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谷樹理
SFSFコレクション
2024年08月21日
公開日
66,847文字
連載中
帝国の皇帝が聖化という電脳の技術を使って電子の海に溶けた。
 国は親帝国派と反帝国派に分かれ、大乱の相をあらわにし始める。
 皇帝の行動の理由に、ロミィがいた。
 彼女は反帝国として、重要人物を暗殺したのだ。
 エクゥル市は最も騒乱で激しい地域で、ここで帝国から運ばれたデータを持った男も、ロミィは殺したときに、ディクショという青年と出会う。
 一方、反帝国のコミュニティのひとつでリーダーをしているヒデリトは彼女を失い、電脳技術の応用で魂を作り、復活させることはできないかとさぐっていた。
 それに目をつけたルネスカ社は、共同研究を持ちかける。
 研究に目をつけたのは、悪魔も一緒だった。カローヴという男の元に悪魔から送られてきたヒデリトの恋人だったミーケレという天使がいた。
 カローヴはそこで大神の存在を教えられ、名前をアルーマと変えて教団をつくる。
 ヒデリトを想っていたパニソーという女性が、ロミィの実力と名声を買い、自分のコミュニティに誘い入れる。
 ロミィはディンクショとともに、市の治安組織であるイクルミと戦う。
 やがて、パニソーはグリスカのデータを持ったロミィを恐れて襲うが、逆にコミュニティが弱体化してしまう。この時、ロミィは少年少女二人の護法精霊をパニソーから奪う。
 教団はルネスカ社強力の元、エクゥル市の不動産を買い散らし、大神の居場所のためのネットワークを構築する。
 魂を作る技術が完成し、いよいよ大神を呼ぼうとしたところに、護民官となったロミィが現れる。

第1話

 主に反帝国の分子が闊歩するエクゥル市のはずれ。

 ガス灯がまばらに闇を照らす中だ。倒れている男のそばに、少女がしゃがんでいた。

 男はゆったりとして、幾何学系の模様の入った民族衣装を着ている。黒く染まったあたりにあるのは、血だろう。

 黒髪の後ろを刈り上げ、前に行くほどにアンシンメトリーに伸ばし、大き目のパーカーを着て、ショートパンツ二つのヒップバック、スニーカーという姿。

 十六歳の少女だが、身じろぎもしないでいる。

 ただ、その幼げで端正な容姿には、喜びを押しつぶしたような表情が浮かんでいた。

「よー、ロミゥ。こんなところで死体漁りか? 相変わらず趣味が悪いな」

 ロミゥはゆっくりと振り向いた。

 あまり素早い動きをできる状態ではないのだ。

 男は、白と青のインバネスコートに、黒いニッカポッカをはいて、太いベルトを二本、垂らしていた。二十代前半。髪を後ろになでつけ、手にはサブマシンガンをだらりと下げていた。

 イクルミという治安組織のエクゥル市支部副隊長、ウィセートだ。

 彼がいるということは、近くに部下たちが配置されているはずだ。

 ロミゥはあからさまに舌打ちした。

「そいつ、おまえに殺されるとは、想定外だったな。エクゥル市に入ったとは聞いていたが、これが目的か。エクゥル浪人たちをいくら殺しても、無駄だったわけだ」

「・・・・・・殺した?」

 ロミゥはその言葉に反応した。

「ああ、殺った。何しろ、おまえ、堂々とグリスカ殺害を叫んでいたんだから、黙ってるわけにいかねぇだろう。やつらが潜伏してたと思われる四か所で皆殺しにしてやったよ」

 ロミゥは急に目の前が暗くなり、身体が重くなる衝撃を受けた。

 エクゥル浪人たちは、彼女に一時的な安息の場を与えてくれた恩人たちだった。

 奥歯を噛みしめて、歯ぎしりを鳴らす。

 鼻で笑う、ウィセート。

「グリスカを殺したとなると、いろいろ漏れてるもんがあるみたいだなぁ。まぁ、しょうがねぇけどな」

 ロミゥのそばで倒れている男、グリスカは中央から市に出向してきた政府高官である。

 帝国の皇帝、フェーシンが自らの聖化のために悪を取り払う作業について、重要な役割を果たした男だ。それがこの市に送り込まれたと聞き、反帝国の浪人たちは激高したのである。

 自らを囮にして、彼らはグリスカ暗殺をロミゥに託した。

 結果、彼らは見事に散ったことになる。

 ウィセートがダラダラとしているところを見ると、ロミゥの殺害は第一目的ではないらしい。

 グリスカの体に電記端子をいくつも刺してデータを自分の電脳に記録中のロミゥは、なんとか逃れるすべはないかと頭の中をを高速で回転させた。

「確か、あんたのところの隊長、具合が悪くて入院してるよね? それも面会謝絶ってくらいの」

「おかげで俺が自ら出張ってきてるんだよ。面倒かけんじゃねえ」

 ウィセートはタバコを口に咥えた。

旧種ローテツクは大変だよねぇ。あたしら新種ニユーオーダーなら、あれぐらいどうってこともないのに」

 彼はにやりと笑い、紫煙を吐く。

「わかってんならよぉ、その電記端子、全部よこしてもらおうか?」

 あっさりと本音が出た。

 ロミゥはこの時、やっと気づいた。

 計画は最初からバレていて、ウィセートは聖化技術を奪いたく、グリスカが殺されるのを待っていたのだ。ついでにそれを理由に、エクゥル市の不逞浪人をあらかた始末して。

 不快さで、彼女は足元に唾を吐く。

「渡したところで、あたしを放っておく気なんてないでしょ?」

「ねぇよ」

 鼻で笑っての即答が返ってきた。

 旧種はただの人間だ。比べて、新種は電脳を装備して身体を改造した人間である。

 旧種にデータを記録中の電記端子を読めるどころか、ほかの何かと区別をつける方法があるとは思えなかった。

 多分、ウィセートは本部に戻って新種の雇人に処理を任せるのだろう。

 ならば、偽のものを渡せばよいか。

「あー、ロミゥ。俺が欲しいのはそれ。へんなマガイもん渡して来たら、面倒だがおまえを殺して、身体ごと回収しなけりゃならなくなる。気をつけろよ?」

 心を読んだかのような、ウィセートの言葉だった。

 どっちにしろ、ウィセートはロミゥを黙って帰す気はないだろう。

 今言ったように、ついでに回収するつもりの可能性が大だ。

 有線での記録中で下手に動けないロミゥは、深く息を吐いた。

 仕方がない。

 グリスカのデータは諦めるか。

 今、端子の無線接続を切り、逃げ出せば、万が一があるかもしれない。

「ここら一帯はイクルミが封鎖している。逃げようとしても無駄だ。おとなしく、データよこせ。ちゃんと助けてやるからよ」

 後半が、まったく信用のできない。

 ロミィを逃してイクルミに利益などないだろう。

 これは、もう覚悟を決めての中央突破しかないだろうが、ウィセートはもちろんにして、多数のイクルミを相手して助かるとは思えなかった。

 だが、相手を数名でも殺せるのなら、本望ともいえる。

 ロミィが覚悟を決めかけたとき、のんびりとした足音が近づいてきた。

 ウィセートとともに目をやると、眠そうな表情に皮肉な笑みを浮かべた男の姿だった。

 長身で細身。鍔広で、ところどころに切れ目が入った高山帽をかぶり、強化繊維のジャケットに、義足の両足に革のズボンで、無精ひげを生やしている。三十一歳だ。

 垂らしたガンベルトに拳銃と大小の刀を履いている。

 火のついていないたばこを咥えて、片手にスキットルを持っていた。

「どこで何やっているかと思えば。こんなところにいたのかね。集団で女の子を襲おうとは、イクルミも地に落ちたねぇ」

「・・・・・・ほう。ディクショか」

 ウィセートが軽く笑う。

 ディクショの名は、ロミィも聞いたことがある。

 元イオミカ・コミュニティの構成員でだ。

 イオミカ・コミュニティは、西部にあるイオミカ市の反帝国コミュニティで、過激派として有名だった。

 ディクショはそこで帝国派浄化計画を実行して成功し、事実上の帝国から独立を果たす役割をしたが、いつの間にか彼はコミュニティから姿を消していた。

「おまえも探してたんだぜ? エクゥル浪人殺しのついでに殺やろうと思ってたんだ。わざわざそっちから来てくれるとは嬉しいね」

「奇遇だなぁ。俺もおまえらをぶっ潰そうとしていたところなんだ。知り合いの志士をずいぶんとむごい目にあわせてくれたからなぁ」 

「おまえ一人に何ができるよ?」

「一人じゃ何もできない奴らのセリフと取って良いかな?」

 ウィセートの目に殺気が光った。

 それをあざ笑うかのように、ディクショはスキットルに口をつけて、喉を鳴らした。

 中身はウィスキーだ。

「お望みなら、その数とやらを見せてやるよ」

 路地のわきから、ぬっと数名の人影が現れる。

 白と青のインバネスコートを着ているのが、ウィセートと同じだった。

 いきなり、ディクショは義足のバネを使って跳んだ。

 イクルミの男の目の前まで一気に距離をつけると、相手が銃の引き金を引くより早く、抜刀して袈裟斬りにする。

 素早く絶命した死体を盾にして、あたりからの銃弾を防ぐと、隙を見て二人目に間合いまで一瞬で移動する。

 横薙ぎの一閃で腹部を斬り割き、とどめに小刀で喉を突く。

 ウィセートは舌打ちして、軽く手を挙げる。

 他のイクルミ隊員たちはすぐに姿を消した。

 自身のピースメーカーで、ディクショに狙いを定めて引き金を引く。

 ディクショは射線を読みつつ軽くよけて、彼に接近した。

 上段からの刀は、ピースメーカーの本体で受け止められる。

 もう片方の手が小刀で腹部を狙うも、その腕を膝蹴りで弾かれる。

 タバコを吹くように捨てたウィセートは刀とかみ合ったピースメーカーの向きをそのまま変えて、至近距離でディクショの顔面に銃口を突き付ける。

 身体を横に折ると同時に、ディクショはウィセートの肘の裏を上に払いのけた。

 そのまま、下から刀をすくい上げるように振るも、ウィセートは直前で後ろに跳んで避けた。

「・・・・・・まったくキリがねぇ。こういうのは主義じゃねぇんだよ」

 ウィセートは、二本目のタバコを抜いて、ジッポライターで火をつける。

 息をついたディクショは、刀をだらりと垂らして、鼻を鳴らした。

「今日のところは撤収する。痛み分けにしておく」

 言った彼はすぐに近くの路地に姿を消した。

「・・・・・・ああん? 逃げだだけじゃねぇかよ、カッコつけやがってアホが」

 ロミィは、刀を鞘にしまうディクショを見つめて、何か言おうと口を開いた。

 だが、上手い言葉が見つからない。

 代わりに、腰のリヴォルバーを抜く。

 本当は礼がしたいのだが、勝手に動いた身体は真反対の行動にでた。

「おいおい、何のつもりだ? 話は聞いてる、ロミィだろう。おまえに俺も用がある。準備ができたら、近くの店に入ろうや」

 山高帽をかぶり直し、落ち着いてディクショは言う。

 壁に寄りかかりつつ、スキットルの中身を口にしながら。

 ロミィはしばらく彼を見つめるが、ふと気付いたかのようにグリスカからのデータ移行するため集中した。   




「本気なの!?」

 驚くパニソーに、ヒデリトは無表情でうなづいた。

 機械的な雰囲気に、決意の強さを感じる。

 だが、パニソーは止めようとしている。

 いくら何でもやりすぎだ。

 巨大な水槽の上に張った足場に立つ二人は、水面の奥を除き見ていた。

「準備はできました。もう方法はこれしかないです」

「やめなさいよ! もうミーケレは死んだんだよ!?」

「だからこそ、ここまで造り上げたんです」

 ミーケレはヒデリトの恋人であり最良の反帝国分子の仲間であった。

 そんな二人を、パニソーは自分の感情を押し殺しながら応援してきた。 

「残念ですが、これ以上邪魔するなら、こちらにも手段がありますよ?」

 殺意すら垣間見える声だった。

 パニソーはひたすら、自分の無力さを痛感した。

「・・・・・・わかった。もう何も言わない。好きにしなよ」

 代わりに激しい怒りが湧き上がってきた。

 パニソーは水槽の上から部屋の外に出る通路を、二度と振り返りもせずに進んでいった。

 ドアが閉められてヒデリト一人になったとき、水槽の水面が膨らんで急に波になり、ヒデリトの下半身を削ぎ落していった。




「うっめーなぁ、酒は!」

 ディクショはジョッキのビールを半分ほど一気に飲み、息を吐くと同じくしていった。

 嬉しそうに、もう次のアルコール・メニューを選んでいる。 

「あいつを殺れなかったのは、やっぱり酒が足りなかったせいだな。もっと飲んで相手すれば良かったわー」

 ただの酒カスか。

 ロミィは醒めた目で、黙ったまま彼を眺めていた。

 多少期待はしたのだが。    

 ディクショに連れられて入ったのは、反帝国分子が集まる広い居酒屋だった。

「・・・・・・今度のことはありがとう」

 ぼそりと、ロミィは視線を外しつつ言った。

「お、やっと喋ったなぁ。気にするな。大体、せっかく俺が出張ったってのに、ウィセートを逃してるんだからよ」

「あとは、自分でやる・・・・・・」

 ロミィは席を立とうとした。

 突然、店の雰囲気が変わる。

 喧噪が水を打ったように静まり、空気が張り付いた。

「そこは気にしろ。実は、事態を呑み込めてねぇな?」

 何のことだと、彼に視線を戻す。

「結果、一人勝ちじゃねぇか、今回のおまえ。怪しまれないほうがおかしい。ってか、ヤバいんじゃないのかなぁ」

 すでにジョッキはカラだ。

 皮肉にニヤけづらをみせてくるディクショにではないが、ロミィは舌打ちした。

 おとなしく席に座り直す。

 エクゥル市内には、すでにグリスカ殺しの報が走り回っていた。

 ここにたむろする連中も、生粋のエクゥル人ではないロミィを半信半疑の目で様子をみているようだった。

「おとなしく、おまえの身の上をここの連中に知らせるのが得策だと思うがね」

 ロミィは不満げだった。

 余計な者に余計なことを話して、余計な面倒を負いたくない。

「いやだね・・・・・・」

 考えるというよりも自身を落ち着かせて、ロミィは一言で済まそうとした。

「へぇ。まぁ、それならそれで良いけどね」

 ディクショはテーブルに硬貨を数枚置いて、テーブルを離れた。

 怪訝にその背を目で追っていると、他の数人がいるテーブルについて、改めて酒を注文した。

 そして、わきから振り返り、まだテーブルから見つめている彼女を追い払うように手を振った。        

「・・・・・・え、ちょっと・・・・・・」

 ロミィは戸惑った。

 だが、ディクショはもう彼女に背を向けて、一顧だにしない。

 不機嫌を丸出しにしたロミィは、勢いよく席を立つと、スニーカーの足音も派手に出口へと向かった。

 彼女の前に、いきなり近くの客がさえぎるように立ちふさがる。

「どこに行くんだ?」

 多少酔っている男は、へらへらと笑いながら背の低いロミィを見下ろした。

「どけ・・・・・・」

 小さな声だ。一応、腹からはでているのだが。

「ああ? ならおまえが持ってる、アレ、アレだ。アレをよこしてからにしな」

 電記端子のことを言っているのだろう。

 おとなしく差し出すわけがない。

 ロミィは男を見上げて睨んだ。

「あたしの邪魔する以上、ヒデリトの意思に反抗することになるよ?」

 今度ははっきりと聞こえた。

 エクゥルの反帝国コミュニティのリーダーだったヒデリトは、イクルミのウィセートが殺していた。

「ヒデリトは死んだ。誰が殺したのかわからないがね」

 鼻で笑う男。

「・・・・・・わかった」

 ロミィは低い声をだした。

「あんた、死にたいみたいね・・・・・・」 

 静けさの中に彼女の小さな声が響いた。

 直後、ロミィは後悔した。

 居酒屋中の客たちが席を蹴って立ち上がり、彼女に向かって来たのだ。

 後悔したのは、そのことについてではない。

 このエクゥル市の浪人たちを敵に回しては、今後自分の立場が無くなるのだ。

 影響力は帝国内で一、二を争う反帝国の巣窟である。

 ディクショの言った通りだった。

 国中を地下組織から反帝国の民衆まですべてに追い回されることになる。

 場を収める手段は二つ。

 その中には、彼女の過去をさらすという件は含まれていなかった。

「ディクショ!」

 今までのおとなしさが嘘のような大声だった。

「あんたに、グリスカのデータをくれてやる!」

 一斉に、長身で斜に構えた男に視線が集まる。

 ディクショは、ジョッキを煽ってから、横目を向けて鼻で笑った。

「いらねぇよ、バーカ」

「え・・・・・・」

 店内の彼を除いた全員が、驚きに動きを止める。

 ディクショは遠慮なくげっぷをして、不愉快そうな顔をロミィに向けた。

「大体、おまえよぉ、何をいまさらってやつだろう、それ。都合良すぎるんだよ。こっちはイクルミの連中を相手におまえを助けてやったんだぜ? まだ礼のひとつもきいてねぇけどな」

 再び、彼はジョッキに顔を戻して、たばこを咥える。

「ちょっと、ディクショ・・・・・・?」

 再び、ぼそぼそとした声になったロミィを、彼は無視した。

 目の前の男が笑った。

「残念だったなぁ、お嬢ちゃん」

 居酒屋中が、嘲笑に包まれる。

「さぁて、ここで死ぬか、データを渡すか、どっちにする?」

 目の前の男が、パーカーの襟元を掴んで引き寄せた。

 醒めた顔のまま、ロミィは諦めた。

 もうどうだっていい。

「おまえら・・・・・・全員どうなっても知らないからね」

 静かな店内の中にロミィの低い声が響く。

「おい、ロミィ。殺すなよ?」

 一人、陽気とも無責任とも思える調子で、ディクショが言った。

 殺すな?

 ああ、まぁいいか。

 ロミィは、電脳のスペースを解放した。

 居酒屋にいる、ディクショを除いた全員の脳に侵入し、軽い電流を流す。正確には、脳のパルスを増幅させた。

 人々は、身体が弾かれたようにビクリと反応して、そのまま硬直したかのような倒れ方をする。

「おー、見事だねぇ」

 笑いつつ、ディクショはタバコの煙を吐いて、ジョッキを口に傾ける。

「笑いごとじゃない・・・・・・」

「お見事でした」

 突然、入口に現れた女性が、声をかけてきた。

 両脇に笑顔で袖のない直垂のような服をきた、小さな子供を男女一人ずつ、連れている。

 本人も細い身体に同じ服で、七分丈のタイトなズボンをはいていた。

 眼鏡をかけて髪は下がり気味のツインテール。多分二十歳前後と見られる。    

「よぉ、パ二ソー。ちょうど良いところを見てたな」

 ディクショが馴れ馴れしく声をかける。

 ロミィはその名前に驚いた。

 パニソーといえば、ヒデリトと並ぶエクゥル市の大物である。

「ええ、素晴らしいクラッキング能力です」

 彼女はにっこりと、ロミィにやさしげな笑みを見せた。

「これなら、バージー殺害も満更、噂だけではないようですね」

 バージーは、フルミヤ市で親帝国在野学者の代表として有名だった男だ。

 ちょうど三か月前、とある少女に暗殺されたというので、親帝国派にも反帝国派にも衝撃を与えたのだった。

 ロミィは渋い顔をした。

「ところでどうでしょうか、ロミィ嬢。そこのディクショと一緒にウチの下で働きませんか? もちろん下手な拘束もしませんし、幹部クラスを用意しています。ついでに、グリスカ・データも提供していただければ幸いなのですが」

「グリスカのデータは、ウィセートの奴が持って行ったよ。こいつは手にしてない。それでいいなら、喜んで雇われてやるよ」

 まるで自分のことのように、ディクショが答えた。

「ウィセートが? 本当ですか?」

 パニソーがロミィに聞く。

 少女は無表情で、黙ってうなづいた。

 じっと見つめていたパニソーだが、一旦息を吐いた。

「・・・・・・まぁ、そういうことなら仕方がないですね。大丈夫です。あなた方だけでもウチの下に入るというなら大歓迎ですよ」

「じゃあ、問題はない。よろしく、パニソー」

 ディクショは同じテーブルの別の人が飲んでいたジョッキをとって掲げた。

 振り返って、彼に目をやったロミィは、小さくため息を吐いた。

 初めからこの男の手の上で踊っていたのだ。

 口惜しさなどは通り越して、ただただ彼女は呆れた。


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