「もう、解除できない」
ベアーグラスはそう言う。
「解除すれば、町は壊れるから。怪物に破壊されてしまうから」
タムはうなずいた。
輝く鎖が怪物を縛めている。
怪物が暴れる。
覚醒したメンバーが戦っている。
カレックスのあせる声が聞こえる。
「世界をつなぐか、雨恵の町が壊れるか。カレックスを選ぶか、私を選ぶか…」
ベアーグラスがつぶやく。
「ベアーグラスを選んだ」
「後悔していないのね」
「ああ」
タムは答える。
「それでもきっと、タムは後悔すると思うの」
「後悔なんてしない」
「…そう」
ベアーグラスは、さびしげに目を伏せた。
タムはどうして、ベアーグラスがそんな表情をするのか、わからなかった。
これから女神になることを、ためらっているように見えた。
そうかもしれないとタムは思い直す。
ベアーグラスは少女だ。
あまりにも、少女なのだ。
そして、タムもまた、少年だ。
他の世界はともかく、雨恵の町では少年だ。
少し前まで、右も左もわからなかった少年だ。
不意に…風が止んだ。
全ての音が消えて、世界が赤く染まった。
雨恵の町がひずみだす。
ぼやけた太陽を中心に。
そのときなのだ。
きっと、そのときなのだ。
アイビーが叫んだ。
「タム!最後の銃弾を!」
一瞬緩んだ戒めを解き、怪物が暴れる。
アイビーは再び怪物を絡めとろうとする。
容易には行かない。
怪物が暴れる。
エリクシルのメンバーが、再び体勢を整えようとしているのが見えた。
時間がないのだ。
タムは、首から下げてある、最後の銃弾を手に取った。
引きちぎり、
口に放り込み、
がりりとかじる。
タムは覚醒する。
緑の目に、緑の髪。
「現れよ!スピリタス!」
タムは叫ぶ。
命の水のその名を。
タムの視界がクリアになる。
真っ赤な町、その中で戦うエリクシルたち。
怪物、そして、影が見える。
影はきっとカレックスだ。
「タム」
隣でベアーグラスが呼びかける。
「きれいな羽だね」
タムはそうしてはじめて気がつく。
スピリタスの形を。
大きな透明の羽。
そう、空を飛ぶのだ。
そして、ぼやけた太陽のひずみで、ベアーグラスを女神にするのだ。
今はひずみすらクリアに見える。
ベアーグラスを抱きかかえ、
タムは両翼を羽ばたかせた。
うまくいかない。
上昇の仕方がわからない。
羽ばたくなんて初めてなのだ。
『タム!』
聞きなれた風の声がする。
『上に行くんだろ?飛ぶことなら風に聞けよ!』
シンゴだ。
シンゴが部屋から出てやってきたのだ。
『一緒に飛び出すんだ、ゆっくり羽ばたいて、合図で強く!俺に乗るんだ!』
シンゴが簡潔に指示を出す。
時間がない。
エリクシルのメンバーが守ってくれている。
その間に、早く!
タムは、ベアーグラスを抱きかかえる。
ゆっくり、羽ばたく。
大きな透明の翼が風に乗る。
『いいぞ、その調子だ』
シンゴが声をかけてくれる。
タムは上を見る。
ひずみがくっきりと見える。
あの太陽に向かって。
『今だ!』
同時に、タムの翼は大きく羽ばたく。
そのままシンゴの上昇気流に乗って、上へ上へと。
下は見ない。
足をつけていた雨恵の町が離れていくのがわかる。
上へ上へ。
『させるか!』
カレックスの声がする。
カレックスは追ってきたのだ。
『痛みを伴うことなど…』
タムは逃げるように上昇する。
世界をつなぐことが痛みを伴うとされているのに、
タムは今、痛みに向かって上昇していた。
太陽は、ひずんだ真っ赤な太陽が近づいてくる。
球体だ。
どんどん近づいて…ぼやけた赤に飲み込まれ…
『俺はこれ以上いけない…タム、自分の力で…飛ぶんだ』
シンゴの上昇気流が途切れた。
タムは羽ばたく。
さらに上を目指して。
世界をつなぐ痛みに向かって。
ベアーグラスを抱きかかえ、タムはその場所へと向かっていった。