くか」  

「ああ、それが良い」

「では出発です!!」

「あいよ」

 二人はそのまま、少なくともエクゥル市から出る方向に進んでいった。

                             了 

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