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第4話

 何週間前から何度、命令したかわからない。

 だが、ようやくイクルミの隊長ルイムがウィセートを伴いながら、キキミリの執務室にやってきた。

 白と青の大き目なパジャマ姿で、枕を脇に抱えている。

 セミロングの猫背のまま髪はぼさぼさで、眠そうな表情を隠そうともしていない。

 華奢な体つきをした、十七歳の娘である。

 キキミリは態度はどうあれ、恰好などに一切興味がないために何も言わない。

 だいたい、自分も人のことを言えた立場ではないだろう。 

 まったくやる気がない見た目の人物が、二人。

 ウィセートは頭痛がしそうだった。

 ただ、ようやくルイムの居場所を見つけて連れてきたのだ。

「・・・・・・おひさしぶりでー」

 あくびをしつつ、彼女は言った。

「どこにいたんだ、こいつは。ウィセート?」

「あー、訓練場・・・・・・です。帝都の」

「相変わらず、意外性のある奴だな」

 ルイムは、これで帝国のアマチュアサッカー選手会で、毎年МVPを獲得している体育会系の面もあるのだ。

 確かに試合中の髪を後ろに縛った彼女は、アグレッシブなプレイでありながらも、動きは滑らかで恰好良い。

 ただ、普段とギャップが大きすぎるのだ。

「なんのようっすか?」

 何とか目覚めたようで、ようやくはっきりとした口調になる。

 恰好からは考えられない、快活としたものだった。

 キキミリの代わりに、イマジロタが口を開く。

「ソカル、コーミルの二つのコミュニティに加え、斬奸対象が増えました。アルーマという男です。データはこれ」

 机に置いてあった、チップを軽く上げた腕の先の指で示す。

「この男は、不逞にも市長をここで襲おうとした奴です」

「あらま。そりゃあ、すごいもんっすねぇ」

 素直に、ルイムは驚いた。

 チップを手にしてまじまじと見つめる。

「あなた方にはオーバーワークかもしれませんが、他に頼るものがないのです」

 イマジロタに、ルイムはにやりと笑う。

「あー、そー。そうなんっすねー。そりゃ大変だあ」

「適当すぎないか、その返事」

 黙っていたキキミリが思わずツッコむ。  

「ああ、気にしないでくださいね。ついですよ、つい」

 ルイムはニコニコと笑んだままだ。

 二人が退出すると、イマジロタはやれやれと息を吐いた。

「暗黙の事実ってやつかな?」

「まぁ、バレるんじゃない? 組織使って何かしようとすれば、いくらでも漏れる」

 聞いたキキミリは苦笑いした。

「で、アルーマの調査結果は?」

「身元は簡単に割れた。あのカローヴだね。背後関係については、まだ調査していないけども」

「奴か・・・・・・世間に逆恨みでもしたかな」

 キキミリはうんざりと面倒くさそうに、いつものように机に突っ伏した。

「あー、落ち着く」

「イリィマやルネスカ社が関係しているかどうかは、まだわからない」

「あの、正体不明の化け物もだろう?」

「ああ」

「てか、大丈夫か? カローブのデータをルイムに渡して。あいつ、あほのくせに異様に勘が働くぞ?」

「多少、話が通じたほうが楽な時もある。種は撒いといて損はない。あとで伐採するのもでてくるが」

「なるほどね・・・・・・警戒しておけよ。帝都にいたんだぞ、アレ・・・・・・」

 眠気半分で聞いていたキキミリは、いつの間にかそのままよだれをたらして寝息を立てていた。




「ずいぶんとやる気出してるねぇ」

 ルイムがイクルミの隊長室でウィセートに話かけた。

 すでに髪はヘアアイロンで整えられ、緑のワンピースに編み上げ靴という恰好だ。

 ウィセートはその場で浮遊ディスプレイの文字列を浮かべていた。

 中身はイマジロタから渡されたデータ・チップだ。

 ルイムが機械はちょっとというので、代わりに処理に掛かっているのだった。

「それは、ソカルつかったコーミル撃滅失敗で焦ってる?」

 単刀直入に聞いてくる。

「まぁ、そんなところです」

 あけっぴろげなルイム相手に含んだ言い方をしても仕方がない。

 ウィセートはとっくにこの隊長のペースに降伏していたのだ。

「で、帝都はどうでした?」

 作業の合間に、聞く。

「大人気だったよ。プロのスカウトが四人ほど来たなぁ」

 ルイムはあくまでサッカーの話しかしない。

「隊長は、就職先を間違えましたね」

 ウィセートの言葉に、ルイムは笑うしかない。

「ただねぇ、ウィセートが聞きたいと思ってることなら。新種ニユーオーダー旧種ローテツクに嫌われてるよ。てか、お互い嫌いあってる。皇帝が新種ニユーオーダーとして聖化したのが猶更だね。そして反帝国は両種にかかわらず、新しい神を求めている、かな?」

 見ているところは見ていると、ウィセートはうなづいた。 

「皇帝はどうして聖化なんてしたんでしょうね?」

「簡単じゃん。神になりたかったんだよ」

「神、ねぇ・・・・・・」

 ウィセートは納得しきれないといった風だ。

「考えてもみな。旧帝国の支配力を執行するのに、経済でも軍事でもなんでも国内に影響を与えられないとなると、自身が神になるしかないじゃん」

「・・・・・・突飛すぎです」

「それぐらい追い詰められてたってことじゃないのかな?」

 話しつつデータを読んでいたウィセートは、ひとつ唸った。         

 投資家やら証券会社が売り買いした会社名が並べてズラリと出てきていた。

 頭痛がしそうだ。

 この複雑さはイマジロタの嫌がらせにしか思えない。

 沸々と、あの君側の奸に怒りが湧いてくる。

 どうせ、今頃は新しい女のところだろう。

 一瞬、キキミリに聞いて怒鳴りこみに行ってやろうかとさえ思う。

 このデータを処理しなければ、イクルミは動けない。

 わざとそうしたのではないかという考えが浮かんできた。

 ・・・・・・そういえば、イマジロタの女好きは有名で今に始まったことではないが、本当に女のところだけウロウロしているのだろうか?

 もし、彼が何か別なことを計画しているとしたなら?

 アルーマという人物を使った時間の間で、何かことを起こそうとしているのでは?

「隊長、ちょっと思うところがあるので、先にあがります」

「おや、そうか。おつかれさん」

 ルイムはあっさりと納得して、彼を開放した。

 代わりに、ディスプレイについて、データ処理を引き継ぐ。

 それに背を向けて、ウィセートは部屋を出て行った。




 バージーを殺した時、ロミィはこれで復讐を果たし、世界が解放されたと信じた。

 だが、事実は反帝国分子の割拠であり、一時期は大規模反乱まで巻き起こした。

 ロミィは祀り上げられようとするのを、必死に身を隠して逃れた。

 どんな有力な権力者でも暗殺をすれば、どこかのタガが外れ、収集がつかなくなると学んだ一件だった。

 ちなみに、大規模反乱は見事に一瞬で鎮圧されて、今やロミィの名は逆賊の代名詞である。

 根なし草になった彼女は各地を放浪して、親帝国分子を処理しつつ、エクゥル市に到着した。

 心も何もかもが乾きだしていた。

 そこに、皇帝の聖化とグリスカ・データの話を耳にする。

 聖化とは、電子の海に意識を飛ばし、広大な世界を自己のものにすることだ。

 皇帝もか。

 妙な共感を得たロミィは、グリスカを襲い、データを手に入れた。

 だが、難解で解読はできなかった。

 ロミィの心の渇きは増していった。

 パニソーのコーミル・コミュニティに入ったが、何か満たされない。

 彼女から欠落したものは何なのかわからないので、埋めようがない。

「ほれ、100点」

 酒場で、ディクショがダーツの矢をど真ん中に当てる。

「・・・・・・ほい、あたしも100点」

 すぐわきに、ロミィの矢が刺さる。

「なんだよこれ。さっきから同じ場所ばかりに当てやがって。勝負つかねぇじゃねぇか」

 文句を垂れるディクショの脇から、ロミィがもう一本のダーツを投げると、真ん中に当たると同時に、他の矢をすべて衝撃で落としていた。

「ふふん。勝負がつかないって? どうみても、あたしの勝ちだけど?」

 胸を張って、ロミィは宣言する。

「反則じゃねえかよ?」

「そう思うなら、先にやっておくんだったね。はい、今日はあんたの奢り」

 味気ない酒も、適当な現実逃避になる。 

 ロミィは浴びるように飲んで、気分を紛らわせた。




 コーミルのメンバーが集まる酒場では、ロミィが一躍有名人になっていた。

 朝からディクショとともに入り浸っていたが、陽気に挨拶する者たちや、尊敬のまなざしを送ってくる者、そして、反対に殺気にも似た雰囲気をまとった者と色々だが、中心がロミィという点で変わらない。

 居心地が悪すぎる。

 ロミィは店を変えようとするが、そのたびに大勢に絡まれる。

 結局、テーブルに頬肘を立て、不満そのものの表情で、唐揚げをつまんでいた。

「何なんだよ、もう」

 何度目かのため息だった。

 こんな目立ちかたは彼女の性に合わないのだ。

 ディクショはかまわずに、ウィスキーのロックをちびちびとやっている。

 その態度は、「大変だな。俺には関係ないけど」という言葉がありありと張り付いていた。

 次の日もほかの酒場で同じような状態になった。

 ロミィの不機嫌は限界に近かった。

 ディクショは、つかずはなれずの距離で、少女を見守っていた。

「おい、ヤバいぞ!」

 突然、昼をまじかにした酒場に男が飛び込んできた。

「パニソーのガキがおかしくなりやがった! いろんな酒場で暴れて、もうすぐこっちにも来る!」

 パニソーがいつも連れている少年少女はそれぞれ、ジュロ、リリグという。

 人間ではない。パニソーが使役する護法精霊の一種だ。

 それがコーミルの支配地域で荒れているという。

 ロミィは真っ先にパニソーが無事なのか確認したかった。

 召喚されたまま主を失った精霊が狂暴化するという話は、良く聞くからだ。

「どうしたもんやらな」

 ディクショはまるで他人事のようにつぶやく。

 携帯通信機で、ロミィはパニソーを呼び出してみる。

 だが、反応はない。

「どうしたんだろう・・・・・・」

 ロミィは心配げだった。

「お節介焼いてる場合じゃねえぞ?」

 ディクショが、酒場の入り口に目をやった。

 そこには少年の姿をとったジュロと、少女の姿のリリグが地面から十数センチのところに浮かんでいた。

 不気味な微笑みを浮かべながら。

 先に報告に来た男は奥のほうに逃れていた。

「パニソーからは討伐の命令が出てる! 遠慮はいらんぞ!」

 酒場は騒然となった。

 それぞれが、一斉にそれぞれの武器を抜く。

 身体より大きな服を着たジュロとリリグはそのまま、頭から酒場に飛び込んでくる。

 コーミルのメンバーたちは同士打ちを恐れて、拳銃で狙うのが精いっぱいだった。

 中には、椅子やグラスを投げつける者もいたが、あっさりとかわされていた。

「まっすぐこっちに!?」

 ロミィは、慌てて席を立った。

 彼女を見た二人は、暗い嬉しそうな顔をした。

 二人の袖から、細い線が大量にロミィめがけて伸びていった。

「有線・・・・・・!?」

 刺さるかのように、ロミィの体中に巻き付く。

 強引に電脳スペースが開かれた。

 侵入者に、超分厚い防壁を張る。

 同時に解析して、逆侵攻を準備する。

 外から見ると、三人は時折電気の光を弾くようにあたりに走らせて、ただ、立っていた。

 あらゆる方向からの侵入は、防壁数枚割られ、メインまでが削られながらもなんとか阻止していた。

 意外とやる。

 ロミィの防壁を破るだけでも、一流以上の電脳使いと言っていい。

 さすが、パニソー子飼い精霊である。

 ロミィは攻撃を受けるなかで相手のロジックを把握した。

 即、逆侵攻の一波を打ち込むと、瞬間に有線が外される。

 あまりに強力な電子攻撃だったのだ。

 ぎりぎりで二人は回避したが、まともに受ければ、その一撃で神経が焼かれて死ぬところだ。

「はい、そこまでー」

 宙をくねっていた有線の束を、ディクショが刀でまとめて切断した。

 ジュロとリリグは、引きつった笑いのまま、後退する。

 刀を肩にしょったディクショは、二人を睨みつけながら頬を引きつらせた。

「・・・・・・おまえら、死にたいか?」  

「ちょっとまてまて!」

 ロミィがディクショを制する。

「君たち、やるねえ。どうかな、おねぇさんのところに来ないかい?」

 ジュロとリリグは顔を見合わせる。

「怒ってないし、危害も加えないよ。そして、三食昼寝付きでどうだ!」

 ジュロが無言で何度もうなづく。

 隣で冷たい目を彼に向けていたリリグも、やや考えて頭を下げた。

「よしよし、良い子たちだねぇ。これからは、あたしのところで遊ぶんだよー?」

 ジュロもリリグも明るい笑顔になって、ふわふわとロミィの周りを飛び回った。

「・・・・・・なんだ、これは?」

 さすがにディクショは呆れた。   

「なんだろうねぇ」

 ロミィも苦笑する。

 静かだった酒場は、一斉にあらゆる声が上がった。

 あれを手なずけたのか!?

 ガキが。調子に乗りやがって。

 俺が殺ろうとおもってたのに。

 マジかよ。信じられねぇ。

 様々な言葉が混ざって、酒場はにぎやかになる。

「へっ、おまえらは、今日は俺たちに奢りな。文句ある奴?」

 ディクショの言葉に、誰も反対意見はなかった。

 賛成意の反応もなかったが。




 別の酒場で、パニソーは不機嫌丸出しで、グラスにウィスキーを注いで、一気にあおった。

 画策は失敗したようだった。

 あの龍を操った男を。彼女はやりすぎた。

 目立ち過ぎたのだ。

 とにかく、脅威なのだ。

 しかも、彼女はパニソーに忠誠を誓っているわけでもない。

 ただの協力しているにすぎない。

 どうにかしなければならない。

 すべての原因の彼女を。

 パニソーは、黙ってグラスを明けながら考えていた。

 次の手は・・・・・・。

 最終的には考えたくはないが、ヒデリトの力が必要かもしれない。

 怒りが沸く。

 よりによってヒデリトなどと。

 パニソーは、勢いよくカラになったグラスをテーブルに叩きつけるように置いて、己の運命を呪った。


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