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第3話

「まぁ、変にこそこそするより、日常やってたほうが自然だろう」

 ディクショが言うので、これと言ってやることもなかったロミィは街をふらつくことにした。

 何故か、ディクショも一緒だ。

 彼の義足は滑らかに動き、ぶらっきぼうな歩き方に合わせた、足音を鳴らしていた。

「まぁ、気をつけないとな。イクルミの諜報は意外と細かく根を張ってるからな」

 この男は、いつの間にかロミィのお守りのような立場にいた。

「それぐらい、わかってる」

 ロミィは不満である。

 今更、お守りも何もない。

 大体、自分の身ぐらい、自分で守れる。

 今までそうだったし、これからもだ。

「わかってるの?」

 以上の内容な言葉を並べて、最後に横の男を見上げて言う。

「あー、実力は認めるがな」

「なによ?」

「ちんちくりんすぎんだろう、おまえ」

「ち・・・・・・!?」

 ロミィは絶句した後に顔を赤くした。

「まてやコラ! なに人の外見馬鹿にしてんだよ!?」

「いや、別にそういうつもりじゃねぇけどなぁ」

 頬をふくらまして激怒するロミィに対して、あまり興味もなさそうなディクショは眠そうな目でスキットルをあおる。

「なめられるって話だよ。おまえがバージーやグリスカを殺った本人だってわかったら、馬鹿が湧くぞ」

 確かに、ロミィは年の割に幼く見える。身長も低く体つきも華奢だった。

「だが、二度というな・・・・・・」

 地を這うような低い声と鋭い目で、ディクショに言う。

「あー、はいはい」

 やはり、相手にもしていない。

 どうでもいいことと、取るべきか。なら問題はないのだろうか。

 ロミィは少し考えた。

「ああ、あの店良いんだよ」」

 ロミィが顔を向けると、店先に鳥の形をしたバルーンが幾つも浮かんでいるのが見えた。 途端に目が輝く。

 店に近づくと、ディクショは窓口で注文する。

 ロミィは配られているバルーンを受け取り、満面の笑みを浮かべる。

 そのまま通り過ぎようとするのを、ディクショが声をかけて止める。

「それの話じゃねぇよ」

「え・・・・・・?」       

「ここの唐揚げが美味いんだ」

 言って、改めてという風に、バルーンを持ったろみぃを眺める。

「・・・・・・似合うなぁ、その恰好」

「なっ!? おまっ!? これはちがっ・・・・・・!」

 顔を真っ赤にして、ロミィは慌ててバルーンを持った手を後ろに隠すが、頭の上で鳥の部分がゆらゆら揺れている。

「あー、はいはい。気に入ったなら持って帰ればいいじゃねぇか」

 関心なさそうに、注文した唐揚げの入った袋を受け取る。

「どっか適当なところで食うか。酒に合うんだ、これがよ?」

 上機嫌に言うディクショだが、ロミィは不機嫌丸出しだった。

 そのくせ、バルーンを手放そうともしない。

「気づいてるか?」

「・・・・・・ん?」

 急にぼそりと聞かれ、ロミィは軽く首を曲げた。

「何人か、こっちに敵意丸出しな態度をしてるやつらがいた。親帝国というわけでもなさそうだしなぁ」

「ああ、それなら視線を感じた」

 のんきそうに歩いている彼女らだが、街の状況把握も兼ねているつもりだった。

「なんだろうな」

「さぁ。とりあえず、襲われる心配はないみたいだけどね。後で何かわかるでしょ」

 ロミィは緊張感もなく感想を述べた。

 ディクショは黙ってタバコを咥えると、火をつけて煙を吐いた。

「おや旦那、お疲れさまです。可愛いお嬢ちゃんをお連れですね」

 路上に出ていた飴屋の店員が、ディクショに声をかけてきた。

「ほら、嬢ちゃん、いっぱい飴あるけど、どれでも好きなの持っていっていいよー?」

 半眼になったロミィは黙って小さな猫の飴細工を一本取り、しばらく歩いてから、無言でディクショの脇腹に拳を叩きつけた。




 ウィセートは一人で市街の外れにある集合アパート群まで四輪を走らせてきた。

 ここらの地域には、番地がない。

 空地に勝手にアパートが建ち並び、いつの間にか整理されて人々が住みだした場所だった。

 複雑に入り組んだ道の入り口に、若者が所在無げに数人座っている。

 スピードを落とし、人の足と同じ速さになった四輪を見ると、彼らは軽く頭を下げた。

「ヒデリトは?」

 若者の一人が嗤うように、いつものところだと答えた。

 うなづいたウィセートは四輪のスピードを上げた。

 ここは一部の新種ニユーオーダーなら壮麗な建物の外観に見えるようにされている。

 ソカル城塞と呼ばれているものだ。

 だがウィセートはうっとうしいので、電子装飾を遮断して通常のレンガ作りで薄汚れた巣の建物が見えるようにしていた。

 乱雑に建てられて迷路じみた路地を進むと、一棟のアパートの前で四輪を止めて中にはいる。

 内部はぶち抜きで半分が水槽になっていた。

 どの建物もそうだ。

「おや、いらっしゃい、ウィセートさん」

 間接照明の中に、車椅子に座った男がいた。

 二十代前後、髪を細いドレッドにして、大き目なデニム地の上下を着ている。

「まだそンなものに乗ってたのかよ、ヒデリト」

 若者は鼻を鳴らした。

「誰っすかね、こんなにしたのは?」

 陰性のものは含んではいなかったが、口調には明らかに当てつけがあった。

「しょうがないだろう。上には死んだって報告してるんだ。少しはそれらしい跡にしておかなきゃならなかったろう?」

「そのまま返したいですね。僕も、少しはそれらしい恰好してるんです」

 ウィセートは言われて苦笑した。

「それより、言う通りになっただろう? 準備はできてるか?」

「ああ、コーミルの連中のことですね。言う通り・・・・・・ね」

 ヒデリトは小さく嗤う。

 彼らにもスパイはいるのだ。

 ウィセートは、水槽を眺めた。

 特殊炭素性物質を溶かした、透き通った液体が満ちているだけだった。 

 だが、これが巨大な情報演算装置になるのだ。

「・・・・・・あと数個で完成ですよ」

 ウェット・ブレイン。彼らはそう呼んだ。

 水槽ひとつでも、十分な能力はあるが、ヒデリトは帝国内全土をモデルとした巨大な演算装置を望んでいた。

 ここに、小さな帝国の電脳スペースの縮図があるようなものだ。相互に関係を持った。

 ヒデリトはとんでもないものを考えて造っているのだ。

「で、コーミルはここを襲いに来るだろう」

「わかってます。で、イクルミはどうするんです? 助けていただけるのですか?」

「ああ、全力でな。ここに来たら、コーミルの奴らを皆殺しにする」

「頼もしいですね」

 半ば皮肉のような声音をウィセートは無視した。

「決行日はつかんでいるか?」

「二日後ですよ」

「なら、良い」

 その質問はただの確認でしかなかった。

 イクルミにもコーミルにスパイをもっているのだ。

「おまえらは我々に恭順してきたんだ。護るのも、協力するのも当然だろう?」

 ウィセートの言葉に、ヒデリトはうなづいた。

 だが、それ以上には言葉を吐かなかった。




 二日後の早朝だった。

 大型四輪に十二人ずつ乗り込が乗り込んでいた。

 パニソー率いるコーミル・コミュニティの戦闘部隊だ。

 十台で市街の外れにあるソカル・コミュニティの本拠に向かう。

 途中何度か通行止めがあり、予定の道からずれていった。

「なんだ、まっすぐ向かうんじゃねぇのか」

 荷台でスキットルをあおりながら、ディクショはつぶやいた。

 横で、ロミィは船を漕いでいる。

 普通にずれていったならいい。

 だが、一台通るごとに、次の大型四輪の前に通行止めが現れる。

 パニソーとロミィたちが乗る先頭から十台は、いつの間にか、ばらばらになっていった。

「ヤバい。全車、急いで集結してください!」

 パニソーが携帯通信機で各車の指揮官に連絡を入れる。

「レーザーにロック確認! 対戦車ロケットです!」」

「緊急停止。全員、すぐに四輪から出てください!!」

 パニソーは運転手の言葉にすぐに後ろに声を上げる。

 わらわらと、スピードを落とすところから降りて行ったコーミル・メンバーは、四輪から離れて、塀などの物陰に隠れようとする。

 大型四輪が爆発を起こして軽く跳ね上がると、炎の塊となる。

 彼らは散会して相手を探した。

 新種ニユーテツクのメンバーが、相手を走査サーチする。

「・・・・・・ユーテル・コミュニティ、キタラ・コミュニティ、ホォノミ・コミュニティ・・・・・・」

 そばにいたパニソーは眉を寄せる。

 どれも、弱小の犯罪組織の名前だった。

「ソカルの連中じゃない?」

 突然、メンバーの一人の体が宙に吹き上がった。

 だらりとあおむけで空中にとまる。

 その背後の街灯の上に、男が立っているのがわかった。

 龍のマスクをかぶり、帝国の民族衣装の上下を着ている。

「はじめまして、コーミルの皆さん。わたしはアルーマ。今日は皆さんに疑問を一つ投げかけたい」

 メンバーは呻きながら体をかすかに動かしている。

 アルーマと名乗った男は、性格にパニソーをマスクの下から見つめていた。

「何故、同じ反帝国の志をもったソカル・コミュニティとは手を組まずに、延々と争っているかについて、お答え願いたい」

 ぼんやりと彼の前に長い胴と髭を生やした龍の姿が浮き上がってきた。

 メンバーはそれの巨大な口に咥えられているのだ。

「方針の違いに過ぎません。奴らはやりすぎる上、我々に喧嘩を売ってきました」

「ああ、ああ。まったくもって、嘘はいけない」

 龍の顎に軽く力が入り、メンバーの男は悲鳴も上げられずに身体を一瞬、くの字にした。

「誰が嘘を・・・・・・!」

 メンバーの様子に、パニソーは焦りが出る。 

「嘘でしょうに。あなたとヒデリトのことだよ。方針といったが、個人的な理由があるのでしょう?」

 コーミルのメンバーたちの視線が、パニソーに集中するのがわかった。

「別に何も・・・・・・」

「あったでしょう?」

 アルーマは楽し気にもう一度、同じくして聞いた。

 ちらりと、龍が咥えるメンバーに目をやる。

 舌打ちが響く。

「おまえら何してる! 仲間が殺られそうなんだぞ!」

 立ち上がったディクショが怒鳴った。

 義足が最大出力で、彼を跳ばす。

 一瞬で龍のとぐろを巻いた道路まで来ると、鞘から抜きざまの一刀を喰らわせた。

 だが、鱗が数枚砕けただけで、龍の体にダメージは与えられない。

「・・・・・・化け物め!」

 振るわれるかぎ爪から距離を取ってよけたディクショは、悪態をつく。

 一斉に各方向から自動小銃が龍を狙って発砲した。

 少年少女も、龍に向かって飛んでくる。

 ディクショはすでに目標を変えた。

 塀から電柱の半ばまで飛んで、アルーマに刀を振るう。

 アルーマは袖から短めな両刃剣を逆手に抜いた。

 肘の力で脇に受け流すと、街灯の上から身を躍らせて地面に着地する。同時に横に跳んだ。

 追ったディクショの上段斬りが影をかすめた。

 アスファルトを義足が割る。

 すぐにアルーマの動きにディクショはついてゆく。

 高速で移動しながらの素早い刀と両刃剣の打ち合いが路上で繰り広げられた。

 龍は銃弾をことごとく弾き、少年と少女を尻尾の一振りで吹き飛ばすと、上空に身体をうねらせて泳ぎだした。

 コーミル・メンバーと、アルーマ側の各コミュニティの銃撃戦が始まる。

 相手は圧倒的数で、コーミル・メンバーは一人、また一人と倒れてゆく。

「なんなんだ!? こんなところですか、我々の死に場所は!?」

 パニソーが悔し気に押し殺した声を漏らした。

 ロミィはヒップバックに手をやって、塀の影から立ち上がった。

「ここじゃないよ、パニソー。あたしたちの死に場所はもっと派手で盛大なところでだ」

 路上を歩きだし彼女は両手に自動拳銃を握った。

 目で狙うことなく、腕を伸ばすと、一度引き金を引くだけで弾丸は相手の眉間を貫通した。

 無駄のない最小限の動きで素早く銃声を連続させて、次々と相手を一発で撃ち殺していった。

新種ニユーオーダーか!?」

「探査能力はハンパじゃねぇ!」

「くそが! あいつをねら・・・・・・」

 最後に叫ぼうとした男は首に銃弾を受けて絶命した。

「あいつ、新種ニユーテツクだが・・・・・・凄まじいな」

 パニソーの隣にいる電子戦要員が、感嘆と驚きの声を上げた。

 ロミィは相変わらず、最小限の脚運びで、素早く腕をあちらこちらに向けては次の標的に銃弾を見舞っていた。

「なんだ、あいつ・・・・・・」

 ちらりとアルーマはロミィを見た。

「よそ見してんじゃねぇ」

 顔面を横薙ぎにしてきたディクショに、身をかがめてよけると、刀を持った腕を脇の下に巻き込み、あらわになった脇腹に剣を突き刺そうとする。

 ディクショはとっさに側転したついでに、アルーマの剣を持った手を蹴った。

 後方に退きつつ、アルーマは舌打ちした。

「パニソー、これは私への宣戦布告と受け取る」

 とたん、空中の龍がメンバーの胴を噛み砕いた。

 脚と、胸から上だけの部分が地上に落ちてくる。

 パニソーは衝撃を受けた。

「皆殺しにしてください!」

 激昂した命令を下すが、アルーマとその部下たちはその場から離脱を始めた。

 銃撃もなくなり、一気に静かになった住宅街で、彼らは虚脱し茫然としていた。

 何者なのだ、今のは。

 そして、パニソーとヒデリトは一体どんな関係なのか。

 皆頭の片隅に残ったが、誰一人、すぐには口を開く者がいなかった。




 エクゥル市の市長室にキキミリとイマジロタが入ると、執務机に異様な男が勝手に着いていた。

「葉巻、あると期待してたんだけどなぁ。やっぱり、ないんだねぇ・・・・・・」

 のんきな口調で、脚を交差させて椅子にもたれている。

「・・・・・・誰だ、あんた?」

 キキミリは入口のドアを閉めてしまったのを後悔した。

 イマジロタの頭は高速回転している。

 執務室の前は秘書室になっており、まっすぐ入っては来れない形になっているのだが、この男は何の警戒もなく、ここにいる。

 新種ニユーオーダーか。ならば敵か、味方か?

 制圧できるか?

 生き残る可能性は?

「まぁ、座りなよ。わたしは平和の使者だよ、市長?」

 龍のマスクをかぶったアルーマは意味ありげに言った。

 キキミリとイマジロタは相手を刺激しないようにするため、黙って、机の前にある二つのソファに腰を下ろした。

 本物の頭のねじが行ったやつやつか。

 キキミリがそう思うと、イマジロタが口を開いた。

「はじめまして、アルーマさん。お会いできて光栄ですよ」

 穏やかに挨拶をする。

「・・・・・・おや、わたしを知っているのかね?」

「もちろん」

 イマジロタはうなづいた。

「それなら、話が早い。わたしの要求は、あなたに反帝国として行動してもらいたいというものなのだよ」

「・・・・・・考えておく」

 キキミリはそう答えるしかなかった。

「そんな曖昧なものじゃ困るんだ。何か勘違いしているようだが・・・・・・」

 アルーマはペンをとって、先端を机の上でトントンと叩いた。

「わたしはこれでも、神の名のもとにやってきている。わたしの言葉は、神のものと思ってもらわねばならない」

 本物のイカレ野郎だ。

 イマジロタが知っているらしいが。

 キキミリはため息をつきたくなった。

「アルーマさん。お話は分かりました。しかし、我々の微妙な立場もわかってほしい」

「微妙?」

「このエクゥル市が帝国から直接討伐軍を派遣されないのは、どうしてだと思いますか? 我々が、親帝国の立場として市民の反帝国から盾になっているからです。市長までが反帝国を標ぼうしてしまうと、取り返しのつかないことになる」

 イマジロタの言葉に、アルーマはしばらく黙った。

 ペンが机を叩く音だけが響く。

 黙っている間、執務室の空気がやや変わり始めた。

 それは、かつて感じたこともない、巨大で、圧倒的な何かの気配だった。

 だが、攻撃的ではなく、どちらかといえば老いを思わせる、妄執と憎しみが混ざったものだ。

 キキミリもイマジロタも感じた。

 新種ニユーオーダーの二人だが、その何かを認識で掴むことはできなかった。

「わかったかね?」

 存在の気配が消えた部屋は、急に寒くなった気がした。

 危険だ。

 イマジロタは最小限の指の動きで指輪に仕込んであるボタンを押した。

 途端に秘書室から、完全武装の警備隊がなだれ込んできた。

「おやおや。今の話はまた今度ということだな」

 アルーマの背後のガラスが外側に吹き飛んだ。

 彼は、ためらうことなく、四階から外に身を躍らせる。

「ここの警備はどうなっているのかね?」

 秘書室の隣にある警備室の室長に、イマジロタは冷静に問う。

「申し訳ありません・・・・・・。カメラもセンサーも、異常がなかったもので」

「・・・・・・なるほど・・・・・・くそっ」

 また厄介なものが増えた。

 しかも、相手はとんでもないものを背後にもっている。

 イマジロタは、今後のことを考えねばならないと思った。

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