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第133話 女神

タムは両翼を羽ばたかせ、

ひずんだ赤い球体の中心に…雨恵の町の太陽に向かって飛ぶ。

シンゴも届かなかった空の中、真っ赤な中を飛ぶ。

飛んでいると感じている。

でも、上下の感覚は薄い。

向かうはひずみの中心。

タムは感覚を頼りに飛んだ。


赤い空間の中、タムはおぼろげに人影を見つけた。

ベアーグラスがそれを見た。

「先代の女神の約束がいる…」

「約束?」

「あそこに私が行き着いて、女神になる」

「わかった。行こう、約束まで」

タムは一直線にその場所に向かった。


ひずみの中心に、影法師がいた。

女性のかたちをした影法師が。

ここがきっと太陽の中心。

ぼんやりと雨恵の町を照らし続けていたのだ。

抱きかかえられていた、ベアーグラスがそこに降りた。

タムも、ベアーグラスの隣に降りる。

「タム、覚えてる?」

ベアーグラスがたずねる。

「これが、グレードマザーだよ。以前にラセンイ博士が言ってた」

「グレードマザー…」

「時計を壊し、火から雨恵の町を守っていた…グレードマザー」

「その、約束」

「うん」


ベアーグラスは、わかっていたように、影法師に…約束に手を伸ばした。

『私に流れるものの名を』

「ハツユキカズラ。それがあなたの名前」

『ハツユキカズラ…私の名前。約束されていたこと』

「そう、これであなたは流れるものの中にいられる」

『そしてあなたが、この世界の太陽に…』

「ならないかもしれない」

『…そうですか、時が来たのですね』

ベアーグラスはうなずいた。

ハツユキカズラと名前を持った、影法師がうなずく。

「世界はまた一つになり、彼は見つける」

ベアーグラスが唱える。

ハツユキカズラはうなずいた。

『その約束が成就されようとしているのですね』

「今、まさに」

ベアーグラスが一歩、歩みだす。

ハツユキカズラが、ゆっくり沈んでいく。

『場所を空けましょう。あなたのために』

「今までありがとう、ハツユキカズラ」

ハツユキカズラは、赤い空間をゆっくり沈んでいった。

「…彼女は世界に戻れた…」

「これからどうなるんです?」

タムはたずねる。

ベアーグラスはさびしげに微笑んだ。

『女神になどさせるか!』

カレックスの声がする。

ここまで追ってきたのだ。

影が、実体を持たない影が、

女神の、ハツユキカズラのいた場所を狙う。

ベアーグラスが両手を広げた。


「カレックス!わが名もカレックス!カレックス・ベアーグラス!影と光を共にするものなり!」


ベアーグラスを影が囲む。

女神のいた場所に、カレックスは立つ。

『カレックス、カレックス…』

「影とともに歩まん!次の世界を!」

『私は…』

「カレックス、わが影!」

『私は…』

「ともに世界の柱たる女神!」

ベアーグラスは高らかに言い放つ。

一つ一つの言葉が、空間を震わせる。

ベアーグラスを囲んでいた影が、ベアーグラスに取り込まれる。

カレックス・ベアーグラス。

一つになったのだ。


黒い目が、タムを見つめる。

涙がうっすら浮かんでいる。

赤い空間の中、ベアーグラスは、女神の位置に立つ。

「私の役目は、世界が一つになるまで、雨恵の町の女神であること…」

「じゃあ、僕は…」

「じきに、火恵の民の上昇気流が起きます。全ての火恵の民を、あるべき場所へ」

「あるべき場所…」

「今まで雨恵の町にいた、火恵の民全てが、行き場をなくして上ってきます。それを、かの場所へ」

タムはなんとなくわかった。

そこに導けばいいのだ。

「世界が一つになったら、ベアーグラスはどうなる?」

「一つになった世界のどこかに、私はいます」

ベアーグラスに涙が浮かんだ。

ぽとりと一つ落ちる。

「けれど、みんなとは違う場所になってしまう。見つからないかもしれない」

「見つける」

「みんなとは、違う存在になってしまっているかもしれない…」

「それでも見つけます」

「…約束して」

「約束します、必ず見つけます」


不意に、タムを持ち上げんばかりの上昇気流。

多くの意思を感じる。

タムは半ば無理やりに持ち上げられる。

ベアーグラスがどんどん離れていく。

「見つけます!あなたがどんな存在になろうとも!どんなに遠く離れようとも!」


黒い目が、涙でぬれていた。

ぬぐってあげたかった。

いつかのように、ぬぐってあげたかった。


子守唄が聞こえる。

いつかの旋律が、聞こえた。

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