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第6話

 集団に浸透してきたイクルミに対し、ロミィは班分けしてリーダーを決めるだけにとどめた。

 様子を見ることなどせずに、次にはもう行動に移っていた。

 リロドレ教団の南部各施設への襲撃である。

 教団の内部は統制を強めているせいで、情報がほとんど漏れてはいない。

 それでも、脱走してくる人々からの話は得られる。

 南部は中小企業などが取り込まれていることが多く、北部の大企業などよりも御しやすい。

「本当にノるとはねぇ」

 ディクショが意味ありげな笑みを浮かべている。

「・・・・・・気になるんだよ、アルーマのところ。天使がいたし。皇帝が聖化して、神になったという話だけど、じゃあどうしてアルーマのところになんか出現したんだってさ」

「ああ、あれか」

 昼間からスキットルの中身を飲みつつ、ディクショは鼻を鳴らす。

「南部はクフィッヂがまだ担当してるそうだな」

「へぇ、そうなのか」

「あいつなんか、おかしくなったらしいよ?」

「知らないよ、そんなこと」

 口では言ったが、気になることのひとつだ。

 クフィッヂのところに天使が降臨したのだ。

 彼に変化があるというなら、どうなっているのか。

 ディクショは、乾いた笑いのような声を出す。

「まぁ、やってみるか。気付いてるか、ロミィ?」

「何に?」

「おまえ、やっと足場ができたんだぜ? それを崩すようなことはするなよ?」

 言われ、ロミィは意外な表情になる。

 そういえば、という感じだった。

 急に暗い気分が襲ってくる。

 バージーを殺した時、帝国を混乱の極みに陥れた。

 そんな自分が表に出るわけにはいかないと思っていたのだ。

「どうしたんだよ、もっと喜んでもいいだろう?」

「あー、いやー、まぁちょっとねー。目立つの慣れてないしなぁ」

 ロミィは苦笑いする。

「おまえ、目立つことしかしてないだろう?」

 ディクショは呆れる。

 ロミィはクフィッヂのいる中央、そして、別動隊二体に、その上下の施設を襲わせることにした。

 ディクショに文句はなかった。

「久々に暴れるとするかぁ」

 陽気に言って、スキットルをあおる。

「どんどんやっちゃってくださいな、旦那」

 ロミィはクスリと笑った。       




 ロミィの襲撃部隊のなかで、ウィセートが部下と潜入している集団は、最も南の教団をあてがわれた。

 まるで奇跡のように、イクルミ集団が集まり、期待した北と南からの挟撃は不可能になる。

「まぁしかたねぇ」

 深夜である。

 独白したウィセートは、集まった要員に身体を向けた。

「全員、俺のいうことを聞いてもらう。ここでは指揮は俺がとる」

 有無を言わせない態度に、半数以下の一般要員たちはしたがった。

 彼らは四台のトラックにわかれて移動する。

 本気でリロドレ教団を潰す気はない。

 ルイムから教団を無力化しろという命令が来ているが、とにかく、ロミィを叩ければよいのだ。

 無力化など、どうとでもなると彼は考えていた。

 ウィセートは南部のリロドル支配地域に入ると、一台に水道局、一台に発電中継所を占拠するよう命じた。あくまで占拠だけで、それ以上は何もするなと厳命してある。

 一方、ほぼイクルミで固めた残りで、教会地区本部に向かった。

 同時に、ロミィ・コミュニティによる、制裁を地域に宣言した。

 そんなコミュニティはまだできていないが。

 教会本部は、どこの地域も同じだが、市民ホールを改造したところにあった。

 ウィセートら、三十人は、平時ゆえに管理警備員を射殺し、そのままホールに籠った。

 続々と、武装したリロドレ信者が集まって来るのがわかった。

「ようし、全員、命令があるまで待機。一発も撃つんじゃねぇぞ。もし撃ったら、おれが殺すからな」

 ウィセートが叫ぶと、無言の返事がくる。。

 明らかにリロルドの戦闘部隊が道の向こうに陣取り始める。

 ウィセートは嗤った。

「天使よ、いるなら我が呼びかけに答えよ・・・・・・」

 改造した脳から発した言葉が、電子の海に響き渡った。

 突然に、薄暗いホールの天井から光が差し込む。

 空気が清々しく澄んだ。

 ウィセートが見上げるのにつられて、部下たちも見た。

 長い髪をなびかせ、白く滑らかなワンピース。はだしの足。微笑みをたたえた女性の容貌はウィセートを見つめ、幾枚もの羽根を広げていた。

「リロドレの諸君、我々は敵ではない。同じ天使を奉じる同志だ」

 ウィセートは、ホールの周りに潜むリロドレ教団の戦闘員に声を上げた。

「我々が殲滅すべき相手は、今、ここから二十五キロ北にある地域を占拠するために動いている。共に行こうではないか、天使の保護の元で!」

 しばらくはあたりは静かだった。

 だが、やがて、武器を下げた人々が、次々と無防備にホールに近づいてきた。

 ウィセートは、天使を背後に会心の笑みを浮かべた。




「おやまぁ。珍しいお客さんだ」

 ヒデリトは珍しく敬語ではない言葉になった。

 彼が車椅子でいつもの水槽の前でワインを飲んでいた時、急に女性が現れたのだ。

ジャケットにタイトパンツをはいた、セミロングの女性だった。

「相変わらずね。何も変わってない」

 パニソーは、蔑んだ目を向けていう。

 勝手に部屋を歩き、自分用にワインを一杯グラスに次ぐと、一口飲んでテーブルに置いた。

「ミーケレは元気?」

「ああその話なら聞いてくれよ、パニソー」

 ヒデリトの雰囲気に、数年ぶりに会ったという時間の隔たりはなかった。

 まるで、つい昨日も話した相手のような感じである。

 パニソーにはそれが不快だった。

「さすがに再生は難しい。ちょっと人の手を借りたんだけど、ミーケレまったく望まない姿になってしまった」

 空虚なまでの口調だった。

「元々、無理があるのよ。死んだ人間を復活させようなんて」

「あとちょっとのところまで来てるんだけどね」

「成功しなきゃ、あとちょっとも、もうちょっともないよ」

 ヒデリトは苦笑した。

「相変わらず手厳しい」

「当たり前でしょう。あんたがこんなことに没頭してないで、もっと反帝国に力をいれているなら、今頃どうなっていたか」

 パニソーは必死に怒りを抑えていた。

「ああ、まだそこを怒ってるのか、パニソー」

 飽き飽きだとでもいいたそうな、ヒデリトだった。

 目を水槽に移し、続ける。

「おれの研究は、間接的に反帝国な行動になっているよ。不本意な結果ね。そっちはそっちで都合がいい連中がいるようだから、共同研究ということで売り渡している」

 ヒデリトはパニソーに視線を戻した。

 彼女が思ったよりも、しっかりした雰囲気になっていた。

「君のコミュニティはボロボロになったようだね、パニソー」

 だからここに来たんだろう、とヒデリトは付け加えた。

 パニソーは口を閉じる。

 見透かされて当然なのだが、こうして口に出されると、燃えるように口惜しさが湧く。

 コーミル・コミュニティは、一応、パニソーの命令を聞くことは聞くが、人心が離れて行ってしまっている。

 原因は、ロミィに関わったゆえだ。

 ロミィを利用しようとしたパニソーの目論見は見事に失敗し、逆にコミュニティ崩壊の危機に陥っているのだ。

「まぁ、うちも利用されている。ままらないものだね、世の中」

 クスクスと笑いつつ、ワインに口をつける。

 自嘲癖も昔のままだ。

「手を結ばないか、ヒデリト?」

 パニソーは変に飾らず、簡潔に提案した。

 ヒデリトは水槽を見る。

「君に従う気はないけども、それでいいなら問題はない」

「あたしも、あんたの指揮下には入りたくない」

「つまり、協力ってことだね。連合ほどではないけども、共同の作戦などをする」

「それぐらいが丁度いい」

「文句はないよ。あと、今ロミィたちとリロルドの連中が争ってるけど、介入しないでね」

「どうしたの?」

「ミーケレがさ。リロルドのところに行っちゃったんだ。天使の恰好でね」

 微笑みをうかべているが、口調は乾いていた。




 リロドレ支配地中央にロミィらが入った途端、一台目のトラックが対戦車ミサイルを喰らい、爆発、炎上した。

 乗員たちは寸前に気付いて退避し、後続車も地面に降りて、遮蔽物に隠れる。

 ロミィは、両手に拳銃を握りながら、塀の影に隠れていた。

 ディクショも隣にいる。

「いきなりかよ。早くね?」

 彼はつい口にだしてた。

「情報が漏れてたんだろうね。多分、イクルミ隊員からだろうけども」

 ロミィは冷静だった。

 頭の中に周辺地図を浮かべ、メンバーと襲撃者の位置を一瞬で把握する。

「遠慮なく撃て」

 メンバー全員が電脳を持っているので、ロミィの思考命令は即座に伝わった。

 同時に、相手の場所も確認する。

 ロミィらは、恐ろしく正確にリロドレ信者と思われる相手に弾丸を放っていた。

 最初の襲撃部隊をあっという間に駆逐すると、彼らは徒歩で目的地の市民用多目的ホールに近づくように伝える。

 前進の命令に、ディクショは呆れた。

「退路がないぞ、逃げ道が」

「相手を潰せばいいだけじゃん」

 ロミィが苦し気に主張する。

 察したディクショは鼻を鳴らし、黙ってついていった。

 彼らはすぐに次の迎撃隊を補足する。

 脇道を使った、三方からの包囲を意図した移動を察知する。

 相手には電脳がないというのが、ロミィたちにとっての絶対的な強味だった。

 リロドレの電脳追放の理由はわからないが、電脳を敵にして、旧種ローテツクが勝てるわけがない。

 ジュロとリリグも上機嫌に空を舞っている。

 いきなり、頭がしびれるような一撃が、ディクショを除いたロミィたちを襲った。

「いやぁ、意外と早い再会でしたねぇ」

 足音を立てて、黒い服を着た長身の男が、彼女らの目の前に現れる。

 袖で腕はみえないが、手は完全に合金にようる義手だ。

 酷く暗い表情を嬉しそうに歪めたクフィッヂだった。

 ロミィは鼻を鳴らした。

「別にあんたなんかに興味はない。まぁ出てきたなら出てきたで、死んでもらわないとこまるけどね」

 クフィッヂから一気に殺気が噴き出した。

「面白い。面白いですねぇ。わたしも、あなた方には死んでもらわないとと思ってましたよ」

「思うのは勝手だけど、そんな我儘が通じる世の中じゃないよ?」

「だまれクソガキ!!」

 怒りの形相で、クフィッヂは怒鳴った。

「全員、ここから出て。あとはあたしに任せてくれればいい」

 ロミィはメンバーに振り向きもせずに言った。

 困惑する彼らをディクショが押すように、ホールから出していき、戻ってくる。

 高い天井の上空にはジュロとリリグが舞っていた。

 クフィッヂの背後から包むように、髪の長い女性が現れる。

 彼は左腕を突き出すと、有線の鎖が幾本も膨らむように、二人に向かって広がった、

 ジュロとリリグが、それぞれ自分の有線を伸ばし、それに絡ませる。

 ディクショも跳びだし、彼の左側までくる。鞘から抜いた刀を一閃させる。

 ギリギリのところで彼の振りをよけたクフィッヂは、右手の拳銃を向ける。

 ディクショは彼の視界の死角に入っていた。。

 身体をねじったクフィッヂは無理やりその頭に拳銃が突きつける。

 引き金が絞られる寸前、ディクショは身を反らす。

 銃声が響き、ホールの床を弾丸が砕く。

 軽くロミィの電脳に接触があり、反射的に全力で防壁を造った。

 と、いきなりロミィのそばにジュロとリリグが、どさりと床に落ちてきた。

 二人とも驚きの顔をしたまま、口からよだれを垂らして、ピクリともしない。

 ロミィの電脳に囮を送り、その隙に天使が二人を攻撃したのだ。

 天から光が差し込んだ。

 それは、まるで槍のように、ロミィに集中する。

 光はすべてから彼女の電脳に侵入を始める。

 あらゆる方向のあらゆる種類での攻撃に、ロミィは対応で手一杯になった。

 防壁が間に合わなかった個所から神経系を狙われ、破壊寸前になる。

 ディクショがクフィッヂの肩を足で蹴り、天使に迫った。

 横薙ぎの一刀は、髪を少し切断しただけでよけられ、着地と同時の袈裟斬りもかわされる。

 ディクショは続けざまに刀を振りつづけ、天使をどんどん圧迫して後退させていった。

 一瞬だけ、ロミィに対する電脳攻撃が鈍る。

 だが、ディクショの背に向かって、クフィッヂが拳銃を数発放った。

 ディクショは、左肩口に弾丸を受けて、前のめりになる。

 天使がディクショを幾枚もの翼で包んだ。

 羽根が硬質化して、全身に突き刺さる。

 白い翼は、血を吸い取るようにして赤く染まっていった。

 同時にロミィへの攻撃も鋭さが増した。

 とてもロミィの処理速度では対応できないほどの、データが侵入してくる。

 必死に防壁展開と迂回攻撃を図るが、とても手が回らない。

 圧倒的な侵入にロミィは舌打ちしたがどうにもならない。

 神経系をやられるまで、時間の問題だった。

「これで、腕の仇が討てるってものですね」

 クフィッヂがゆっくりとロミィに近づいてくる。

 拳銃で顔面を狙いつつ、暗い笑みを張り付かせて。

 その時、ロミィの電脳に通信とデータが送られてきた。

『ミーケレを自壊させるウィルスだ。使え』

 送り主はすぐに分かった。

 それよりも、ロミィはすぐに接触できる侵入中の天使の電子に、ウィルスをぶち込む。

 悲鳴が上がった。

 天使は翼を大きく広げてディクショをかなぐり捨てると、天井を見上げて、ゆっくり浮上していった。

 クフィッヂもなにごとかと、注目する。

 天使の体に、いたるところからひびが走り、小さな皮膚の破片が雨のように彼女から床に落ちてゆく。

「なんですか、どういうことです!?」

 クフィッヂは訳が分からずに声を上げた。

 ロミィに侵入していた電子はすべて消えていた。

 彼女はとっさに拳銃を両手に構えると、クフィッヂを狙って撃ちまくった。  

 全弾喰らったクフィッヂは、身体を舞わせるようにして、床に崩れ落ちた。

 天使も破片の山を作り、姿を崩壊させている。

「ディクショ!?」

 ロミィは叫んで、傍にまで駆け寄った。    

「あー・・・・・・クッソ」

 彼は何とか上体を起こして、細かく震える手で山高帽を拾い頭にかぶった。

 コートはずたずたに裂けていて、黒い滲みが滲んでいる。

「動ける?」

「当たり前だ。これぐらい何でもない」

 いうものの、動く気配がない。

 ロミィは有線をヒップバックから引き出してきて、ディクショの腕に刺した。

 とたん、ディンクショは何かに目覚めたかのように、身体が軽くなり、気分が高揚した。

「何打った?」

 思わず、聞く。

「活性化電子」

 一瞬、呆れかけたが、すぐに考えを変える。

「まぁ何でもいい。外の連中を中に入れて、北の部隊が任務を終了したなら、ここに合流させよう」

 ロミィはうなづいた。

 北に行った部隊の合流は最初から決めていた。

 ジュロとリリグはいつの間にか空中を舞っていた。

 気絶していただけのようだ。

 メンバーたちをホールに迎えて、ロミィは一息ついた。

「クフィッヂは殺ったぜ?」

 ディクショは自慢げに、彼らに言った。




 ウィセートはスパイの報告を改造した電脳で受けていた。

 ロミィは中部を制圧し、最北の部隊を招集したようだ。

 アルーマに連絡をつけて、彼らを挟撃しようと提案する。

 彼は乗ってきた。

 終わるとルイムに現状を報告する。

 空になったロミィとルイムの本拠に、イクルミによる襲撃占拠を提案した。

「欲張りなことだ」

 ルイムは苦笑したが、承諾する。 

 これであとの主な標的は、ソカル・コミュニティだけと言っていい。

 コーミル・コミュニティは弱体化し、事実上崩壊しているのだ。

 ウィセートはトラックの中で会心の笑みを浮かべた。

 もうすぐ、全てが終わる。

 そうなれば、現市長のキキミリもその脇にいる正体不明のイマジロタも用済みである。

 イクルミの天下が来るのだ。


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