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第8話

 リロドレ教団の一室に祈祷所という場所がある。

 一般はもとより、幹部も出入り禁止で、アルーマのみの専用部屋である。

 ランプがひとつあるだけで、あとは何もない、空間である。

 火を灯し仮面を首に垂らしたアルーマは中央に立った。

「主よ・・・・・・お呼びですか?」   

 呼びかけに天井から光が幾条も差し込む。

 翼をもった五人の少女が、ゆっくりと降りてきて、素足が床に触れるかどうかのところで止まる。

「言ったとおり、電脳者を全て排除したみたいですね」

 アルーマはうなづく。

 天使はつづけた。

「主があなたの勢力を全て電脳ネットで覆いました。彼はその分、自由になるでしょう」

「この程度の広さで満足ですか?」

 天使は首を振った。

「もっと広く、広大な領域を」

「わかりました」

「あと、ヒデリトとあったようですが、ここに呼んでください」

「なんのご用向きで?」

「それは知らなくてよいことです」

「はい」

 アルーマは素直に返事をした。

「では行きなさい」

 アルーマはランプの炎を吹き消すと、部屋からでた。

 一人の天使は微笑んでいたが、残りの天使たちは彼がいなくなったとたん、醜悪な顔つきをして、半ば腐食した身体と翼をもつ姿になった。

 彼女らは声に出さずにいやらしく嗤っていた。




 イリィマが訪問してくる予定になっている。

 アルーマは普通の民族衣装を着て、広い執務室で彼を待った。

 予定の時刻十分前に受付案内から連絡が入る。

 彼をを自室に案内させるように言うと、タバコを咥え煙を吐いた。

「人間、変われば変わるものですね、カーロヴさん」

 挨拶もなく、スーツ姿でカバンを手に持ったイリィマは部屋に入ると、感想じみたことを述べた。

「ああ、変わり果てたよ」

 アルーマは自嘲して、タバコを灰皿でもみ消した。

「ご自身の不動産関係で独自ネットを構築されたのは、こちらとして都合が良い。しかも電脳者を粛清するとは、驚きですよ」

「そうかね?」

 イリィマは大神の件を知らない。

 教えてやる義理もない。

 アルーマはアルーマとしての存在を残すために、ネット構築をしたのだ。

「実験は成功しました。我々、ルネスカ社はさらに不動産を買い占めて、あなたのネットの環境を大きくするつもりです」

「成功したのか」

 驚きではある。

 興味はあまりないが。

 イリィマはうなづいた。

「そこで、ある程度土地を買い占めたあとの提案があるのです」

「ああ、ビジネスだな」

「その通り」

 イリィマが今日初めて笑顔を見せる。

「今度は何をするんだ?」

「独立です」

「・・・・・・なにの?」

「リロドレ教団の持つ区域を帝国から独立させるのです」

 さすがにアルーマは一瞬、言葉がなかった。

「親帝国と反帝国の勢力は互いに衰えてきています。新しく市場を開拓するには、新しい入れ物が必要なのですよ」

「なるほど」

 アルーマは嗤った。

 ビジネス。

 言葉はいいが、ゲームのような軽さがどこかにある。

 社会に還元しないマネー・ゲームだ。 

 実行力と資本があるだけに、イリィマらの感覚は手に負えない。  

 利用するつもりなら、問題なく利用させてもらう。

 アルーマにあるルネスカ社に対する考えはそれだけだった。

「実験の結果が見てみたいね」

 手に持ったままだったカバンを遠慮なくアルーマの執務机に置く。

 中からアンプルと封をした試験管を取り出した。

 試験管には、液体が半分ほど入っていた。

 つまんで封をとる。

 アンプルを手にしたイリィマは、試験管を軽く振った。

「ヒデリトのところにあった、ウェット・ブレインです。人間は死ぬとき大量の脳内物質を放出しますが、この水はそれが濃縮されたものと言って良いでしょう」

「・・・・・・ふむ」

「そこに、我々で調合した刺激剤の一種を入れるのです」

 アンプルを割り、試験管で中の液体を混ぜ合わせる。

 色も匂いもなかった。

 数秒経つと、液体はどんどん蒸発するかのように減ってゆく。

 同時に、試験管の入口からうっすらとした煙のような小さな塊が宙に舞い上がった。

 執務室の中を、ゆらりゆらりと漂い始める。

「確認のために食べてみますか?」

「面白くない冗談だな」

「それは失礼でしたね。これが、魂と呼ばれるものの前段階です」

 イリィマは煙の塊のような魂とアルーマとに目をやる。

「食べはしないが、実験させてもらう」

「どうぞ?」

 アルーマは電脳で魂にアクセスを試みた。

 とたん、怨嗟と歓喜が混ぜ合わさった混乱したものが圧倒的質量でアルーマに返って来た。

 耐えきれずに思わずリンクを切る。

 脂汗が吹き出ていた。

 軽く震える手で、タバコを箱から抜いてジッポライターで火をつけた。

「・・・・・・なんてもん造ってんだよ、おまえら」

 恨むような目で、イリィマを見た。

「まぁ、今のは『芯』がないので、混乱した情報になりますけどね」

 楽しそうにイリィマが笑う。

 そして、パケットに入った錠剤のようなものをテーブルに出した。

「これが、あの渦のような混乱をまとめるものです。これも加えると、一個の人の魂として落ち着きます」

「わかってて触らせるとはな。ウチの信者にもそんな悪趣味な奴はいないよ」

「前段階と言ったでしょう?」

 悪びれる様子もない。

「本物をみせてくれ」

「いえ、これはまだです。回収の方法が未だにわからないので」

「しけてんなぁ」

「実験上で死者が出ましたからね。それでも良いなら」

「冗談。あんたも死にたくないんだろう?」

 アルーマは皮肉にニヤついた。

 もう落ち着きを取り戻していた。 

「もちろんですけどね」

 肯定するイリィマに、アルーマは鼻で笑った。




 リビングのソファーにあおむけに横たわって、ロミィはぼんやりペーパー・ヴィジョンを眺めていた。

 ディクショは椅子に座り、スキットルを傾けている。

 護民官といっても、今のところやることがなかった。

 インターフォンが鳴った。

 ロミィが動こうとしないので、ディクショがのんびりとドアの前まで来た。

「どちらさん?」

「ウィセートだ。個人的におまえらと話したい。ちなみに一人だ。他は知らねぇが」

 向こうから、覚えのある声がした。

 ディクショはロミィを振り返える。

 彼女が電脳ネットであたりを探ると、確かに尾行の影がちらほらとあった。

 だが、襲撃されるような感覚は伝わってこなかった。

 ここまで来たのなら別の店を選ぶのは逆にリスクが高い。ロミィらの行動範囲が知られるからだ。

 一気に電脳から神経を焼き切る手もあるが、藪蛇になりかねない。

 尾行するなら尾行で終わってもらうのが最も安全である。

 彼女は、ぼんやりしつつ片手をあげて入れろと合図した。

 ディクショが彼をリビングに通す。

 椅子をもってきて、ソファの前に置くと、ディクショは端っこに腰かけた。

 ロミィも身体を上げて、座り直す。

「バージーとグリスカ殺してここまでエクゥル市から皇帝まで巻き込んで混乱を造っておきながら、護民官とか随分な皮肉じゃねぇか」

 いきなりウィセートは挑発的だ。

「面倒だから絡まないでよ。酔っ払いなら一匹、もういるんだしさぁ」

「要件を話せよ」

 ロミィの語尾にあえてディクショは被せた。

「仲のいいことだな。知らねぇのかよ、ロミィ?」

「なにが?」

 見当もつかないところからの言葉に、ロミィはつい、尋ねていた。

「要件を話せといってるんだけどねぇ。外の奴らに売っても良いんだぞ?」

 ディクショから殺気が漏れる。

 本気のようだ。 

 ウィセートは嗤った。

「あー、まぁお互い仲良くしようじゃねぇかってことで来たんだよ」

「何を今更。どうせ困ってあたしたちに泣きつきに来たんでしょ?」

「言ってくれるじゃねぇかよ、ロミィ」

 ウィセートは、首を軽く回してロミィを真向から見つめた。

「当たりだ。市長の脇にイマジロタって男がくっついてるんだが、このざまだよ。くわえりゃな、ルイムが死んだってのにイクルミの組織に命令が下されない状態で、宙に浮いてる。俺たちは反皇帝派を容赦なくぶっ殺しまくってきたんで、世間からの恨みが洒落にならん。俺は良いが、残った部下たちがヤバい」

「で?」

 ディクショが促す。

「俺たちが護民官直轄だという看板がほしい」

「乗り換えるわけかい」

 ソファでスキットルを仰ぐディクショが嗤う。 

「そういうことだ」

「給料は出ないぜ?」

「そこは何とかしよう」

「それだけの当てはあるのか」

「親皇帝派の企業が危機感を持っててな。言えば金ぐらい出してくれる」

「あのさあ、あたしが話の中心になるべきじゃないの、コレ?」

 むくれたようなロミィはすっかり二人で話込むなかに入っていった。

「ガキはすっこんでろ」

 ディクショがぴしゃりと放り出すように言う。 

「は? なに? なんなの?」

 訳が分からないという風なロミィを無視して、ディクショはスキットルにまた口をつけた。

 ロミィはその手からスキットルを奪い取り、二人の視線が向けられるなか、床に立って一気飲みした。

「・・・・・・おら、どうだ? あたしも話に混ぜろよ?」

「あー、はいはい」

 ディクショが苦笑いする。

「ウチの下に入るなら、歓迎するけどね。以前の恨みはなしってことで。あと、今度は親皇帝派一辺倒じゃなくて、ちゃんとウチらの命令を聞いてもらう」

 ここまで言った時、ロミィはふらりと身体を揺らし、ソファに倒れこんだ。

 そのまま嘔吐してしまう。

「まぁ、そういうことだ、ウィセート。あと聞きたいことがある」

「問題ねぇよ。何でも聞いてくれ」

 唸っているロミィの自爆を無視して、二人はまた話出す。

「おまえらを切ったキキミリの考えを知りたい」

「あんなお飾りはどうでもいい。全ての元凶はイマジロタってやつだ」

「どっちでもいいよ、そんなの。続けてくれ」

「簡単だ。無力なフリして自分らだけは助かろうって魂胆だよ。今父親の人脈がキキミリを支えているが、そいつらがリロルド教団にビビりだした。というか、入信したやつらがいる。分裂状態だ。今、キキミリは担いでくれる奴らを探してる」

「おまえらじゃダメだったのか」

「言った通り、反皇帝派どころか一般市民にも恨まれてるからな。もちろん、リロルド教団にもだ。ルイムが消えた時に一緒にイクルミは解散させるべきだったんだろうがな。時代に乗り遅れたよ、ホントに」

「キキミリは親皇帝派じゃなく反皇帝派に媚びだしたってことか?」

「両天秤にかけてる状態だな」

 ここまで話すと、ウィセートはロミィを見た。

 完全に潰れている。

「こいつ、このままでいいのか?」

「あー? 良いんだよ。電子戦でしか役に立たないハイスペック蛮族だからな。あとで白湯でも飲ませとく」

「そうか。んじゃまぁ、頼んだわ」

「わかった。住むところは?」

「セーフハウスならいくらでもある。あいつらがまだ見つけてないところがね」

「なら良い」

 ウィセートは立ち上がってぶらっきぼうな挨拶をすると、あっさり家から出て行った。




「あー、ずっと目が回っててどうにもならなかったわー」

 深夜まで潰れ続けていたロミィは、やっと意識をはっきりさせた。

「どうだい、大人の味は?」

 ディクショはニヤニヤしていた。

「おかしくならないと、やってられないみたいだねぇ。老いると適応力がさがるのかな?」

「そこまで言えるなら、もう大丈夫だろうな」

「当たり前」

「じゃあ、自分のゲロ片づけろ」

 ロミィは肩を落とし、露骨に面倒くさそうな様子を見せた。

「ジュロ、リリグ、頼むよ」

 護法の子供たちが、楽しそうにソファとその周りの汚れを雑巾で取ってゆく。

「で、ウィセートが言ってたことは何なんなの?」

 のんびりとソファにもたれかかる。

「護民官がイクルミを手に入れたってことだ」

 ディンクショは刀を立てかけた藤の椅子に座って、ウィスキーをグラスに注いだまま飲んでいた。

「それじゃない。全部聞いてたよ。アレはあたしがディクショのことを知らないのかとかなんとか言ってたでしょ?」

「あー、それかー」

 ディクショは熱い息を吐いた。

「あんたもゲロれよ。気分がすっきりするよ?」

「別にどうでもいいじゃないか」

「そもそも、どうしてあたしを助けてくれてる?」

 少し迷った風だが、ディクショは意を決したように、口につけたグラスをテーブルに叩きつけるように置いた。

「勘違いされたら困るからな、言っておくが。じゃあ、本当のことをバラす。俺は、バージーの息子だ」

 ロミィがヒップバックから拳銃を抜く。

 ディクショは素早く鞘に刃を収めたままで、下からすくうように振るとロミィの手を撃ち、拳銃を遠くまで飛ばした。

「話を聞けよ、脳筋」

「これで乙女だ! 脳筋言うな!」

 真っ赤になった手をさすりながら、ロミィは不服そうに声を上げる。

「俺は親父のところから離れてきたんだよ。大体、皇帝の聖化して神にしようなんて、頭おかしくないと思いつかん。本当なら俺が斬ってるところだ。ところが、俺が殺ろうとして隙をうかがってると、どっかの小娘にあっさり殺されやがった」

 ディクショはあくまで落ち着いて続ける。

「俺の役目だったんだよ、今おまえが背負ってる全ては。すまんな。俺にできるのは、おまえを守ることだけだ」

「・・・・・・自分の親を殺す気だったの?」

 ディクショはうなづいた。

「馬鹿!!」

「あー?」

「そんなことしたら、人生ずっと苦しむしかないでしょ! あたしが殺って正解だったわ。背負ってるといっても、大したことじゃないし」

「大したことだよ。帝国を一気に崩壊寸前まで追い詰めたんだから。何人のどこかの誰かに影響させたと思ってるんだよ。国中だぞ、国中!?」

「国のことなんて知ったこちゃない。個人の人生のほうが大事だ!」

「おまえ・・・・・・」

「ごめんよ。あの時はバージーの家族のことすら考えてなかった。本当にガキだったよ」「謝ることじゃない。むしろ感謝してるぐらいだ」

「でも・・・・・・」

「気にするな。俺はとっくにあんなところの家族じゃない」

 ウィスキーの残りを一気に飲み干すと、ディクショは寝室にむかって歩きだした。

「好きに判断してくれて良い。これからはおまえの自由だ」

 言うと、リビングから姿を消した。

 ロミィはまだ小さなジュロとリリグを見る。

 もう、掃除は終わり、空中で追いかけっこをしていた。

「馬鹿野郎。何が好きにして良いだ」

 吐き捨てると、テーブルに残っているウィスキーの瓶を再びラッパ飲みした。

 今度は量を喉に入らないよう調節して。

 息を吐くと、彼女も自分の寝室に行って、ベットに入った。


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